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妄想ディストピア・ゾンビ映画の砂の城

ゾンビもの…ディストピア系の世界の作品。生存者を求めて荒廃した街を歩く。ゾンビから逃げ、水も食糧を尽き、道中なんども命の危険にあいながら這いつくばってたどり着いた先には・・・。

そんないろんな作品で、ゾクっとするシチュエーションがある。「ショッピングモールに籠城する」これです。

街から人が消え、逃げ遅れた人々や、行き場もなくたどり着いた人々が暮らす、あちこちに不格好なバリケートで囲まれた急ごしらえの城。外の世界の「異形の者」に怯え、来るアテもない救助待ちつづけ、疲弊し希望を失った人々が作った言わば「砂の城」。
世界の様相が変わってしまったその理由を知る者など、ここには一人もいない。

もぬけの殻となった「お店だったもの」から生き残るため物資を調達する。社会が社会の姿であるために作られた通貨や物の価値も、この世界にはもうなく、札束も紙同然、高価な貴金属もゴミのように雑貨なガラクタのようにそこかしこに置き去りにされている。

安堵と困惑の中、主人公は城の住人からこう言われる「そんな血だらけの服捨てて、好きなモノ選んで勝手に着な」

何日かぶりに身体の血を落とし、ガラスの割れたショウウィンドウの荒れた店内から、動きやすそうな服を選び着替える。

「あと武器になりそうな物もいくつか持っておくといい、ここでは自分の身は自分で守れ」

聞けばここに避難してからもう1ヶ月。子供やお年寄りも含め、30人ほどいるが水も食糧も有限だ。バリケードを乗り越えて襲ってくる奴らも最近は増えていてここも安全ではないらしい。

若く戦力になる者で部隊を組んで、ここから少し離れた食糧庫に物資を調達しにいく計画中だそうだ。
そこで・・彼らに待ちうけていたものは・・。


みたいな。あるあるすぎるシチュエーションで「死亡フラグ」の台頭として語られやすいお話。
ただ生き延びるためだけ、人の価値もモノの価値も、地位も名誉も全てリセットされ、生存者のみで作られた限られた世界の中のルール。中にはその世界でリーダーを気取り、牛耳って独裁社会を作っているケースも多く見られていたり。場面の扱われ方は多種多少。
ディストピアというかポスト・アポカリプスというべきかはまた別のお話で。

余談ですが「ゾンビ = ショッピングモール」があるあるになったきっかけはゾンビ映画の巨匠・ジョージ・A・ロメロ監督の影響ですね。気になった方はググってみてください。

まぁそんなことあってはならないし、実際にそんな世界に放り込まれたら間違いなく私はすぐ死ぬモブキャラになるだろうけど、不謹慎ながら少し憧れてしまっている自分もいたりします。

妄想しませんか?ショーピングモールやデパート。会社だったり、学校。人混みの中で急にゾンビなどの「異形の者」に襲われる場面。
「今のこの場面でゾンビに襲われたらどう生き延びるんだろう」って。そう思う度に私には逃げ切る体力も、戦うための力も、機転をきかせて生存の道を探す行動力も全てに欠如していると愕然とします。

そんな意味のない「愕然」も全ては杞憂であって欲しいものなんですが、妄想でシミュレーションしておくこと自体は危険予知のいい訓練にもなってるんじゃないかと思ったりします。

でも、ゼロじゃないですよ?世界がディストピアする確率は。世界を苦しめている例の感染症も、デルタ、オミクロン、そしてステルスオミクロンに更に進化して。どことは言いませんが「とある国の研究施設の陰謀」とも密やかに言われています。
今後も未知のウィルス・病原体が「人格を崩壊させて、凶暴化する」みたいなもので爆発的な感染力であったとしたら・。

そうなったら私はやっぱり一度はショッピングモールに避難したいですよね。・・それがたとえ「死亡フラグ」でも。


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