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忘れられない言葉”Do you have nickname or something?”

留学に行っていたのはもう5年も前(!)だが、まだ色々なことが鮮烈に記憶に残っている。タイトルは、言われた言葉の中でも全然忘れられないものだ。

いや、5年も経ってるんだ・・・

舞台を作る過程の最後の方に、日本語では「シューティング」と言われる時間がある。英語ではLight walkとかいう。ざっくりいうと、照明器具の角度を、芝居の内容や立ち位置に合わせる作業のことだ。この時、立ち位置に立つのが実際の役者である必要はない。だから、1年生が役者の代わりに駆り出される。マジで立ってるだけなので。

やり方は、照明デザイナーが客席からステージに向かって、その変わり身たちに「もうちょっと左に」とか「もうちょっと前に」という指示を出すというもの。そこで重大な問題になってくるのが「名前」だ。

留学生だったわたしは、まあもちろん学部での知名度もなく、デザイナーに名前を聞かれた。

What's your name?(名前は?)
-Hinako!(ひなこ!)
Huh?(え?)
-H I N A K O! Hinako!(スペルはこう!ひなこ!)
Ah….(え〜〜〜と・・・・)
Do you have nickname or something?(ニックネームとかある?)
-Ah…no?(あーーー、、、ないねえ?)

英語話者にとって「Hinako」という3音節の名前は長い。
それに異国の名前だ。だから聞き取れないのはいいとしても、あだ名があるかどうか聞いてくるのには驚いた。

アメリカに留学してくる大学生の中には、イングリッシュネームを持っている人が結構いる。例えばわたしだったら「Hana(もしくはHanna)」とかがイングリッシュネームになったと思う。本名に近くて、英語にもある名前だからね。だけど、わたしにはその発想はなく、入国から帰国までHinakoで通した。えらいもんである(?)

アメリカに留学して分かったのは、アメリカは「ただ人種のるつぼなだけ」な国であるということだ。多様だからといって、その多様さを受容し積極的に理解しようとしているとは限らない。

発音しにくい名前を発音しようとする、覚えようとする、というのは相手の文化や相手そのものに対するリスペクトだと思う。それは言語が違っても同じであってもそうあるべきなんじゃなかろうか。自分の辞書にないからといって、自分にとって呼びやすい名前があるかどうかを聞いてくるというその態度に驚いた。

もちろん、舞台の現場では通常のコミュニケーションは行われない。舞台に携わる人たちは、多様性を愛している方だけれど、緊張とパニックには抗えない。何度も何度もコミュニケーションを諦められた。

でも、シュートの時間は本番ではない。ある程度余裕もある。
わたしが留学生だということはわかっていたはずだし、そうでないとしても「英語ではない言語」に対するリスペクトがないのだな、と思った。

わたしは外国語や、自分が生まれ育った以外の文化に興味があったから留学という選択をした。世界はずっと広い。みんな全然他人に興味がない。

多様性とリスペクトの場こと舞台の世界でこうであるなら、
もう世界は嫌になっちゃうくらい、広いね。

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