【連続小説】ジンとセレン #3/10 2500文字
「北極星の君」の異名を持つジンの師がその場に居たお陰で、ジンが目論む「セレン魔界行き計画」はあっさりと了承された。
(やっぱり師匠に来て頂いて大正解だったな)
ジンはすまし顔の下で密かにほくそ笑んだ。
彼にとって師匠の存在は最大の切り札だ。今回のように彼女が出馬してくれれば、天界はおろか魔界であっても、どんな無理筋も通せてしまうのだ。
但し、この切り札は使いどころを間違えると、後でとんでもないしっぺ返しを食らうことになる。所謂『ハイリスク・ハイリターン』というやつだ。
「北極星の君。ジン殿のみならず、あなた様のお助けが得られるなら何の心配もありません。私としても、これの目が治せるなら、こんなに嬉しいことはない」
侯爵は傍らに座るセレンを見つめ、口元を綻ばせた。
「ですが、侯爵様。どんな治療にも必ずリスクがあります。残念ながらお治しするどころか、完全に光を失う可能性が僅かながらあることは、どうかご承知おき下さい」
ジンはやんわりと釘を差した。セレンの治療が100パーセント成功すると思われては困るからだ。
「なるほど。セレン、今の薬師殿の話はどう思う?」
マーカライト侯爵はセレンの手を握って問いかけた。
「ティム様は、どう思われますか?」
逆にセレンはマーカライト侯爵を見上げ、彼の意向を尋ねた。
「私はお前に訊いているのだ。治療を受けるのは私ではなく、お前なのだからね」
マーカライト侯爵に優しく促され、セレンはしばし沈黙した。そして、
「・・・私は物心ついた時からこの状態で、皆さんがご覧になっているものを見たことがありません。もし、それが見えるようになるのなら、私はそこに賭けたいと思います。
挑戦した結果、運悪く暗闇の中で生きることになったとしても、それはレア神の思し召しとして受け入れるつもりです」
ぽつぽつと自らの思いを率直に言葉にした。
「そうか、わかった」
マーカライト侯爵は大きく頷くと、ジンと師匠に向けて頭を下げた。
「北極星の君、ジン殿。どうか、セレンの願いを叶えてやって下さい。お願いします」
「ジン殿。あれは・・・セレンは私の安らぎなのです」
マーカライト侯爵は、そんな言葉を口にした。
師匠はセレンに確認したいことがあると言って、彼を連れて別室に移動していた。この場に居るのははマーカライト侯爵とジンの二人だけだ。
「私はオニキスの上級貴族として、領内のみならず国内の煩わしい問題に対処しなければなりません。居城に帰れば帰ったで、妻は何かと口を出してきますし、側室は夜伽の場で懇意にしている者の口利きをしてきたりもします。
お恥ずかしい話ですが、私は自分の城に居る時でさえも周りに要求ばかりを突きつけられて、全く気が休まらないのです」
マーカライト侯爵は雄弁な溜息をついた。
「セレンはそれとは全く逆で、私に求めるところが殆どありません。目が悪く、出来ることが限られていることもあるのでしょうが・・・あれは私の傍にいて、煩わしいことは一切言わず、ただ寄り添って、私の話を聞いてくれて、そして一緒に笑ってくれるのです。
セレンは、私がティムという名の只の男に戻れる唯一の相手なのです」
そう語るマーカライト侯爵の表情はとても優しい。
「侯爵様はセレンさんを大切に思われているのですね」
ジンの言葉に、マーカライト侯爵は照れ臭そうに頭を掻いた。
「はい。正直、同性の相手にこんなにも心を持っていかれるとは思ってもみませんでした」
そして、
「こんなことを言うとあなたには軽蔑されるかも知れませんが・・・最初にセレンに手を出したのは、ほんの遊び心からでした。セレンの方は男慣れしていて、私を存分にもてなしてくれました。その振舞いが気に入った私は、あれを養っていた神殿に買取を持ち掛け、言い値の金を払って引き受けました。ただ、その時は弄ぶだけ弄んで、飽きたら捨てればいいぐらいの軽い気持ちだったのです」
そんなことを打ち明けた。
「やはり、神殿側はセレンさんを金で売り渡したのですね」
ジンは苦い表情を見せた。
「はい。嫌な言い方ですが、セレンは目が見えずともあの通り美しいものですから、彼らは貴族や裕福な商人相手に高値で売れると踏んで養っていたのだと思います。付加価値をつけるために、男を喜ばせる手練手管を教え込んだ上でね。
・・・今にして思えば、私はまんまと彼らの計画に乗せられたのかも知れません」
マーカライト侯爵は肩を竦めた。
「そんな・・・」
ジンは絶句した。
(地方の神殿には二大神殿の目が届きにくいとはいえ、腐り過ぎだろうが)
ジンは沸き上がってくる怒りを己の拳の中で握りつぶした。
「今は、あんな神殿からセレンを連れ出せて良かったのだと思うことにしています。もし、あのままあそこにいたら、セレンはきっと」
(・・・!)
ジンは、マーカライト侯爵が言わんとしていることを察して、うすら寒くなった。
ジンとて、引き取った先が自分に対して邪な考えを持っていたとすれば、同じような目に遭わされていたかもしれないのだ。
大人によって「お前の生きる道はそれしかない」と思い込まされ、そのような手練手管を教え込まれれば、ジンも求めに応じて躊躇なく身体を開くようなことをしていただろう。
(俺は、ただ単に運が良かっただけなのかもしれないな)
ジンが引き取られた神殿は暁の宮と縁が深い所で、そこにいた神官たちは皆真面目な人たちばかりだった。そこで今も懇意にしている幼馴染と出会い、ひょんなことから師匠とも出会って今のジンがあるのだ。
「今回、セレンがあなた達とこのようなご縁を持てたのは、あれを不憫に思われたレア神がご慈悲をかけて下さったからでしょう」
マーカライト侯爵の言葉に、ジンは目を上げた。
「魔界での治療が成功したら、私は初めてセレンと同じ景色を眺めて、それについて語り合えるのです。私としたことが、気の早いことに最初にあれを何処に連れて行ってやろうか、などと考え始めている有様でして・・・いや、本当に楽しみでしかありません」
そう語るマーカライト侯爵は、本当に嬉しそうに微笑んでいる。
(最初の動機はどうあれ、セレンさんはこの人に引き取られて良かったんだな)
であれば尚の事、セレンの治療には自分の全力を傾けて必ずや成功に導きたいと思うジンなのであった。
<ジンとセレン #4に続く>
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