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【連続小説】ジンとセレン #10/10 2000文字

ここは、魔界中心部。
魔界とは、天界が魔法を発達させて全てを解決する道を選んだのに対し、科学技術を発達させることで諸々の問題に対処することを選んだ世界だ。
魔界においても、森林などの自然は計画的に残されてはいるものの、都市部は人工建造物が立ち並ぶいわゆるメタルシティである。

その魔界中心部にある、とある総合病院の一室。
窓は遮光性のカーテンできっちりと閉められ、部屋の中は昼間でも薄暗い。
そして、壁際にはカプセル状のベッドがひとつ。
そこには目に包帯を巻いた銀髪の青年が横たわっている。どうやら軽く寝息を立てて、ぐっすりと眠っているようだ。
(・・・)
その様子を、椅子に腰かけた立派な体躯の男が、背中を丸めて心配そうに見つめていた。
彼もまた、この病院の病衣を身に着けていることから、どうやら同じ入院患者のようだ。
そして、彼の右腕は、肘から先が欠損している。

「マーカライト侯爵様。やはりこちらでしたか」
声を掛けられて振り向くと、そこにはベッドの中の青年と瓜二つの男が立っていた。
天界の暁の宮の神官にして薬師のジンだ。
「先ほど、看護師があなたを探しておりました。もうすぐ診察の時間では?」
「あ・・・これは、すっかり失念しておりました。すぐに戻ります」
マーカライト侯爵はばつが悪そうに頭を掻いた。
「侯爵様。セレンさんがお目覚めになるのはまだ先の話なので、そこまでご心配されなくても」
「はあ。頭ではわかっているつもりなのですが、どうにも落ち着かなくて」
もじもじと言い訳するマーカライト侯爵に、ジンは雄弁な溜息をついた。
「侯爵様。薬師として申し上げますが、あなたも立派な患者様なのですよ。もっとご自分のことを考えて頂かないと困ります」
ジンの言葉に、マーカライト侯爵は顔を赤らめた。
「これは、叱られてしまいましたな・・・以後、肝に銘じておきます」

マーカライト侯爵とジンは連れ立ってセレンの病室を後にした。
「そういえば、先ほどあなたの主治医とお話ししたのですが、あと1週間ほどで右腕が完成するそうです」
「そうですか・・・思ったよりも早く仕上がるものなのですね」
マーカライト侯爵は、己の右腕をちらりと見やった。
「新しい腕が、うまく動かせるといいのですが」
「それはご心配なく。最初のうちはどうしても違和感が出ると思いますが、練習を重ねれば、じきに左腕と同じように動かせるようになる筈です」
ジンは明るい口調でマーカライト侯爵を励ました。
「それに、セレンさんも、暫くは目を慣らす練習をすることになると思います。これから先も、お二人で一緒に頑張っていかれたらいいと思いますよ」
ジンの言葉に、マーカライト侯爵は得心したように微笑んだ。

「そうですね・・・私もあれに負けてはいられません」

それから、幾つかの季節が通り過ぎた頃。
天界の暁の宮近くの薬草園で、野良仕事に励む二人の姿があった。
かつて、オニキス国の上級貴族・マーカライト侯爵であったティムと、その愛妾であったセレンだ。
二人は、この薬草園の中の小さな家で暮らし、薬草を育てて、それを薬屋に販売することで生計を立てている。これは、暁の宮の神官にして薬師のジンの提案を受けての事だった。
「前々から薬草園を作りたかったのですが、私一人ではどうにもそこまで手が回らなくて。お二人さえよければ、私の手助けをしてくれませんか?」
良い薬草を育てれば薬屋にも売れるし、それで二人で暮らすには十分な収入が得られるとの話に、二人は乗った、ということになる。
「私たちはどの道何処にも行くところはありませんし、是非挑戦させて下さい」
とは、その時のティムの言葉だ。
彼は、オニキス国の上級貴族の地位を捨て、庶民のひとりとしてセレンと共に生きる道を選んだのだ。

セレンは、相変わらず子供達の人気者だ。
彼は、週に一度、ヤンの許で魔法を習う傍ら、野良仕事の合間を見つけては子供たちに交じって学校にも通っている。
これまで目が見えなかったために諦めていたことを、少しずつ取り戻そうとしているのだ。
「セレンお兄ちゃん。それ違うよ。それは、こう書くんだよ」
「あれっ?・・・ホントだ、また間違えちゃった」
「もう、この前も教えたじゃん。しっかりしてよね」
「ごめん」
とまあ、こんな風に子供達にずけずけと言われることも度々だが、セレンは意に介す様子もなく、とても楽しそうだ。

「セレンお兄ちゃん、こっちで遊ぼうよ」
子供達に誘われ、セレンは走り出す。
もう、誰かに手を引かれなくても、自らの力でそこに辿り着けるのだ。


「ティム様、奇麗な月が上がってますよ」
「本当だ。いい月だな」
二人は寄り添って窓の外の月を眺めている。
「セレン」
「はい」
「俺は、今最高に幸せだ」
「私もです。ティム様」

ティムはセレンの腰を抱き、セレンはティムの逞しい身体に体重を預けた。


< ジンとセレン 完 >


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