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やり直せるならもう一度あの恋を〜第1話〜

【あらすじ】
「ずっと辛かったんだよ。『お前の指導のおかげだ』って言われるのが」と言われながら、俺は線路のほうに押された。慕っていた先輩に誘ってもらった二人だけの飲み会の帰り道。二人きりの駅のホーム。乗って帰るはずだった電車に俺は轢かれて死んだ。確かに死んだ。
しかし意識が戻ると、そこは高校一年生のときの嫌っていた担任の声が俺の名前を呼ぶ。「辛島からしまーー、起きろ辛島」
夢か現実かも分かっていない俺は、教室を見回して頭がパニックになった。
その教室の一番端の席に座っている彼女の姿を見て理解が追いついた。
密かの思いを寄せていた同級生の金園かなぞのゆいだ。大学を卒業し、社会人になっても、人生で三回目の恋が忘れられず後悔していた。そんな三度目の恋をやり直せるチャンスが巡ってきた。「神様に俺のゆいを思う気持ちが通じたんだ。だからもう一度、やり直すチャンスをくれた」俺はそのときそう思った。死んだことなどどうでも良かった。むしろ先輩に感謝したいくらいだ。
そんなポジティブな俺のやり直し高校生ライフが今、幕を開ける。

「はぁ~~」
屋上で一人、ブラックの缶コーヒーを片手に、腕に付けた初任給で買った時計を見る。
あと数分で終わる昼休みが恋しくてため息を吐いたわけではない。

「元気にしてるかな、ゆい……」

そう思いにふけていると、背後から先輩の声がした。
「おい、辛島からしま。もうすぐお昼終わるぞ。何ぼーーっとしてんだ、早く戻ってこい」
そう俺に声をかけたのは指導係の清水しみず先輩だ。

4歳年上の清水先輩は体育会系タイプの明るく爽やかな人で、礼儀や言葉遣いには厳しいが、与えられたタスクをきちんとこなせば褒めてくれる。
俺がチャレンジしたことが失敗しても、一緒に頭を下げてくれて「気にすんな、次に生かせよ」と励ましてくれる。
上司としても人としても尊敬できる人だ。
清水先輩も俺のことを後輩として、そして弟のように接してくれている。

「すみません、清水先輩」
そう言いながら駆け足で先輩の方へ駆けていった。

先輩と一緒にオフィスに戻ると、全員席に着き、部長のほうを向いていた。
「清水、辛島、お前達も席に着いてくれ」
先輩と俺は急いで自分の席へと向かった。

「みんな、仕事の再開前にすまないな。重大な発表があるから聞いてくれ。なんと……」
なんだ、誰かすごい契約でも成立させたのか。他人事に聞こえてしまい、部長の話が入ってこない。
「ーー島、辛島。どうした、早く前に来い」
やべっ、俺の話だったか。何かしたか俺。そう思いながら、部長の言われるがままに前に出た。
「おめでとう、辛島。今月の成績、お前が部内でトップだ。二年目にしては異例の快挙だ。これも清水の指導のかいあってだな」
オフィス内は俺への拍手喝采で溢れかえった。そして俺は清水先輩のほうに目をやった。
清水先輩は俺に向かって「よく頑張った」と拳を突き出してきた。
俺もそれに「あなたのおかげです」と応えるように、清水先輩に向かって拳を突き返した。

それからはいつもと同じように仕事に励んだ。
いつもよりちょっとだけやる気に溢れていた俺は少し残って、明日のプレゼン資料の最終確認を行っていた。
すると後ろから「頑張ってるな、期待のエース」と清水先輩が声をかけてきた。
「いやいや、何言ってるんですか。清水先輩の指導のおかげです。これからもよろしくお願いします」
そう言いながら、軽く頭を下げた。
そして顔を上げると少しだけ先輩の顔が曇っているように見えた。
「どうしたんですか、先輩」
そう問いかけると先輩は「今日、お前のお祝いしたいから二人で飲みに行こうぜ」と明るい普段の先輩に戻った。
「良いんですか、じゃあ行きましょう」
さっきまでのちょっとだけ溢れていたやる気はどこかへとんでいった。

そして先輩と俺はいつもの行きつけの居酒屋ではなく、俺一人だと絶対に行かないような高級居酒屋でたわいもない会話で盛り上がった。

「お前、どんどん成長して成績も伸びてるな。嬉しいよ」と先輩は少し赤くなった顔で俺を褒めてくれた。
「何度も言ってるじゃないですか。清水先輩の指導が良いんですよ」
そう言うと、また先輩の顔は曇った。
「明日も早いし、大事なプレゼンだってあるし、ここいらでお開きにするか」
「そうしましょうか、ごちそうさまです先輩」

そう言って先輩と俺は駅へと向かった。
夜はほとんど利用者は少ない駅だったため、ホームは二人きりだった。
すると先輩が少し険しい顔つきで俺のほうを向いてこう言った。
「ずっとしんどかったんだよな。辛かったんだよな」
「どうしたんですか、先輩。酔っ払ってるんですか?」
俺が先輩に問いかけると、先輩は声を荒げていった。
「ずっと辛かったんだよ。お前が成績を伸ばしていくたびに『お前の指導のおかげだ』って周りから言われるのがs。本当はお前だって心の中では俺のこと見下してるんだろ。『先輩のおかげです』なんて、心の中では微塵も思ってないこと毎回言って」
「違いますよ、本当に先輩のおかげだって思っーーーー」
俺の言葉など先輩の耳に届いているはずもなく、先輩は俺を線路のほうに押した。
「えっ、先輩?」
「消えてくれ」
先輩の声は迫り来る電車の音でかき消されたが、大体口の形で何を言っているのか分かった。
「俺は本当に先輩のこと慕っていたのに」

俺は自分が乗って帰る電車、先輩が乗って帰る電車に轢かれた。
そしてもちろん死んだ。確かに俺は電車に轢かれて死んだ。


つづく


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