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当たり前の日常も風景も、未来の私のために写真に収める

私はこのnoteを日々の出来事や感情を忘れたくない。という思いがあって書いています。
でも、思い出や感情を残せるのって文章だけじゃないよなー、と感じる出来事があったので、そのことについて書いていきたいと思います。


ある日、128GBもあるiPhoneの容量があと4GBしか残っていないことに気付きました。買い替えた時は60GBも余裕があったのに、いつの間に…。あればあるほど使ってしまいます。
毎日のように娘の写真や動画を撮っていたら、そりゃそうなるよなー。と思いながら、お気に入りの写真と動画だけ残して後は全て削除することにしました。(全ての写真と動画はクラウドに保存済み)

お気に入りを厳選する作業をすると、必然的に写真や動画を見返すことになります。新生児期の動画を見返していたら、ぶわーっとその時の風景が前に広がるように色々なことが思い出されました。

ふにゃふにゃで壊れてしまいそうな娘をふんわり包むように優しく抱っこしていたこと。小さくて軽かった娘。ずっと抱っこしていても疲れることなんてなかったこと。落としてしまうんじゃないかとビクビクしながら抱っこしていたこと。
授乳の途中で疲れていつも寝てしまった娘。それをどうにか起こして授乳したこと。
沐浴指導でビクビクしすぎて、助産師さんに「赤ちゃん、そんな簡単には壊れないので大丈夫ですよ」と言われたこと。
入院した部屋のベットが固かったこと。食事中に娘が泣いて、食事に1時間半かかったこと。

新生児期のこと、忘れちゃったなぁ。書き残しておけばよかった。と後悔していましたが、動画を見てたくさんのことを思い出しました。

よかった。まだ思い出せた。

思い出や感情を残すのって、文章だけじゃないんだな。
新生児期は特にたくさん動画や写真を撮っていました。最近だんだんと写真、動画を撮る回数が減ってきました。娘との生活に慣れてきたんだなと思います。

娘は日々成長していて、今目の前にいる娘は、今の私には当たり前のような姿に感じるけれど、きっと5年後、今の娘に会いたくなるんだろうな。当たり前の日常も風景も、未来の私への手紙としてどんどん写真や動画に収めたいな、と思いました。

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