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自分の「細部」はどこにある

7月前半の活動

 7月に入ってからイラストを描き始めている。なぜイラストを描いているかというと、35万文字書き上げたストーリーを、漫画にしたいからだ。 

 なんで漫画にしたいのかというと、私の物作りの目標は「頭の中のイメージのビジュアライズ」だと気がついて、活字作品を書くことにより、読者の頭の中でビジュアライズしてもらおうと思っていたが、文字は「読んでもらう」までのハードルが高い。すでにビジュアライズしたものを見てもらうのはどうだろうと思ったのだ。

 私は脳内イメージを活字にエンコード、読者は活字からイメージにデコード……を想定していたのを、イメージそのものをぶつけてやるっていう算段だ。

 読者は脳内処理にかかるエネルギーコストを削減でき、そのぶん私の作業負荷が上がる分、描き上がった時点で「ビジュアライズ」という本来の目標を達成している。Win-Winではないか。

小説作りは無駄だったか

 35万文字書き上げるには、ほぼ半年かかった。聳り立つ大長編を絵に描きおこす。ご想像いただけると思う。めんどくさい。初めから描けよ、と言いたくなる。

 でも、多分物語を作りながら描く、さらには発表するというのは、企画・オレ、原作・オレ、監督・オレ、作画・オレ、編集・オレ、パブリッシャー、オレ。という状況のなか、どこかにエネルギー配分が偏ってしまう。おそらくは現在になっても物語は半分も完成してなかったんじゃないだろうか。心が折れても不思議ではない。

 一年かけてプロットを作り、物語を一周し、どう始まって何が起こり、どう終わるかを把握し、満を持して映像制作に入る。台本はある。

 そう……私は小説を書いたんじゃない……一年かけて……できるだけ破綻を廃したプロットを練り上げたんだ……くっ……そう考えることにする。

 漫画作品にするためのプロットという視点で物語を見返すと、4回くらい改稿したのに、足りない要素とか、盛り込める要素がたくさん見つかる。まだまだこの物語は楽しくできる。なんせ物語としては閉じてるので精神的な余裕がある。余裕があるだけ読者を楽しませるほうにエネルギーを使いたい。頑張る!

絵を用意する

「ちょっと待て……肝心の絵は描けるのか?」
 心配になる。頭の中にはイメージがあるけれど、絵に起こしたらへなちょこで、もうやってらんねぇ!と投げ出す気持ちになるかもしれない。とりあえずメインキャラクターを描いてみることにした。

2024年7月1日

メインキャラその1のキャラデザ

 うん、描けなくもない。

 メインキャラ1は、美男子で権力者。人間の持つ基本的な悩みがないので、エネルギーの矛先があさっての方向に向いているという設定だ。まだファーストテイクだけれど、過剰な感じが出せた。

 気にいったのは、イケメンが描けなくもないとわかったこと。下書きより清書の方が良くなったところ。
 うまくいかなかったのは、影のつけ方がわからなすぎて、投げ出したところだ。
 あと、直立姿勢は描けるけど、ポージングがついたら破綻しないか、不安が残る。

 絵柄は荒木飛呂彦で行こう。と決めていたけれど、三分の一くらい鳥山明が混ざっているのも微笑ましい。

  次行ってみよう。

2024年7月4日

メインキャラその2のキャラデザ

 おお。頭の中にいた頃よりイケメンになった。ポージングも「空条徐倫」のパクリだけど、性別と衣装の置き換えがうまく行った。

 私の物語に出てくる男性キャラのテーマは、「究極にいい男」だ。イケメン要素も含めて、精神性においても、考えうる最高にいい男の振る舞いをぶち込んで煮詰めている。

 顔面偏差値の順位はメインキャラ1に軍配が上がるはずが、その2は手足が長いという設定のために、姿の美しさで勝ってしまったように思う。物語の真の主人公はこの人なので問題ないかもしれないが。のちのち微調整しなくてはならない。

 影の付け方が相変わらず難しいが、下書きの段階である程度書き込んでおいたので、最終的な完成度も上がった気がする。

 次は女性キャラだ

2024年7月6日

メインキャラその3のキャラデザ

 あらヤダ、かわいい。

 柄のワンピも、なんかすごいギターも、彼女にかかれば必然性がある、というふうに表現したかった。うまく行った。さらに荒木飛呂彦を研究して、肌の色にオレンジを使うことで絵に華やかさも生まれた。

 荒木飛呂彦を尊敬するくらいなので、生っぽさを感じる絵が好きだからこそ、手足や目などのパーツを太く長く、大きめに描いてしまう癖があるのを認識して、仕上げでは気持ちそれらを小さめにしていった。

 下書きはアナログ、清書はClip Studio Paintで行なっている。デジタル線画が終わった段階で一度出力し、全体を俯瞰しながら影の割合を検討したので、最終的にバランスのいい絵になった。

集合させてみた

まぶしい

 脳内にしかいなかったお友達が、今まさに目の前に。
 しかも漠然と思い描いていたころより、もっと具体的になった。
 なにこれ……幸せの具象気体かなにか……?

ある程度わかってくると、次に進みたくなる

 メインキャラはできた。次はサブキャラやヴィランたちだ。

老夫婦

 成り上がりの老夫婦を描いたあたりで、力尽きた。
 狙った雰囲気は出せるとわかったが、影の付け方とか配色を考え疲れ、果たして自分は、一枚絵にこれだけのマジックパワーを使っていていいものかどうか、立ち止まった。キャラデザを始めて10日ほど経っていた。


「漫画」と「イラストレーション」の違いを考え始める

 キャラデザをしようとなったとき、まず参考にしたのは「イラストレーション」の技法や表現方法だった。

 Xでイラストレーションを眺めていると、人気のイラストには傾向があるように感じる。あくまで私の主観だけれど、

 ・ジュブナイル感(幼い、エモい)
 ・超絶技巧(とにかくバカ上手い、または超細密)
 ・アニメタッチ、二次創作

 私がビジュアライズのために選んだ作風のベースにしているのは荒木飛呂彦だ。私が荒木飛呂彦風から摂取したいイメージはこれである。(荒木作品がおしなべてそうだと言いたいのではない)

 ・大人っぽさ、色気、華やかさ
 ・ドラマ性、動き
 ・アナログタッチ、オリジナリティ

 表現したいビジュアルを検討してみて、

 ・自分が描く分には子供っぽいキャラが好きじゃない。
 ・大人っぽさは欲しいけど元気の良さ、華やかさを出したい。 

 と気がついた。荒木飛呂彦はジャンプ作家の中でも異色だと位置付けられているが、ジャンプ作家なだけあって「華」が直球で表現されていると感じた。私はわかりやすく華のある絵が好きなようだ。噛みしめているうちに良さがわかる作品よりも。これは、文章を描いているうちには「難しくわかりにくい」と言われていた私の文体とは対をなしている。

 ジャンプ作品で気がついたことは、どんなに背景画がうまく、敵対勢力が凶悪で、世界観が壮大でも、一番先頭に来るのは「キャラクター」だということだ。本当に微妙なところで、絶対的にキャラクター性が優先されていると思う。これはもうジャンプ誌のカルチャーなんだろう。

イラストほど細部にこだわれない

 漫画を描くためのイラストレーションを描いている。だからいわゆる「一枚絵」の描き方を参考にするが、一枚の絵の中に詰め込むこだわりと、漫画というストーリーを長尺で表現する作品とには、区別があると感じる。

 つまりは、一枚絵に対して、私はそこまでこだわれない、情報を詰め込めない。

 時間軸、文脈、空気感という条件、縛りの中でキャラクターを表現する方が惹かれる。私は漫画を作るのに向いてなくはないのかもしれない。

 だからキャラデザはあくまでキャラデザとして、早く漫画作品を描きたい。でもいかんせん、第一話を描くために、ある程度キャラクターの全体像は出しておきたい。板挟みになっている。



 何者でもないアラフォー女性、創作のステージはいよいよ漫画制作へ!
 作品を作り続けるための全努力をマガジンにまとめています。少しでも面白いと思っていただけたら、スキ&フォローを頂けますと嬉しいです。

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