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【短編小説】ある日、屋台のおでん屋で #2

ある寒い冬の夜、気まぐれな屋台のおでん屋は河川敷に出没していた。
SNSなどで全く告知などしていないにも関わらず、今日も天界人と魔界人が酒とおでんと公用語を求めてやってきた。
とはいえ、冬の河川敷の寒さはまたひとしおで、今日の客足は今一つだった。
(さて。少し休もうか)
最後の客が帰ったところで、店主のラディンはマグカップに蜂蜜入りのホットウィスキーを作り、近くのベンチに腰かけて一口啜った。
(やはり、これが一番温まるな)
思わず、口元がほころぶ。ホットウィスキーを飲み終わるまでに誰も来なければ、本日の営業はおしまいにするつもりだ。
澄み切った冬の夜空に美しい満月が上っている。
(今宵の月はまた格別だな)
ラディンはホットウィスキーを飲みながら、しばし月を眺めていた。
(?)
やがて、ラディンは月を横切る細長いものの姿に気が付いた。
その生き物は青く細長い身体をくねらせ、月明かりに照らされながら、悠然と夜空を渡っている。
(あれは・・・龍か?)
ラディンは我が目を疑った。まさか、ここ中道界で龍を見ることになるとは思いもしなかったのだ。
やがて、龍と思しき生き物は方向転換すると、そのまま頭を下に向け、勢いをつけて川に向かって突っ込んだ。
ぱしゃん、と小さな波しぶきが上がった。
(・・・!)
ラディンはマグカップをその場に置くと、龍が入水した付近へと急いだ。
川縁に立って目を凝らすと、人らしき影が川面に頭だけを出した状態でそこに居た。
「大丈夫ですか?」
ラディンは公用語で声を掛けた。
「あっ・・・」
相手は慌てたような声を上げた。どうやら若い男のようだ。
「・・・もしかして、見てました?」
若い男は、窺うような声音の公用語で返してきた。
「はい。見てしまいました」
ラディンの言葉に、その男は
「あー、やっちまった!」
と大仰な声を上げるなり、水の中に潜っていった。

若い男はそのまま暫く水の中にいたが、ラディンが自らの素性を明かし、他に誰もいないからと説得されてようやく川から上がって来た。
彼の姿を見ると、全体のフォルムは人間だが、顔は何処となく爬虫類っぽい上に首から下は青い鱗で覆われていて、尻からは蒼く長い尻尾が伸び、先端がゆらゆらと揺れている。
「ちょっとまだ人間になり切れてないんで、こんなんですみません」
彼はばつが悪そうな顔をして頭を掻いた。
「いや、それは構わないが・・・まさかここで龍を見るとは、正直驚いたよ」
「俺だって、まさか天界で王だった人がこんなところにいるとは思わなかったんで、びっくりですよ」
ラディンの言葉に、半分龍の男は肩を竦めた。
「あの姿でよく飛んでいるのかい?」
「いえ。普段は人間の姿で過ごしているんすが、たまーにキツくなるんで、そんときに龍になるだけです。年イチぐらいですかね」
「こんな都会で?」
訝しむラディンに、男は人懐っこい笑顔を向けた。
「ええ。都会の方が目立たないんす。都会の人って街明かりのせいで夜空なんかあんまり見ないし、最近はプロジェクションマッピングなんかやってるんで、意外と大丈夫なんすよ」
「なるほど。うまく出来ているのだな」
ラディンは感心したように頷いた。
「それはそうと、君、着替えは?」
「あ、ここに持ってきてるんで、大丈夫っす」
と、自らの腰の鱗の下から小さな包みを取り出した。どうやら衣類を魔法で小さくして持ってきているようだ。
やがて尻尾が小さくなり、鱗の範囲が狭まって殆ど人間らしくなったところで、男は持参した衣類を身に着けた。
すっかり人間の姿になった彼は、青く長い髪と青い瞳を持ち、端正な顔立ちをした、実に美しい青年だ。
「はあ、流石に真冬の川は冷えますね」
男は身体をぶるっと震わせ、苦笑いした。
「そうだ。君、良かったら私のおでんで温まっていきなさい」
ラディンは河川敷の屋台を指差して笑いかけた。
「え・・・でも、俺、財布持ってきてないんで」
「今日は私のおごりだ。お酒も付けるよ」
そう言うと、ラディンは半ば強引に男を屋台へと連行した。

男の名は、イシュタルという。但し、中道界ではその名前では通りが悪いので、こちらでは「リューイ」と名乗っているとのことだ。
最初は遠慮がちだったイシュタルも、ラディンに勧められるままにおでんを頬張り、熱燗の日本酒を口にしている。
「あー、うめえ!寒い日には最高っすね」
と、ラディンに人懐っこい笑顔を向けてきた。
「気に入ってもらえてよかった。今日はもう客も来ないだろうから、たくさん食べてくれると有難い。余らせても仕方ないからね」
「まじすか。んじゃ、遠慮なく頂きます」
イシュタルは目を輝かせた。どうやらお腹が空いていたようだ。
「君は中道界は長いのかい?」
「はい。たまーに天界に帰ったりしてますけど、基本こっちっすね」
「・・・天界の龍の谷のことは聞いている。気の毒なことだった」
ラディンの言葉に、イシュタルの箸が止まった。
天界の龍は、戦乱の時代に人間によって滅ぼされたのだ。
イシュタルは無言のまま酒を呑み干すと、ひとつ息をついた。
「・・・確かに、あれのせいで生きてる龍は俺だけになったし、人間には恨み言の一つも言いたくなることだってありました」
「そうか。そうだったのか」
ラディンは顔を曇らせた。
「・・・でもまあ、どっちにしろ遠い昔の話です。龍を滅ぼしたのは人間ですけど、死にかけていた俺を助けて、何かと面倒を見てくれたのも人間ですから」
イシュタルはラディンから差し出された酒を受けた。
「それに、俺はこれから先も人間に混じって生きて行かなきゃいけないし、いつまでも昔のことを根に持つわけにもいかないっすよ」
と、しみじみとした顔で笑ってみせる。
「そうか。君は強いな」
「へへっ、ただのやせ我慢っす」
イシュタルは照れ臭そうに頬を掻いた。
「そういうラディンさんは、ずっとこっちなんですか?」
「そうだね。トパーズ国がなくなってから、ずっとここで生活しているよ」
「ふうん。恩赦が出た時も、帰らなかったんすね」
イシュタルの言葉に、ラディンは雄弁な溜息をついた。
「私は国を守れなかった上に異界に逃げた王だ。恩赦が出たからといって、どんな顔をして皆の許に帰ったらいいのかわからなくてね。尤も、今更それを責める者もいないだろうが、他ならぬ私自身が嫌なんだよ」
と、ラディンはほろ苦く笑った。
「それに、中道界での気ままな生活もなかなかいいもんだよ」
ラディンの言葉に、イシュタルは同意するように頷いた。
「そうですね。ここには何のしがらみもないし、ホント、気楽っすよね」
そう語るイシュタルは、その言葉とは裏腹に別のことを考えているようでもあった。

「あー、食った食った。すみません、すっかりご馳走になっちゃって」
ひとしきり酒もおでんも楽しんだ後、イシュタルは満足気に席を立った。
「いやあ、これだけ食べてくれると、こちらも嬉しいよ」
イシュタルはいわゆる痩せの大食いのようだ。尤も、本体が龍であることを考えると、それはある意味当然のことなのかもしれない。
「今度はちゃんと財布持ってくるんで、話し相手になってもらえます?」
と、ラディンに例の人懐っこい笑顔を向けてくる。
「ああ、こちらは何時でも大歓迎だ。但し、出没場所も営業日も私の気分次第だけどね」
「いいっすね。最高じゃないですか」
かつて王だった男と天界最後の青き龍は笑顔を交わし合った。

どうやら、二人は良い友人になれそうだ。


「言霊の奏で人」本編公開分ではまだ登場しておりませんが、私のお気に入りの蒼き龍・イシュタル君の話を書いてみました。ええ、イケメン枠ですがそれがなにか。
本編はNolaノベル様にて鋭意公開中です。
宜しければこちらもどうぞお楽しみください。
https://story.nola-novel.com/novel/N-e25077ee-d12e-4403-b2c3-8b6d3fcfe473


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