陽菜ひよ子 / イラストレーター&漫画家&まちづくりジャーナリスト
42歳が女の頂点だが、女は50代からが面白い説
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42歳が女の頂点だが、女は50代からが面白い説

離婚すると女性はモテるという言葉を実感したのは、38歳のときだった。

もちろん、比べるのは過去の自分であって、いわゆるモテる女性からすれば大したことはないと断言できる。20代の頃の自分はホントモテなかった。だから好きだと言ってくれた人が現れた途端に「このチャンスを逃してなるものか!」と必死にしがみついてしまった。

そこに冷静な判断などあろうはずもない。当たり前のように失敗した。

そして驚くことに、離婚後には何人かに告白めいたことをされ、そこから選ぶ身分に昇格したのだ。もうホント、24歳の時の自分に見せたいよ。あんたそんなに焦んなくっていいよって。

んでも、38歳でモテたのも、離婚という失敗があったお陰かもしれない。多少は自分にも、深みのようなものが出たからなのかもしれないよね。男性に対して寛容になった、というよりは、妥協というものも覚えたしね。

43歳が頂点

50代になった今では、多少はこうして昔を俯瞰して見られるようになった。

もうここ数年は特に、外見的には衰えの一途をたどるわけだけど、じゃあどこが頂点だったかというと、わたしの中では2012年の自分なのである。年齢にして43歳。

そう、わたしの頂点は43歳なのだ。18歳でも22歳でも27歳でも32歳でもなく。でもそんなこと大っぴらに言える訳もなく、こっそりとオットだけに耳打ちしていた。

「わたしってさ、このベトナム旅行のときがいちばんきれいだったよね」

そんな中で読んだYukiさんのこの記事はもう、膝を叩き過ぎて、読み終えて数日あちこち痛いほどだった。

Yukiさんは42歳、わたしは43歳。個人差があり、5歳くらいは許容範囲だとのことで、それも納得。

43歳のわたしは、ベトナム旅行で着ていたアオザイが浮かび上がらせる体のラインも、まだまだきれいだった。ウェストだってまだくびれていた。

(↑一瞬自分でも「くたびれていた」と読み、思わず二度見する。くたびれた、ではない!断じて!!)

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でもそれが、たった2年後、45歳を過ぎた途端に残酷なほど時の流れは加速する。43歳の時にはあんなに似合ったアオザイも、ピンク色の銘仙の着物も、当ててみるだけで「痛々しく」なっていた。

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これはもちろん43歳の写真。遠目には「お嬢さん」に見えたかもしれない。


今があるのもあの頃のお陰


そいで、Yukiさんおっしゃるところの「昔の自分が愛おしい」ってのと「今の自分があるのは30代40代の自分のお陰」ってのも、もうわかりすぎるくらいわかる。

30代になったばかりの自分ってホント空っぽで、それはもう20代を空っぽに生きて来たからなんだけど、それじゃいかん、と奮起しはじめたのが30代半ば。でも本当にがんばったのは40代。

とにかく必死だった。今もまだ必死だけど。だから60代70代になればまた、今の自分を愛おしく思うときが来るんだろう。

必死にがんばる人をイタイって笑う風潮もあるし、自分自身が「私っていったい何やってるんだろう」と情けなくて泣けてくる日もある。それでも、それがやがて血となり肉となり(贅肉になるかもしれないけど)、10年20年経ったのちには、自分で自分が愛おしくなる日が来る。

そう信じて、必死に生きるがいいよ、10代も20代も30代も40代も、50代も。


女は50代からが面白い説


30歳くらいの頃、周りの40代女性が口々に「40代が最高」と言っていて、当時は「40代なんてオバサンじゃん」ってコッソリ思っていたのを心の底から反省する。

彼女らはおそらく、今の自分たちがいちばんきれいってことを知っていたのだ。もうあとは堕ちていくだけだと。

美的観点からの女としての頂点は42歳かもしれないけれど、そこで終わりだというわけでは決してない。

最近、noteやCakesでも気づくとツボにはまるのは、自分と同世代かそれ以上の女性の書くものが多い。50代女性の書くものってなんでこう面白いんだろうか。

この記事のテーマとなったYukiさんのnoteには数日張り付いて読みふけってしまった。スキスキ言い過ぎてごめんなさい。

Cakesでは、以前にも書いたけど、アラフィフの性について奔放に綴る森美樹さん。

それから、最近では自分を「えみ子教の信者」と呼ぶほどドはまりした稲垣えみ子さん。

どの方々もいわゆる「美魔女」ではない。勝負?の矛先は「美」ではない。

おそらく、一度は「ここが自分の ” 女としての ” 頂点」であるポイントを自覚し、そこから堕ちる感覚も肌で味わい、そこを超えた先にある人間力の賜物ではないか、と感じるのだ。どの女性も「女としての自分」も決して忘れてはいない。

美しくなくなることを恐れる人はすごく多い。確かに今あるものを失うのは怖いことだ。だけど、そこを超えた先にもちゃんとしあわせはあるのだよね。負け惜しみでもなんでもなく、それも全然悪くない。だって女は50代からの方が絶対面白いんだから。

(写真:宮田雄平

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陽菜ひよ子 / イラストレーター&漫画家&まちづくりジャーナリスト
著書「ナゴヤ愛 」(秀和システム)他2冊既刊。中日新聞広報誌・朝日新聞Webメディアにて取材+コラム連載中。代表的なイラストのお仕事はNHK Eテレ「すイエんサー」。その他お仕事実績多数。インタビューとひよことプリンとネコが好き。http://www.hiyoko.tv/