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自分を知る
灯台下暗し
本質をつかんでいることわざだなと思う。最近は「おとなのおめめ」(老眼とも言う)なため比較的遠くのものはよく見えるが、近くのものはぼやけてしまう。まあこの例えはこのことわざの意とは違うが、身近なものは案外と気が付かないということはよくある。その一番の身近は自分自身であり、生まれたときからひとときも離れたことがない。
自分のことは自分が一番理解している
それは嘘ではないと思う。勝手に理解されても困るし、また理解してほしいと思って言葉にしたとしても伝わるものではない。でも理解していると思っている自分は本当の自分なのかというと自信がない。
鏡に映った姿をみて「案外とイケてるかも」と思うことがある。私も含め自分大好きな人によくありがちだが、写真に映った自分をみるとびっくりするくらいダサい。鏡というのは願望を映すもので三割増いやもしかすると五割増くらいよく見えるらしい。鏡に映る姿は自分の目。写真は第三者の目なのだろう。これは外見だけではなく内面も含めた部分も同じで、自分が理解している「自分」は本当の自分よりも背伸びしたものかもしれない。
最近、あらゆることに流されているような気がする。それをQue Será, Seráと考えればいいことだが、軸がブレてしまうと存在意義まで失われ、背伸びし足が地についていない今の状況ではブレてしまう。
自分のためだけの日記のようなものを書こうと思った。たぶんこれを読んでいる方の多くは当たり前のようにされていると思う。「自分だけしか読まない」とわかっていても本心は書けないと思い込んでいたから今まで取り組もうと思わなかった。手書きは苦手だが継続するために特別なものを入れずにMacの標準メモアプリを利用することにした。iPhoneやiPadに同期することができるため外出先でも書ける。ルールはない。書きたいときに書くだけで「ムカつく」一言でもいい。いつか振り返ったときに状況と感情の組み合わせが理解できる。私はどんなときにどういう思いになるのか、また弱さや醜さを知ることで足を地につけることができるのではないかと思う。
あと「muute」というアプリをインストールした。PCでは利用できないが「AIが思考と感情を分析してフィードバックをくれるジャーナリング・アプリ」ということで、自分の知らない自分をAIが分析してくれるらしい。まだ数日なので特に何か変わったわけではないが、自分を知ろうと思っただけでも一歩進んだのかもしれない。
創作するためには自分軸を知ることが有効な手段という。こうやって書くエッセイが少しずつ変わっていくかもしれない。そう考えると自分を知るのも楽しみになる。2022年はここから始めようと思う。
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