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【連続小説】ジンとセレン #8/10 2400文字

ちりん、ちりん。

不思議な音がした。
それは、薄いガラス同士、もしくは薄い金属同士がぶつかり合ったときの音のようでもあり。
或いは、もし小さな光同士が戯れる音を耳で捉えることが出来るとしたなら、こんな風に聞こえるかもしれない、と思わせるような。

(・・・様)

その音の中から、聞き覚えのある、優しい声がした。

(・・・その声は、もしや・・・)

ちりん、ちりんという音と、優しい声は次第に大きくなり、マーカライト侯爵の耳にも言葉としてはっきりと届くようになってきた。

(・・・ティム様・・・)
(・・・セレン?)

優しかったその音は、やがて耳を覆いたくなるような荒れ狂う凶暴な音に変化した。
(これは・・・何だ?)
訝しむマーカライト侯爵の耳に、
「!!ティム様!!危ない!!」
切迫したセレンの声が届いた。

(セレン!)
ノエルの剣を自らの喉に迎えるばかりだったマーカライト侯爵は、はっ、と目を見開いた。
(!)
その時、彼が見たもの。
それは、自らの上を禍々しいまでの威力を持った攻撃魔法が通過する様だった。

(これは、一体・・・)

そして。
攻撃魔法が通過した後、マーカライト侯爵の傍らには、ここに居る筈のないセレンの姿があった。
(・・・!)
セレンは、前方を厳しく睨みつけたまま、片膝をついた体勢でふーっ、ふーっ、と荒い呼吸を繰り返している。

「セレン・・・?どうしてここに?」
マーカライト侯爵がかすれた声でその名を呼ぶと、セレンは我に返ったように身体をびくっと震わせた。
そして、
「ティム様、ティム様・・・ご無事ですか」
手探りで、マーカライト侯爵の身体に触れた。
「酷い怪我をさせられたが、何とか生きているよ」
マーカライト侯爵は小さな途切れ途切れの声で答えた。
「ティム様。すぐに手当てを」
自らの着衣の裾を切り裂こうとしたセレンは、何かに気づいたように動きを止めた。
「・・・」
そして、厳しい表情のままゆっくりと振り返ると、マーカライト侯爵を庇うように身体を動かした。

(・・・あいつ、生きていたか)

「先ほどの攻撃魔法を放ったのは、そなたか」
マーカライト侯爵を襲っていた敵が、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
「・・・」
セレンはぎゅっと自らの拳を握りしめた。
セレンにはその姿をはっきりと見ることができないが、その雰囲気からして敵が容易ならざる相手であることを敏感に感じ取っていた。
「・・・おや」
意外なことに、敵は怪訝そうな声を上げると、突然殺気を緩めた。
「あなたは・・・暁の宮のジンではないか。何故、このようなところに?」
どうやら敵はジンと顔見知りのようだ。
(私をジン様と見誤っているのか)
セレンは、敵への回答を逡巡した。
このままジンのふりをして、マーカライト侯爵を連れてここを離れるべきか。それとも、ジンではないと正直に打ち明け、マーカライト侯爵の命乞いをするべきか。

「・・・ノエル様。この人、ジンじゃないわよ。見た目はそっくりだけど、中身が全然違うわ」
少女の声が、あっさりと否定した。
(・・・っ)
セレンは小さく呻いた。
「そうか」
敵の声音が、途端に冷たくなった。
そして、静かにこう言い放った。

「では、そこの武人と共に、仲良く死ぬがよい」

「・・・!」
セレンはじりっと後ずさり、マーカライト侯爵を自らの後ろに隠すように立ちはだかった。
愛しい男を置いて逃げるつもりは、初めから無い。

「セレン、何をしている・・・早く逃げろ!」
マーカライト侯爵は、かろうじてセレンの服の裾を引いた。
「私は、お前を死なせたくない。逃げてくれ、セレン!」
「・・・イヤです」
セレンは小さな声で言った。
「セレン?」
「ティム様、私は逃げません・・・逃げたくありません!」
「セレン。何を言って・・・」

二人の会話を、ノエルの容赦ない攻撃魔法が遮った。
「!」
その匂いを嗅いだセレンは、咄嗟にこう叫んでいた。

「来るな!あっちに行け!!!」

叫び声と同時にセレンの身体から強い光が発出した。
そして、それはそのまま勢いよくノエルの攻撃魔法とぶつかった。
高レベルな攻撃魔法同士の攻防だ。
「・・・っ」
セレンはギリギリとした感覚の中、魔法の出力を上げ続けた。
この勝負、たとえ一瞬でも力が落ちた方が負けだ。

(絶対に、負けない!!!)

マーカライト侯爵は、優しい愛妾が力を尽くして戦う姿を信じられぬ思いで見つめていた。
(まさか、あの大人しいセレンにこのような力があったとは)
そして。
「・・・で、あれば、だ」
マーカライト侯爵は痛みを堪えつつ、ゆっくりと半身を起こした。

(私もまだ、諦めるわけにはいかぬな)

「あいつ、奇麗な見た目に依らず、えげつない魔法を出すのね!」
綺羅は苛立ちを隠さずに声を荒げた。そして、
「ノエル様。魔法は私が。ノエル様はあいつら切り刻んじゃって!」
ノエルに対して恐ろしい提案をした。
「なるほど。そちらの方が早く片付きそうだ」
その提案を受け入れたノエルは、細身の剣を手にセレンへ斬りかかった。


(誰か、恐ろしい勢いで突っ込んでくる)
セレンは、自らが発出した攻撃魔法をかいくぐって、敵が迫りくる様子を夢のように見つめていた。

「セレン!よけろ!!」
マーカライト侯爵の声も空しく。
ノエルは何のためらいもなく、無防備なセレンに向け、袈裟切りに剣を振り下ろした。

「!!」
血飛沫が、宙を舞った。
誰の目から見ても、この一撃は致命傷を与えるものだった。

「セレン!!!」

しかし、セレンは斃れなかった。
(負けない・・・絶対に、負けない)
血を流し、ふーっ、ふーっ、と荒い息をつきながら、何とか両足で踏ん張って立っている。


「そなた、なかなかに辛抱強いな」
ノエルは感心したような声を上げた。
セレンはノエルに向かい、凄まじい顔で笑った。
それは、先ほどまでの彼とはまるで別人のような表情だった。

「私はここで、死ぬわけにはいかない」

セレンは、低い声でそう言い放つと、突然自らの魔法を暴発させた。
ヤンとジンが恐れていた、魔法の暴走である。

<ジンとセレン #9 へ続く>


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