【ほらふき日記】嘘の日記を書いています。「お隣さんは忍者」

今日、僕の家の左隣に住む皆川さん(仮名)と初めてお話をしました。皆川さんのお宅は、父、母、子の三人家族で、お子さんは小学生の男の子です。

僕は、彼が友達と遊んでいるところを見たことがありません。「学校は楽しい?」「得意な教科はある?」などと何度か声をかけたことはありますが、毎度無視されてしまいます。

そして彼は、黒いタートルネックの襟を口元まで伸ばして、逃げるように去って行ってしまうのです。

そして今日、最寄りの駅で皆川さんの奥さんとバッタリ遭遇しました。

少し遠目に目が合ったということならスルーできますが、僕が落としたPASMOを拾ってくれたのが皆川さんだったため、そうはいきませんでした。

これは家まで一緒に帰る流れだと思い、礼を告げてから、それとなく天気の話を始めました。

僕「今日はいい天気ですね」
皆川「えぇ」
僕「もうすっかり春です」
皆川「えぇ」
僕「今日くらいの気温が丁度いいですよね」
皆川「えぇ」

お隣さんに話しかけられても仲良くするな、というのが皆川家の家訓なのか、お子さん同様に、奥さんも愛想が悪い人でした。

これでは、駅から徒歩15分の我が家まで話が持たないと思い、僕はコンビニに寄って行くことにしました。

コンビニの手前に差し掛かったところで、「コンビニに寄っていくので」と断りを入れると、皆川さんも「コンビニに……」と言いました。不味い、私はすかさず「やっぱり今日はやめます」と言いましたが、皆川さんも同様のことを口にしました。

両者の「自分はコンビニに寄って相手を先に帰らせる」という作戦は失敗に終わり、泣く泣く帰路を共にしました。その後も、英語の教科書に載っているような不自然な一問一答の会話が続き、家まであと5分の距離になりました。

僕「東急ハンズ、行かれたんですね」
皆川「え」
僕「あーいや、すみません。ハンズの紙袋を持ってらっしゃったので……。お買い物ですか?」
皆川「まぁ」

相変わらず、家訓厳守の奥さんは、上の空で返事をしていました。そして、失礼な行為だとは心得ながらも、僕は紙袋の隙間から何を買ったのか覗いてしまいました。

僕「忍者のコスプレセット……。お子さんにプレゼントですか?」
皆川「……」
僕「小学校でコスプレ大会があるとか?」
皆川「……」
僕「いいなぁ。コスプレなんて久しくしていないです」
皆川「……。コスプレじゃありません」
僕「はい?」
皆川「だから、コスプレなんかじゃありません」

そして皆川さんは、私の家族は忍者なのだと告げました。

そんな馬鹿な……私は笑ってそう言おうとしましたが、奥さんの目はいたって真剣でした。しかし思い返してみると、いくつか心当たりがありました。

小物金属回収の日には手裏剣が捨てられていることがあったし、古紙回収の日には大量の巻き物が捨てられていることがありました。それに、皆川さんちの玄関は、くるりと180度回転するカラクリ扉です。

僕「あの、今日話していただいたこと、近所の人には秘密にしておきますね」
皆川「はい」
僕「それでは、また」
皆川「さようなら」
僕「あ、皆川さん。回覧板、後で持っていきます」
皆川「はい。あと、私……もう皆川じゃありませんので」
僕「はい?」
皆川「先月、離婚しました」
僕「……そうでしたか。では、何とお呼びすれば?」

皆川さんは家訓に従ったのか、忍者の掟に従ったのか、僕の話を無視しました。
そして、扉に背中を合わせ、くるりと回転して消えてしまいました。

そのあと、僕は皆川さんちに回覧板を届けに行きました。呼び鈴を鳴らすと嫌がれるだろうと思い、郵便受けに回覧板を差し込んでおきました。

郵便受けには、新しい木製の表札が取り付けられていて、「服部」と書かれていました。


そんな1日でした。

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