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短編戯曲「巨人の羽音」


「巨人の羽音」 ヒナタアコ



殺風景な場所。風の音が響く。荒れているような音。
黒尽くめの少年が一人、自らを抱き締めて立っている。

チロル
「安全だと思っていたあの場所に
突如 霧が立ち込める
総てを優しく包むように広がり
総てを奪いつくすように私達を溶かす
逃げ惑う 声を上げる 足が止まる
仲間の声が今も耳を裂くようで
僕だけでも生きなきゃいけない
闇に潜み続けるしかない
抜け道を探して 巨人を避けて
羽音に 怯えながら
…独りは嫌だ、な」

物音。少年ははっと顔を上げる。
黒尽くめの少女が現れる。息を切らし、何かを探し回る。
やがて、少年を見つけ、叫ぶ。

リッタ「チロル!」

チロル、声のする方を見る。一瞬喉を詰まらせ、すぐに

チロル「リッタ!」

チロル、リッタに駆け寄る。

リッタ「よかった…逃げられたんだね」
チロル「うん、何とか…」
リッタ「おじさんや、おば(さんは)…っ」

リッタ、途中で言いかけていた言葉を止め、唇を嚙む。
チロル、落ちそうになる涙を堪えながら。

チロル「道が、埋まって、て」
リッタ「うん」
チロル「こないだまでは、開いてたのに」
リッタ「巨人が埋めたのかな」
チロル「父さんが、お前だけでも、って…っ…」
リッタ「…そっか」
チロル「前に通った、あの道は、開いてて」
リッタ「あぁ、あれは巨人じゃ見つけられないから」
チロル「でも、いなくて・・・ 」
リッタ「ごめんね」
チロル「心配したんだから…!」
リッタ「ごめん」

リッタ、チロル、互いを抱き締めあう。
しばらくの間のあと、離れる。
チロルが軽く咳き込む。

リッタ「大丈夫?」
チロル「…うん、大丈夫」
リッタ「これは…雨かもしれない」
チロル「移動しないと。ここの抜け道なら影になってるから、移動できる」
リッタ「問題は、移動先だね」
チロル「…そっか。そうだね…」
リッタ「安全だったはずの北エリアが巨人にやられた今、選択肢は二つ…」
チロル「西エリアの第七地域か、南エリア」
リッタ「…微妙、だね。どっちもあまり良い状況とは言えないから」
チロル「東エリアの第一はだめだよ。今年の春から巨人が苦い風を吹かせ始めてる」
リッタ「うん、聞いてる。それに…」
チロル「それに?」
リッタ「マリアとレキは、東エリアの門の前で、やられたんだ」
チロル「…あ…」
リッタ「私、止めたのに。昼間に移動すると危ないって。案の定、女巨人の硬い羽で…」

沈黙。

チロル「ねぇ、南エリアの第二は?」
リッタ「第二?どうして?」
チロル「ブラークの子が言ってたよ。第二地域が巨人の手から離れたらしいって」
リッタ「うぅん…手から離れたからといって安全とは言い切れないよ」
チロル「どうして?」
リッタ「巨人の習性。集団の長が、霧を生む可能性がある」
チロル「でも、このままここにいたら雨に濡れちゃう」
リッタ「そうだけど」

リッタ、チロル、気配を感じて顔を上げる。

リッタ「まずい、くる!」
チロル「うそ、ここに!?どうして!?」
リッタ「雨だ、雨が降り出したから」
チロル「そんな」
リッタ「出よう、離れないとやられる!」
チロル「でも、どこに!?」
リッタ「どこって、…南の第二に!」
チロル「でもさっき…」
リッタ「大丈夫だから!…きっと」
チロル「…うん!」

リッタ、チロル、手を繋いで走り出る。
常に周囲を警戒し続けている。

リッタ「くっ・・・結構強い」
チロル「寒いね」
リッタ「このままだと動けなくなる、急ごう」
チロル「うん」

二人、手を伸ばして周囲の気配を探る。
いろいろな道を進み、明るい道に辿り着く。
避難場所は明るい道の先にあるが、この道を通るのは大きなリスクが伴う。
二人、視線で相談し、頷き合う。

リッタ「いくよ…せーの!」

二人、大きくジャンプし、飛び越える。
避難場所(南の第二)にたどり着く。

チロル「ついた・・・ 」
リッタ「ここなら見つからないはず」
チロル「そうだね」

チロル、くしゃみをする

チロル「寒い」
リッタ「大丈夫?」
チロル「うん」
リッタ「動けなくなったら大変だからね」
チロル「…うん」

リッタ、辺りを見回す。

リッタ「気配はない、か」
チロル「ここなら大丈夫だよ」
リッタ「そうだね」

間。

チロル「お腹空いたね」
リッタ「そうだね…何か食べるものがあればいいんだけど」
チロル「巨人の気配がないってことは、食べ物もない、か」
リッタ「そうなるね」
チロル「はぁ」
リッタ「…探してこようかな」
チロル「いいよ」
リッタ「お腹、空いたんでしょ?」
チロル「いいってば」
リッタ「どうして?」
チロル「…一人にしないで」
リッタ「…うん」

二人、手を繋いで黙ったまま少しの間。
チロル、唐突に

チロル「リッタは、海って知ってる?」
リッタ「海?名前は聞いたことあるけど」
チロル「見たことはない?」
リッタ「ない」
チロル「そっか」
リッタ「見てみたいの?」
チロル「うん」
リッタ「大きいんだっけ」
チロル「そう。大きくて、しょっぱくて、ゆらゆらする。こんな風に」

チロル、リッタの手をとってゆらゆらと身体を揺らす。
わざとふざけるように、身体を振り回す。

リッタ「こんな風に?」
チロル「ふふ、そう」
リッタ「なんだっけ、ざばーん?」
チロル「そう、ざばーん、ざざーん」
リッタ「ざざーん、ざざーん」
チロル「ふふふふ」
リッタ「楽しい?」
チロル「うん」
リッタ「そっか」
チロル「リッタもやればいいんだよ。ほら、ざざーん」
リッタ「ざざーん」
チロル「おおきく!ざばーん」
リッタ「わぁ!」
チロル「ははは」
リッタ「びっくりしたぁ」
チロル「いいなぁ、海」
リッタ「そうだね」
チロル「リッタと、見たいな。海」
リッタ「…いつか、見に行こう」
チロル「そうだね」
リッタ「私はね、星が見たいな」
チロル「星?夜になれば見れるよ」
リッタ「そうじゃないの。空が見えないくらいの星空がいい」
チロル「そんなのあるの?」
リッタ「うん。闇みたいに柔らかい布を敷き詰めた夜の上に、小さな光を振りまいたような星空。夜なのに眩しいくらいの、空」
チロル「眩しいのはやだよ」
リッタ「そうだけど」
チロル「目がズキズキするもん」
リッタ「でも、見てみたいの!」
チロル「そんなに?眩しくても?」
リッタ「眩しくても。流れ星も見たいな」
チロル「流れ星?何それ」
リッタ「星が空を走っていくの。その星が亡くなる前の一瞬が、ここから見えるんだって」
チロル「そんなの見たことない!」
リッタ「巨人はね、その最期の一瞬に願い事をするの。三回唱えられたら、叶うんだって」
チロル「へぇー…リッタは、その流れ星を見れたら何をお願いするの?」
リッタ「え、そうだな…バナナをお腹いっぱい食べられますように!かな」
チロル「あはは、バナナ好きだねぇ」
リッタ「うん。大好き。チロルは?」
チロル「うーん…リッタとずっと一緒にいられますように、かな」
リッタ「…そう…」
チロル「照れてる?」
リッタ「照れてない!」
チロル「そっか」
リッタ「…ありがと」
チロル「うん」

間。

チロル「流れ星、見てみたいな。リッタ、一緒に待ってくれる?」
リッタ「もちろん」
チロル「よかった」
リッタ「明るいとこにいても平気になったら、もっと色んなものが見えるんだろうな」
チロル「そしたら僕、あれ見たい!」
リッタ「あれって?」
チロル「虹、っていうの」
リッタ「虹…」
チロル「巨人が話しているのを聞いたんだ。雨の後しか見られないんだって」
リッタ「へぇ、どんなんなんだろう」
チロル「なんだっけな、なないろ、なんだって」
リッタ「なな、いろ。いろ?」
チロル「うん。巨人の世界にはいろっていうのがあるんだって」
リッタ「いろ、か。それが、ななつあるの?」
チロル「うん。雨の後に、空に浮かぶんだって」
リッタ「へぇ」
チロル「雨が上がった大きな空をまたぐ、橋みたいに見えるんだって」
リッタ「その橋の先には何があるんだろう」
チロル「空の先の先まで続いてるんだって」
リッタ「海まで続いているかもしれない」
チロル「凄いね」
リッタ「ね」
チロル「いつか、虹を渡って海に行こう。で、夜まで待って、お星様を見よう」
リッタ「あはは、それはいいね」
チロル「約束だよ」
リッタ「うん、約束」

リッタ、チロル、指きり。
沈黙。

リッタ「もし、死んだとしてさ」
チロル「リッタ!」
リッタ「もし、だよ」
チロル「…うん」
リッタ「もし、死んだとして、生まれ変われるとしたら、チロル、何がいい?」
チロル「…うーん」
リッタ「何でもいいとしたら、何が良い?」
チロル「僕、鳥がいいな」
リッタ「飛べるから?」
チロル「うん!」
リッタ「単純だなぁ」
チロル「ひどい!」
リッタ「ごめんごめん」
チロル「鳥になって、空を自由に飛びたい。虹をくぐったり、星を啄ばんだりしたい」
リッタ「星は啄ばめないよ」
チロル「そんなのわかんないじゃん」
リッタ「ずいぶん高く飛ばないと」
チロル「がんばるよ。こんな風に」

チロル、立ち上がって腕を広げ、飛ぶように走り回る。

リッタ「ちょっと、おとなしくしてよね」
チロル「はぁい」
リッタ「鳥かぁ。ま、いいかもね」
チロル「でしょ。リッタは?」
リッタ「私?…巨人がいい」
チロル「えっ」
リッタ「巨人の目線から見た世界は、どんな風なんだろうなーって思って」
チロル「そっかぁ」
リッタ「巨人は明るい所も平気だし、「いろ」だって分かるんでしょ?どんなところにだって行ける足を持ってるし、私達みたいに隠れなくてもいいし」
チロル「…リッタは、巨人でいた方が幸せだったって思う?」
リッタ「…少しね」
チロル「そっか」
リッタ「自分達の仲間が次々殺されて、お父さんもお母さんも、おじさんもおばさんもいなくなって…次はチロルがいなくなるかもしれないでしょ」
チロル「いなくならないよ!」
リッタ「…言い切れる?」
チロル「…それは…

沈黙。
リッタ、苦笑いして

リッタ「意地悪だね、ごめん」
チロル「…いいよ、別に」
リッタ「こうやって暗い所に隠れて、こそこそ移動して、霧や羽音に怯えたりして過ごしてるとさ、色々考えちゃうよね。どうしてこうなのかなって」
チロル「そうだね」
リッタ「巨人と私達…体の大きさが違うだけなはずなのに、なんで、こう、なんだろって」
チロル「…小さいからだよ」
リッタ「やっぱそうかな」
チロル「巨人にとって僕達は、目障りな害悪でしかないんだ。生きているとかいないとか、この、土地で共存とか、そういうものを感じるような存在じゃない。ただ邪魔で、気持ち悪くて…見たくないものでしかない」
リッタ「……」
チロル「だから僕は、巨人には絶対なりたくないよ」
リッタ「そっか」
チロル「だって、小さいだけでこんな風に扱われるんだ。巨人はみんなそうでしょ。僕は、そんな奴になりたくない。そんな、思いやりのない巨人になんか、なりたくない」

静寂。

リッタ「私、もうわかんないや」
チロル「リッタ…」
リッタ「守りたいの。でも、もう守り方が分かんない」
チロル「僕が守るよ」
リッタ「分かる?」
チロル「わかんないけど」
リッタ「でしょ」
チロル「でも、さ、そんなこと言わなくても…」
リッタ「でもこれが現実なんだよ。いずれここも巨人に見つかる。こっちが気がつく前に霧が生まれたらもうオシマイ。それに気がついて逃げ出しても、向こうに見つかれば羽音でやられるかもしれないし、苦い風が吹くかもしれない」
チロル「そしたら、また逃げればいいじゃん。どこまでもいけばいい」
リッタ「簡単に言わないでよ!」
チロル「だってそうしないと生きていられないじゃん!」
リッタ「そうしてないと生きていられないのがもうダメなんだってば!」

間。二人の悲しく荒い息遣いだけが響く。

リッタ「…不思議だね。私達の仲間は何万といるはずなのに、廃れるはずないのに、なんで私達、二人ぼっちなんだろうね」
チロル「…二人じゃ嫌?」
リッタ「……」

沈黙。

チロル「守り方なんて分かんないよ。リッタみたいに頭良くないし、強くもないし、まだ何にも知らないけど…でも、僕、リッタと一緒に生きたい。どこまでもどこまでも一緒にいきたい。そのためなら何でも出来るよ」
リッタ「…ほんと?」
チロル「ほんとだよ。どこまでもいこう。ここがダメなら西へ行こう。西がダメになったら、東の第七近辺ならまだ大丈夫かもしれない。僕、また、ブラーク族の大人に聞いてみる。ちょっと危ないかもしれないけど、巨人が話してるのも聞きに行ってみてもいいんだ」
リッタ「チロル」
チロル「だから、僕と一緒にいてよ。一人にしないでよ。二人は寂しいかもしれないけど、一人でいるより、よっぽど幸せだって、僕、思う」
リッタ「…うん…」
チロル「虹を渡って海に行こう。で、お星様も見ようって、約束したでしょ」
リッタ「そうだね」
チロル「忘れたのかと思った」
リッタ「忘れてないよ。…!」

リッタ、触角を動かす。
チロル、その様子を見て自分でも探る。

リッタ「…もしかしたら、また巨人かもしれない」
チロル「ここも、ダメなのかな」
リッタ「今ここに巨人が生息してる気配はないけど、偵察に入るのかも」
チロル「どうする?動く?」
リッタ「…少し、動いてみよっか」
チロル「うん」

二人、触角を動かしながら進む。

リッタ
「音を探る 気配を探る
一秒で一ミリで 命を落とすかもしれない
恐怖に怯える足を叩く
守りたい人がいるから だから
私はここで止まらない
どこまでもどこまでもいきたい
小さかったはずの拳は
いつのまにかこんなに強くなってた」

チロル
「僕の頼りない拳を君は強く握り締めてくれる
それだけで良かった
二人ぼっちでも良かった
君がいてくれるだけでよかった
世界に僕と君だけが生きているだけで
僕は幸せだった」

リッタ、ある方向に一歩踏み出す。チロル、咄嗟に

チロル「っ!危ない!」
リッタ「え、きゃっ!」

チロル、リッタを引っ張る。
反動でリッタのいた位置へ飛ばされ、咄嗟に身を引く。
銃声(羽音) 。チロルの足を撃ち抜く。

チロル「うぐぁぁあぁああっ!」
リッタ「チロル!」

リッタ、倒れたチロルを抱き寄せる。チロル、ひどく咳き込む。

リッタ「チロル!」
チロル「ご、めん」
リッタ「私のせいだ…!とにかくこっちに、」
チロル「触らないで!」

チロル、リッタを突き放す。その反動でひどく咳き込む。
リッタ、呆然とした後、気がつく。

リッタ「…まさか…」

沈黙。
チロル、崩れる身体を引きずるようにして身体を起こす。

チロル「霧を、浴びた、んだ」
リッタ「…逃げられたんじゃなかったの…!?」
チロル「言った、でしょ。道が、ひとつ、埋まってたって」
リッタ「でも、道があったって、逃げられたって、言ったじゃん!」
チロル「死体が、道を、埋めてた」
リッタ「……」
チロル「仲間の、皆の、死体が、道を、埋めてた。頑張って、歩いたけど、結構…浴びちゃった」
リッタ「そんな…」
チロル「ごめん、ね、言えなかった…」
リッタ「チロル…」
チロル「抱き締めて、ほし、かったんだ。どう、しても」
リッタ「馬鹿…」
チロル「ごめん」
リッタ「馬鹿!」

リッタ、チロルを抱き上げ、肩を担ぐ。
チロル、驚き、振り払おうとする。

チロル「リッタ、はな、して、危ない…!」
リッタ「離さない」
チロル「リッ、タ!」
リッタ「離さない離さない離さない!絶対に離さない!」
チロル「どう、して」
リッタ「離さない。二人ぼっちじゃなきゃ、許さない!」
チロル「……」
リッタ「虹の橋のなないろは、どんないろをしてるのかな。虹の橋の先の海は、どんないろをしてるのかな。空一面に瞬くお星様は、どんないろをしてるのかな」
チロル「リッ、タ」
リッタ「約束したじゃない。どこまでもどこまでも一緒にいくんだって」
チロル「…うん」
リッタ「守るって決めたの」
チロル「うん」
リッタ「守ってくれるんでしょ?」
チロル「…うん」
リッタ「一人にしないで…!」
チロル「……」

リッタ、チロルを担いだまま歩き続ける。ゆっくり、ゆっくり。
チロルの足はもつれ、止まり、動かなくなる。
それでも、二人は歩き続ける。どこまでも、どこまでも。
どのくらい歩いただろうか。
チロル、立ち止まる。ずるりと、身体が落ちる。

リッタ「チロル!」
チロル「ごめん、ね。ここまで、みたい」
リッタ「…なんでよ」
チロル「ご、めん」
リッタ「約束したじゃない」
チロル「う、ん」
リッタ「二人なら、幸せって…」

沈黙。涙。

チロル「リッ、タ」
リッタ「…何?」
チロル「最期、に、ワガママ、言って、いい?」
リッタ「最期とか言わないでよ…」
チロル「い、い?」
リッタ「…いいよ」
チロル「最期に、一回、だけ、抱き締め、て、くれる?」
リッタ「…うん…」

リッタ、チロルの崩れ落ちる身体を立たせるように持ち上げ、しっかり抱き締める。
チロル、腕の中で幸せそうに笑う。

チロル「嘘ついて、ごめん、ね」
リッタ「うん」
チロル「ちゃんと、生きてね」
リッタ「うん」
チロル「汚れてるのに、ワガママ言って、ごめんね」
リッタ「ワガママじゃないよ」
チロル「うみの、音が、きこえる」
リッタ「いいな、海、見えるんだね」
チロル「リッタ」
リッタ「…うん」
チロル「リッタ」
リッタ「なぁに?」
チロル「…ありがとう」
リッタ「チロル…?」
チロル「( だいすきだよ…) 」

チロル、逝く。ずるり、と、リッタの腕から落ちる。
リッタ、小さな声で囁く。

リッタ「…チロル」

静寂。リッタ、チロルの身体をそっと下ろし、腕を整えてやる。
死骸に背を向けて歩き出す。

リッタ
「私達は 生きなきゃいけない
闇に潜み続けるしかなくても
それでも 進み続けなきゃいけない
羽音に 怯えるしかなくても
夜がきたのに 流れ星が見えない
星は亡くならず その光で私達を照らしてる
ねぇ今すぐ死んで
目の前で死んで
長く長く
最期の一瞬を魅せて
願い事 叶えて」

不意に明るくなる。リッタ、思わず眼を覆う。
すぐに顔を上げ、驚愕。巨人の羽が迫る。
三発の銃声(羽音) 。

リッタ「巨人の羽が迫ってきた瞬間、私は自分の背に羽根がついていたことを思い出しました。生まれてからずっと、何もついていないと思っていた背中がざわめき、私を暗闇でないどこかへ連れて行こうとします。私は何も考えていませんでした。頭の中にあったのは、私を始末しようとする二人の巨人から逃れるためにはどうすべきかという、ただそれだけでした」

銃声。
リッタの身体、地面に叩きつけられる。
必死に壁にすがり起き上がろうとするが、やがて諦めてずり落ちる。

リッタ「あぁ、痛い。痛いなぁ。チロル、ごめん、生きられないみたい。ごめんね、ごめん…」

リッタ、再び何度か身体を起こそうとし、諦めて倒れる。

リッタ「ダメだ、ダメだなぁ。寂しいよ。チロル、ずるいよ、先に逝くなんて。私もワガママ聞いてほしかったな。抱き締めてほしかったな。最期に言うなんてずるいよ。私、何で気がつかなかったんだろうな。チロル、チロル。好き、だよ。ずっと好きだよ。もし生まれ変わって巨人になっても、チロルは私を好きでいてくれるかな。ねぇ、チロル。チロル…」

暗転。スプレーの音。

女「ねぇ、死んだ?死んだ?」
男「何も死体にゴキジェットしなくても…」
女「何で出てくるのよぉぉ…バルサンもっかいやんなきゃダメかな…」
男「まぁまぁ、また出てきたら叩けばいいじゃん」
女「だってスリッパ汚したくないんだもん!」

音楽が流れ、次第に大きくなる。

閉幕。


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【上演記録】


キレイゴト。×まめ芝。その漆
「巨人の羽音」
作・演出…ヒナタアコ(キレイゴト。(カラスミカ企画))

小さきものよ 軍靴を鳴らせ
瞳の奥の炎を燃やせ
失われた記憶を取り戻せ
たった一つを心から愛せ

二人ぼっちでも
君がいれば ただ 幸せだったんだ


■出演
川口透/北岡ゆた
(以上 キレイゴト。)

■日時
2014/1/09(金) 20:00[A]
1/10(土) 20:00[D]
1/11(日) 18:00[G]

■上演場所
レンタルスペース+カフェ 兎亭

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ご覧いただきありがとうございました。

こちらは、カラスミカ企画前身のキレイゴト。時代に、短編芝居のフェス「まめ芝。その漆」にて上演させていただいた二人芝居を一部改変したものです。
主に登場キャラクターの名前が変更となっております。

個人的に、擬人化が上手いこといったな~と思っていて。
自分の起源が高校演劇部なので、何か条件があったときにどう見せるのか?みたいなことは結構得意なのかもしれない…と思ってたりします。
劇団員たちと動き作ったり、メイクっぽいことしたり、楽しかった思い出。

今回も作家のカラスミカ企画・ヒナタアコへのお気持ちページを作成させていただきました。
読んで少しでも何か感じるものがあった、贈りたいと思っていただいた方はぜひよろしくお願いいたします。

https://note.com/hinata_ako/n/n7e512abcfcfc

次回公演、来年の夏くらいを予定しています。
社会情勢次第の部分もありますが、劇場でお会い出来たら嬉しいですね。

またね。

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