眠れない夜の癒し系恋愛小説「七夕の夜に」蒼井氷見 #超短編
新婚旅行で訪れたハワイ島の「黒い砂」という名の海辺で、大きなウミガメを観た。
私たちはずっと、手を繋いでいた。
喧嘩した日曜の夜にヴェランダから見る空の闇は、あの黒い砂浜を思い出させた。
人はなぜ、旅に出るのだろう。
恋人たちはなぜ、口論を繰り返すのだろう。
私たちはなぜ、出逢ったのだろう。
残業続きでボロボロになった顔で初めて言葉を交わした日。
緊張していたイタリアンレストランのディナー。
ドライブに疲れて運転を代わった高速道路のパーキング。
風邪を引いて寝込んだ彼のために湯を沸かした真夜中のキッチン。
信号が赤になる度にキスをしたプロポーズの夜。
幾つもの夜を越えて、私たちは今、ここにいる。
背後で、煙草の匂いがした。
鴨居に手をかけた彼の声が「ごめん」と言った。
私たちはふたたび手を繋いだ。
七夕が晴れたのは5年ぶりだと、部屋から漏れるニュースの声が伝えていた。(了)
(蒼井氷見「七夕の夜に」2002年)
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