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【連続小説】ジンとセレン #4/10 2300文字

その後、部屋に戻って来た師匠とセレンを加え、改めて4人による丁寧な話し合いが行われた。その結果、マーカライト侯爵からセレンのことは全てジンと師匠に一任するとの約束を取り付けて、この日の会談はお開きとなった。
マーカライト侯爵とセレンに見送られて別邸を辞去した師匠と弟子は、並んでゆっくりと歩きながら今後の対応について相談を重ねた。
「それじゃ、魔界の入院先はクワンに候補を出させて、あたしの方で決めて先方に話を通しておくよ。その方が手っ取り早いだろうからね」
クワンとは、ジンの幼馴染にして師匠の弟子のひとりでもある人物で、今は自らの研究のために魔界に移住していた。
「師匠にそこまで手配して頂けるとは・・・本当に助かります」
これはまごうことなきジンの本心だ。
「なあに、あたしもセレンと直接話をして、ちょいとばかり情にほだされたんだよ。あれだけの目に遭いながら、荒みもせずにここまで生きてきたこのお人には、何としてもいい医者をつけて、最善の治療を受けさせてやりたいってね」
師匠はしみじみとした笑みを浮かべた。
「まあそんなわけでさ、まずは検査入院であのお人の身体を調べさせてもらって、治療方針を決めるところまでだね」
「はい」
「それで、天界でやんなきゃいけないことは全部お前に任せるからね」
「わかりました。お任せを」
ジンは右手を胸に当て、師匠に向かい深々と頭を下げた。
「ところで」
不意に師匠は足を止めた。そして、
「ジン。お前はセレンの目を治すことしか考えていないだろうから、気が付いていない前提で話をするよ」
と、真剣な面持ちでジンを見上げた。
「?何でしょうか」
「セレンは・・・あのお人は凄まじい魔力の持ち主だよ。少なく見積もってお前と同等、ひょっとするとヤンといい勝負かも知れないね」
「えっ?」
ジンは眉根を寄せて師匠の顔を窺った。
(そんなこと言われても、あの人からは魔力の魔の字も感じなかったけどなあ)
ヤンは彼の幼馴染にして師匠の弟子のひとりで、自身が持つ強大な魔力を背景に魔法使いのトップ・天導師の役職に就いている男だ。
ジンも、そんなヤンには敵わないものの、ヤンからは常々「神官にしておくのは勿体ない」と評価されるような強い魔力の持ち主だ。
(最低でも俺と同等の魔力を持っているなんて、とてもそんな風には)
「やっぱり、気が付いていなかったんだね」
ジンの様子を見て、師匠はじんわりと苦笑した。
「はあ。お言葉を返すようですが、それは何かの間違いとしか俺には思えませんが・・・初めて会った時もそうですが、先ほどもセレンさんからは何の魔力も感じられませんでしたし」
ジンは師匠の言葉を信じることが出来ないままだ。
「それなんだよ、ジン。あたしは、あのお人が天界人のくせにまるで魔法の匂いがしないってとこが引っかかって、それでちょいと見てみたのさ」
師匠は悪戯な視線を弟子に投げかけた。
「そしたら、あのお人は自分の魔力を使いもせずに、身体の深い所にただ眠らせているような状態だったんだよ。
普通の天界人なら誰もが子供の時分から魔法を習うもんだが、どうもあのお人にはその機会がなかったようでねえ」
「・・・!」
師匠の言葉に、ジンはうろうろと視線を動かした。
セレンは、周囲の子供達が学問や魔法を学んでいたのに、自分は同じように学ぶことが出来なかった、と言っていた。
(あの神殿は、セレンさんから学ぶ機会さえも取り上げていたんじゃないか)
セレンに自分は何も出来ないと思い込ませ、自分たちの言いなりにさせるために。
「まあ考えてみれば、目の見えないお人に魔法を教えるのは、簡単じゃないんだよ。あのお人がお世話になっていたような、地方のちっちゃい神殿の神官なんかじゃ、まず無理だろうね」
師匠は、ジンの頭をよぎったことを否定するように言葉を繋いだ。
(あ、そうなんだ)
ジンはほんの少し顔を赤らめた。
(ちょっと、考えが過ぎたな)
師匠はジンの表情の変化に気も留めず、淡々と言葉を重ねる。
「それにしても、あのお人は、あれだけの目に遭いながらよくぞこれまで魔法を暴走させずに済ませたもんだって、あたしゃそっちの方に感心したよ。だってそうだろう。いくら見た目が奇麗だからって、男の身で男におもちゃにされて、平気でいられる奴なんかいないからね」
「・・・確かに」
強い魔力を持った者が怒りや憎しみに支配された時、意図しない形で魔法を発動した上に、それをコントロール出来ずに暴走させてしまうことは決して珍しいことではない。魔力が強ければ強いほど、呪文を知らなくてもイメージしただけで強力な魔法が発動できてしまうからだ。
ましてや、魔法を習ったことがないセレンは、おそらく自身の魔力をコントロールする術さえ知らないだろう。
(そう考えると、師匠の仰ることが本当なら、今のまんまじゃちょっと危なっかしいな)
ジンは口元に手を当て、暫し考えを巡らせた。そして、
「師匠。この件はヤンに相談したいと思います」
と、提案した。
「そうだね。それでいいよ」
師匠はジンの意見をあっさりと肯定した。
「今のあのお人は、マーカライト候に大事にされて心穏やかに過ごせているし、そういった意味では喫緊の課題じゃないんだが・・・それでも、このまんまじゃ危なっかしくてしょうがないからね。
この先、あのお人にどうやって魔法になじんでもらうか、お前たちで考えてみておくれな」
「わかりました」
「じゃあ、頼んだよ。こっちのことは目途がついたら知らせるよ」
「はい」

ふわり、と風が動いたと思った瞬間、師匠は忽然と姿を消していた。

<ジンとセレン #5に続く>


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