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【連続小説】ジンとセレン #5/10 3400文字

セレンはマーカライト候別邸近くの広場で、子供達と一緒に遊んでいた。
彼は大きな石を椅子代わりにして腰を下ろし、子供達の話を聞いて時折笑顔を見せている。その膝には小さな女の子が座り込み、背中には男の子がよじ登っていた。背の高いセレンの背中は登りがいがあるのだろう。
彼らの近くには軽装の兵士が2人ついていて、子供達とセレンの交流を邪魔しないように気を使いながら、それとなくセレンの警護をしているようだ。
その様子を木の陰から見ている二人連れが居た。薬師のジンと魔法使いのヤンだ。
彼らの本日の出で立ちはさっぱりとした庶民の平服姿で、ヤンはつばなしの帽子を被り、ジンは銀の長い髪をきりりと結い上げている。
「ジン。あそこに座ってるのがセレンさんか」
「ああ」
ジンの回答を受け、ヤンは目を凝らすようにしてセレンを窺うと、
「ううむ」
唸るような声を上げた後、
「や、本当にお前を複写したみたいにそっくりだな。いや、話には聞いていたが、まさかここまでとは」
と、素直に驚きの声を上げた。
「ま、初めて目にした時は俺も本気で驚いたぐらいだからな。尤も、そっくりなのは見た目だけで、中身は大分違うんだが」
ジンの言葉に、ヤンは真顔でこう言い放った。
「そりゃ、お前みたいなのが二人も居たら何かと大変だろう」
「ヤン。どういう意味だ、それ」
「さあな。師匠に訊いてくれ」
すまし顔で嘯く幼馴染に、ジンは苦い顔で舌打ちをした。
「それはさておき」
ヤンは再び注意深くセレンの様子を観察すると、
「ここから見た感じだと、お前の言う通り、魔法の魔の字も匂わないお人だな」
と、ジンを振り返った。
「そうなんだよ。俺にはとても師匠が仰るような強い魔力の持ち主には見えないんだが」
「まあねえ。だが、人は見かけによらないとも言うしな」
ヤンは己の顎を触りながら、少し考えるような素振りを見せた後、
「ジン。済まないが、私とセレンさんを引き合わせてくれないか」
と、幼馴染に依頼した。
「どうして?」
「セレンさんとちょっと会話をして、それとなく心に触れてみたいんだよ。そうでもしないと、あの人の真実が見えてこない気がしてね・・・少なくとも、ここから遠巻きに観察していても埒が明かないと思うんだ」
「なるほど。わかった」
果たして、二人は木の陰から抜け出すと、ゆっくりとした足取りでセレン達の方へと歩き出した。

「あっ、すごい薬師のお兄ちゃんだ!」
子供達は目ざとくジンに気づくと、口々に声を上げて彼を取り囲んだ。
「ジン。お前、すごい薬師ってことになってるのか」
「・・・どうも誰かがそう吹き込んだらしくてな」
からかい顔のヤンと、うんざり顔のジンが互いにちらりと視線を交わす中、
「えっ?・・・もしかして、ジン様ですか?」
セレンは驚いた表情できょろきょろと辺りを見回している。
ジンとヤンは子供達を引き連れたまま、セレンの正面に立った。
「こんにちは、セレンさん。お元気そうで何よりです」
ジンが明るい声で挨拶すると、
「ああ、ジン様の声ですね。こんにちは、ジン様」
セレンは実に嬉しそうな顔で微笑んだ。そして、子供達に向かって
「みんな。向こうで遊んでおいで」
と、声を掛けた。
「はーい」
子供達は良いお返事をすると、声を掛け合いながら広場の向こう側へ駆け出して行った。
「ところで、ジン様。今日は如何されましたか?」
セレンは怪訝そうな顔で来訪の理由を尋ねてきた。
まさか、ヤンにあなたの魔力が如何ほどか探らせに来ました、と言うわけにもいかず、
「友人と野暮用でこちらに来たのですが、丁度あなたのお姿が見えたので」
平然と嘘をついた。
「そうでしたか」
セレンはジンの言葉を疑いもせずに頷いた。そして、
「お隣の方が、あなたのお友達でしょうか」
と、ヤンの方に顔を向けた。今日のように空が明るい昼間なら、そこに誰かが居ることぐらいはわかるようだ。
ヤンは一歩前に進み出ると、
「はじめまして。私はヤンと申す者です。こちらのジンとは幼い頃からの知り合いでして・・・本日は思いがけずも、あなたのような高貴で美しいお方と言葉を交わす機会を得られまして、大変嬉しく思います」
セレンの右手を取って恭しく挨拶した。
(お)
この時、ジンはヤンが微量の魔法を使って、触れ合った個所を通じてセレンの身体の中をさらっと探ったことに気が付いた。普通の天界人なら、魔法が発動されたことさえ気が付かないレベルのものだ。
(流石、ヤンだな)
「ヤン様。お褒め頂きありがとうございます。私はセレンと申します」
セレンはヤンの挨拶を平然と受け取った。恐らく美しいと言われることには慣れているのだろう。
そして、その後セレンが何気なく口にした言葉に、二人は驚愕することになる。

「違っていたら申し訳ないのですが・・・ヤン様は、魔法使いでいらっしゃいますか?」

「いやはや、想像以上に勘の鋭い方で肝を冷やしたぞ」
ヤンは爽やかなジャスミンの冷茶を一口飲んだ後、額の汗を拭う仕草をしてみせた。
ここは暁の宮近くの小さなカフェ。ヤンお気に入りの店だ。
二人はセレンと10分ほど世間話を交わした後で辞去し、空を飛んで暁の宮まで戻って来たのだ。
「俺も考えが及ばなかったが・・・あの方は目が不自由だから、そういった感覚が鋭いのかもしれないな」
ジンはアイスコーヒーが入ったグラスを手の中で弄んでいる。
「で、どうだ。何かわかったか?」
「うむ」
ヤンは再びお茶を口にすると、背筋を伸ばしてこう告げた。
「師匠の仰る通りだよ。あの方は、恐ろしいほどの魔力をそっくりそのまま大事にしまい込んでいるような状態だ。まるで頑丈な金庫に入れているみたいにね」
「そうか・・・」
ジンはストローを意味もなくくるくると回しながら、雄弁な溜息をついた。
「ヤンは、あの方を今のまんま放っておいたら、危ないと思うか」
「一般論で話をすると、危なっかしいな。金庫の扉は閉まっているが、何かの刺激で開いてしまうリスクはあるよ」
ヤンは率直に答えた。
「かと言って、これまで魔法を習ったことがない、目が見えない、持っている魔力がバカみたいに強力。この三拍子がそろったお人に魔法を教えるのは、なかなか難しいところでな。
ジン。お前だから言うが、この私でさえそのお役目はご遠慮させて頂きたいぐらいの難易度なんだよ」
「そうか。師匠も教えるのは簡単ではないと仰っていたが」
ジンは浮かない表情のまま、ようやくアイスコーヒーを口にした。
「目が見えない人は、魔法の効果を目視確認出来ないってところが厄介なんだよ。手本を見せてやることも出来ないし、いくら言葉で、あなたの魔法はこれくらいの効果が出ていますよって伝えたところで、わかるわけがないだろ?」
「・・・確かに」
「だが」
ヤンはテーブルに両肘をつけて、少しだけ身を乗り出してきた。
「あの方の目は、お前が見えるようにしてやるんだよな?そうだろ?すごい薬師のお兄ちゃん」
と、ジンにからりとした表情で笑いかけた。
「あ、まあ・・・実際に治療してくれるのは魔界の医者だが」
「そこ、謙虚になるところかよ。お前がその提案をしなかったら実現出来なかったんだろ?」
ヤンは幼馴染の額を指で突き飛ばした。
「いてっ」
ジンはむっとした表情を向けたが、ヤンは意に介さず言葉を繋いだ。
「治療が上手くいって、魔法の効果が目視出来るようになってくれれば、教える難易度はぐっと下がる。私は、今の何もかもが難しい中で無理に魔法を教えるよりも、あの方の目が見えるようになった時に、正しい形で魔法を教えてあげた方がいいんじゃないか、と思うんだが、どうだい?」
「ということは、当面現状維持か」
「そうだな。今後も変わらず穏やかに過ごして貰うことが大前提だが、あの様子なら多分大丈夫だろ」
楽観的なヤンに対し、ジンは水を差すようにリスクを口にした。
「もし手術が失敗して、あの方が生涯暗闇の中で生きることになったとしたら?」
ジンの言葉に、ヤンの表情が引き締まった。

「そうなったら、今度こそ私が何とかするよ・・・天導師の名に懸けてね」

この日以降、幼馴染の二人はそれとなくセレンを見守り続けた。
途中、魔界での検査入院やマーカライト候の長期不在等、セレンの心が揺れるイベントが幾つかあったが、幸いなことに彼の魔力は身体の奥の金庫にしまわれたままだった。

<ジンとセレン #6に続く>


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