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【連続小説】ジンとセレン #9/10 3700文字

ジンはセレンの残り香を追跡し、その動きが止まった場所の上空に瞬間移動した。
(・・・っ)
着いた途端、辺りを取り巻く攻撃魔法の強烈な匂いに思わず顔を顰める。
(これは・・・酷い)
上空から戦場の有り様を眺めて、思わず息を呑む。
そこは大規模な攻撃魔法に蹂躙された跡が残され、周辺では多くの人馬が力なく倒れ伏している。
(もしかして、あの時、セレンさんはこれを見たのか)
ジンはごくり、と生唾を飲んだ。

(・・・とにかく、セレンさんを探さないと)

「!」
移動を始めたジンの鼻が、新たな攻撃魔法の匂いを捉えた。
(これは・・・大きい!)
そう思う間もなく、匂いがした方角で激しい光が走った。ジンが感じ取った通り、特大級の出力だ。
それは、凄まじい勢いで、あろうことか真直ぐこちらに向かってくる。
「う・・・わ!」
防御魔法を発動する余裕はおろか、避ける余裕さえなかった。
(まずい!)
咄嗟に防御姿勢を取って踏ん張ったものの、生身の身体に受けたその衝撃は凄まじかった。

「あ・・・」
特大の攻撃魔法をまともに食らったジンは、あっけなく意識を吹き飛ばされた。

「ジン、ジン」

暗闇の中で、聞きなれた声がした。

(ん・・・)
続いてやってきた頬をぺちぺちと叩かれる感覚に、ジンは目を開いた。

(ヤン・・・)

「おお、気が付いたか。ジン」
ヤンのほっとしたような顔が視界に飛び込んできた。
「ヤン。俺は・・・」
「どうやら、ド派手な攻撃魔法をまともに食らったようだな。私の到着が遅れていれば、そのまま何処かの山にぶつかっていただろうよ」
その口ぶりからすると、魔法の威力で吹き飛ばされた自分を、折よく追いついたヤンが引き戻してくれたようだ。
「そいつは助かった」
ジンはヤンに支えられながら、ゆっくりと身体を起こした。そして、
「はあ、参った。あんなの食らったの久し振りだ」
げっそりした顔でぼやいた。
そんな幼馴染に、ヤンはからりと笑って見せた。
「ははは、戦場では油断大敵、って奴だよ。・・・ところで、お前、立てるか?」
「ああ、大丈夫だ」
ジンはゆっくりと立ち上がった。
本音を言えば、特大の攻撃魔法を食らったせいで身体のあちこちに痛みがあるが、状況が状況だけにそんなことは言っていられない。
「ところで、セレンさんは見つかったのか?」
「まだだ。ここに来て、居場所を探ろうとしたところで、あのザマだ」
「そうか・・・ともかく、あの方がこんな戦場にいたんじゃ暴走しかねない。急ごう」
「そうだな」
ヤンの言葉に、ジンは表情を引き締めた。
「恐らくは、マーカライト侯の近くに居る筈だ。まずは彼の陣営を探そう」
「よしきた」
大国オニキスの上級貴族の陣営ともなれば、紋章入りの旗印などを設えて、一目でそれとわかるようにされている筈だ。
「空からが、早いよな」
「うむ」
二人は頷き合うと、再び大地を蹴って空へと飛び立った。

ところが。
マーカライト侯爵の陣営らしきものは、上空からどんなに探しても何処にも見当たらない。
(参ったな)
思わぬ結果に、ジンは雄弁な溜息をついた。
「ヤン。ここからセレンさん本人を見つけるには、彼の気を探るしかないか?」
ジンは魔法のエキスパートである幼馴染に助言を求めた。
「この環境下ではなかなか骨だが、それしかあるまいよ」
ヤンはあっさりと回答した。
「わかった」
ジンは頷くと、早速口の中で呪文を唱え始めた。
(セレンさん。どうか、早く見つかってくれ)
心の底からそう願いながら。

「おっ」
突然、ヤンが頓狂な声を上げた。
「あそこ、派手にやり合ってるな。なかなかのパワーだ」
見ると、前方で特大の攻撃魔法同士が激しくぶつかり合っている様が見て取れる。一方は強い意思を示すような白く強い光を放ち、もう一方は純然たる力を顕現させたような赤い光を放っていた。
ヤンは、自らの顎を触りながらその様子を観察すると、
「赤い方は、ありゃあ、ノエルだな」
あっさりと断定した。
「やっぱり、あいつが来ているのか」
ジンは唇を歪めて吐き捨てた。
ノエルがここにいるなら、これまでここで見た惨状は極めて腑に落ちる結果だ。
「さて、白い方は・・・んん?」
ヤンは眉根を寄せた。そして、
「こりゃ驚いた。たったひとりでノエルとやり合ってるぞ」
と、驚きの声を上げた。
「うーん・・・だが、この気配は心当たりがないな。ノエルと互角に渡り合えるほどの魔法使いなんぞ数えるほどしかいない筈だが」
ヤンは怪訝そうに小首を傾げた。
魔法使いのトップを務める彼が、力量のある魔法使いの存在を知らない筈がないからだ。
「!」
ヤンの言葉を聞いていたジンの脳裏に、ある可能性が浮上した。


「なあ、ヤン。それ、もしかして・・・」

ヤンとジンの二人は、白い光の攻撃魔法を放っている側に近づいた。
それも、相手に気づかれぬよう、遠巻きに、ゆっくりと、気を使いながら。
これは、うっかり相手に気づかれると、敵と勘違いされた時に要らぬ攻撃に晒されるリスクがあるからだ。
「あっ・・・」
どうにかその人物を目視確認出来るところまで近づいた二人は、小さな声を上げた。
彼らが見たのは、半身を起こした状態のマーカライト侯爵を守るように立ちはだかり、必死で攻撃魔法を発動させているセレンの姿だった。

(やはり、彼はマーカライト候を守るために、ここに)

(しかし・・・)
ジンはぎりっ、と奥歯を噛み締めた。
いくら人を守るためとはいえ、ここでノエル相手に魔法を出させ続けるのは、どう考えても危険だ。
「何とか、ノエルに攻撃を引っ込めてもらわないと埒が明かないな」
どうやらヤンも同じようなことを考えているようだ。
「ヤン。あいつ、人の言うことを聞いてくれると思うか」
「そこが悩ましいところだが、交渉してみるより他はあるまい」


そんな会話をしていた時だった。


突然、強い赤い光が急速に収まり、変わって陽炎のような赤い光の帯が出現した。
「おや、魔法、綺羅に変わったぞ」
ヤンが驚きの声を上げた。
「まずい!」
ジンは思わず声を上げた。
ノエルが魔法の発動を止めたということは、剣による攻撃に切り替えたということだからだ。

「セレンさん!逃げろ!!」

ジンの叫びも空しく。
セレンは無防備なまま、ノエルの容赦ない一太刀を浴びた。
その瞬間、白い強い光は、ふつっ、とその場から、消えた。

「セレンさんっ!!」

ところが。
セレンは斃れなかった。
血を流しながらも両足で踏ん張り、荒い呼吸を繰り返しながらノエルを睨みつけていた。
その姿には、普段の穏やかな彼からは想像もつかない程の凄味があった。

そして、セレンは、凄まじい顔で、笑った。

「私はここで死ぬわけにはいかない」

セレンがそう呟いた瞬間、ガラス同士がぶつかり、砕け散るような高音域の音がした。
それも、強く、激しく、禍々しいまでの音量で。

「!まずい!!」
今度は、ヤンが切迫した声を上げた。
「ジン、暴走するぞ!手伝え!!」
「手伝うって、どうすればいい?」
「私の方で蛇口を閉めてみるが、なんか出てしまったら、お前、消しといてくれ」
ヤンは謎の言葉を言い残すと、ジンの答えを待たずにセレンの方へと駆け出した。

「なんか出るって・・・他に言い方あるだろ」
ジンは幼馴染の語彙力に呆れつつも、口の中で呪文の詠唱を開始した。

そして。
ヤンは蛇口をきゅっ、と閉め、ジンは幼馴染に言われた通り、出てしまった何かをきちんと消した。


結局、この戦でオニキス軍は従軍した魔法使いの半数と3割の兵士、そして名のある武人を数多く失うという大惨敗を喫した。
「こんな・・・こんな筈では・・・っ!」
総司令のクリスト公爵は歯噛みして悔しがったが、最早どうにもならない。
(兄上に何と報告すればよいのか・・・)
敵の救援にあのノエルが来たことが最大の誤算だったとはいえ、これだけの兵と魔法使いを失った責任は、当然のように追及されるだろう。
「クリスト公爵様。今は体勢を整えることが肝要です。ここは一旦、オニキスに戻りましょう」
部下に促され、クリスト公爵は悄然とオニキス本国へ帰っていった。

さて。
この戦の戦死者名簿の中に、マーカライト侯爵の名があった。
彼が居たと思われる場所には、剣を握ったままの右腕だけが残されていた。
剣はマーカライト侯爵所有のものと確認されたが、その持ち主の姿はどこにも見当たらなかった。
周囲の状況と近くに居合わせた生き残り兵の証言から、マーカライト侯爵は死神ノエルに果敢に挑んだ末に生命を落とし、その遺体は攻撃魔法による攻防のあおりを食って、無残にも消し飛ばされてしまったのだろうと結論付けられた。

数日後、彼の居城には、戦死した貴族に送られる勲章と共に、右腕だけが入った棺が届けられた。

一方。
マーカライト侯爵の愛妾セレンは、不在だった。
かねてより予定されていた通り、目の手術を受けるために魔界に渡航していたからだ。
おそらく今頃は、愛してくれた人が既にこの世に居ないことを知らぬまま、魔界の病院に入院している事だろう。

後日、この別邸はマーカライト侯爵夫人により接収され、仕えていた使用人は全て解雇された。

こうして、セレンは、帰る場所を失った。

<ジンとセレン #10  へ続く>


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