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私たちは2度別れた

初めて2人きりで逢ったのは、まだ雪が降る寒さの前の冬のドライブだった。
手を繋いだこともないのに、運転する彼の左手に触れては「危ないから」とだけ言ってこちらを見ようとしない彼の手の甲に何度も触れた。
1ヶ月で、一生分の恋をした。

彼はとにかく忙しい人だったので、仕事が終わるのを会社の近くのドトールで待ち(その間に私は彼が貸してくれた本を何冊も読んだ)そのままとりとめもない話をして、彼の自宅の最寄り駅まで一緒に電車に乗り、駅の改札口で何度もキスをして、私は1人で電車に揺られて自宅に帰った。それだけで幸せだった。

会えない日は何往復もメールをした。
「好き」「好きだよ」「大好き」「俺も」「俺も?」「大好きだよ」「私も」「どれくらい?」「これくらい」「見えたよ」「ホントかなぁ」「嘘ついたことないよ」「知ってる」

休日は始発で家を出て中間地点で待ち合わせをして、そのまま車に乗り、いつも同じセブンイレブンに寄ってから東京から離れた窓のないホテルに行った。
私には全く理解の出来ない分厚い仕事の資料の束を読む彼の横顔を眺めながら、私はバスローブを着て薄いインスタントのコーヒーを飲んだ。

突然だったけれど、お互いに、同じタイミングで、もう会うのは止めようといって会うのをやめた。理由を言葉にする事が私には出来ない。それでも止めたのだ。
自惚れではなく、この短い時間で恋から愛に変わっていた。今でもそう思う。だから会うことを止めたのだ。

2ヶ月が過ぎて、私は電車に揺られながら彼にメールをした。電話帳は消してしまっていたけれど、アドレスはそらで覚えていた。
「今ね、…にいるよ、久しぶりに来たよ」
すぐに携帯が揺れたことに私は驚かなかった。
「ひとつ隣の駅にいる」
「降りて待ってる」

彼の髪は伸びていた。恐らく2ヶ月切っていないだろう。

駅前のファストフードのお店に入って(不思議とどのお店だったか覚えていない)、話をした。特別なことは何もなかった。ただ、話をした。

その日からまた、毎日数往復のメールが始まった。おはよう、仕事が終わった、ごめん寝てた、また明日ね、その繰り返し。あの言葉を避けながら、夏になろうとしていた。

1度だけ、また彼に逢った。私は努めて普通の顔で懐かしいいつもの駅で彼を待った。助手席に乗り込んで、彼の左手に自分の右手を重ねて、窓の外の景色を眺めた。大きな道路はまだ工事をしていた。
あまり話はしなかったように思う。
あのセブンイレブンに寄って薄暗い部屋に行って、夜まで過ごして、いつもの駅で別れた。

次の日の朝、私たちはメールをしなかった。お互いに待っていた。

「今までありがとう」
日付が変わる少し前に送ったのは私の方だ。
「俺の方がありがとうだよ」

何度も指が迷いながらボタンを押していたら、また着信があった。

「愛してるよ」

口にしてはいけないと1度も言わずにいたのに。
ばか。


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