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出会い編・その3

なかなか昭和から抜けなくてスミマセン、続きます

当時の日本家屋は一般的に小さい平屋で、プライベートなどありません。多くの家庭がそうでしたが1つの部屋がリビング、ダイニング、寝室、うちは2人兄妹だったので兄との勉強部屋、を兼ねてました。チャンネル争い(懐かしいワードだな…)は熾烈で毎日バトルに次ぐバトル!
そして勉強机でせっせとお絵かきしてる時に、たまに後ろから兄貴が覗き込み冷やかす事がありました。からかう方はほんの軽いノリなのは今はわかるんですが、私はたぶん物心ついた時から〝入り込み感情移入型〟で、アニメや漫画の世界に日々頭が没入しちゃってた訳です。少年忍者が深手を負って熱にハアハアうなされてるような絵を一心不乱に描いてる所で(この歳でもうこじらせている!)いきなり現実に戻されて、しかもそれを「やーいこんなの描いてやんの」とか野次られた日には、〝こいつ敵だ〟認証になるわけです(笑)。我が家が建て増しして個室を持てたのは私が小四の時でしたが、これで安心して自分の世界に入り込めると思うと嬉しかったですね〜。『漫画なんて公衆の面前でラブレターを大声で読み上げてるようなもんだ』とはよく言われます。漫画家になりたければこの葛藤を乗り越えなければならないという矛盾。しかし思い返すと小学生の頃からもう立派な厨二病;

最初に「この漫画家の描く漫画が自分は好きなんだ」と意識したのが手塚治虫、石森章太郎(改名されるまでこちらの表記で書かせて頂きますね)、白土三平、横山光輝 諸先生達でした。少年漫画ばっかりですね。でも最初は少女漫画を描いていた先生たち、というのがミソですね(白土先生除く)。女子の心を掴む少年漫画というのが当時からありました。少女漫画は「週刊マーガレット」と「別冊マ」を読んでいて「ベルばら」は連載初回から大好きでしたが、どっちとなるとマガジンやジャンプの方がより好き、という当時では「変な女子」でした。(教室で秋田書店のサンデーコミックス読んでると男子から「男みてえ、変なのー」と冷やかされる時代でした。男子が少女漫画を読むのは更にハードルが高かったです)

確か小四までは女の子を主人公にした漫画を書いていてマーガレットの月間賞に応募しようとか思ってたんですが、小五になる頃に手塚、石森、白土先生の熱烈ファンになっていて(そこに矢口高雄先生も加わり)、自分は女だけど、将来は少年漫画を描く人になりたいなと意識したのは確かこの頃で、描くものがガラッと変わり、御三方先生を真似した漫画をせっせと描いてました。学校でよく将来の夢は?とか、将来の自分がどうなってるか予想してみようという授業がありますが「漫画家になって記者に締め切りを迫られる」とか書いた記憶があります。既に耳年増が甚だしい;(この頃は担当者を〝編集者〟より〝記者〟と呼ぶのが一般的でした。「釣りキチ三平」によく〝Y記者〟が登場しますよね、週刊誌や新聞の用語がそのまま使われてたと思います)

時はそこそこ流れまだ昭和、日本のほぼ全ての家庭がカラーテレビに変わり、白黒アニメの再放送がされなくなった頃…

初めての〝アニメの特集番組〟が組まれ、白黒アニメの特別放送とか、アニメの主題歌特集とかが放送されました。そこで確か記憶では「009」の1話分が放送されて「うわあぁあぁ、なつかしい!!」と小躍りしました。(ほんの数年前ですが子どもにしたらなつかしいんですね〜)私の感覚ではこの頃の一連の放送が〝アニメブーム〟の小さな火つけになったと記憶しています。日本中の多くの10代が『あの頃のあのアニメをもう一回見たい!!』と強烈に思いました。たぶん。

そしてこれが「オタク」の誕生の始まり。

程なく書店に「ロマンアルバム」というアニメのムック本が出現しました。

徳間書店がテレビランド増刊で「ヤマト」のロマンアルバムを出版したらバカ売れし、シリーズ化したのだそうです。

〝懐かし〟の白黒アニメのロマンアルバムが次々出ました。もう、オタクの卵は飛びついた。

お小遣いに限りがあったのでどうしても欲しいものしか買えなくて、毎日(毎日!)本屋で立ち読みしてましたが、ある日「サイボーグ009」のロマンアルバムが出て、即買い。 人生の運命を変えたのは遡るとこのロマンアルバムです。強烈でした。白黒アニメをベースに編集されていて、とにかく表紙がカッコよかった。続く巻頭の口絵も同じ人の絵でめっちゃくちゃカッコよい。

「え、アニメの絵とちがう、石森先生の原作の絵でもない。けど、とんでもなく巧くてカッコいい!!!これ描いたのだれ!?!??」←当時のオタク女子の心の叫び(オタクというワードはまだ未誕生)描いた人の名前はどこにもなくて悩ましかった。

で、確かそのロマンアルバムの後ろの方に「サイボーグ009」(白黒)の一挙上映会のお知らせが載ってました。東京の電通ホールだったかな?

行きたい、どうしても行きたい。009もう一度見たい。

白黒のアニメなんかもう再放送されないし(当時はビデオはまだ世の中になく、再放送がなかったらもう二度と見れないと思っていたのです)しかし上映会に行きたいほどのアニメ狂い(←昭和的言い方)だなんて、周りにおいそれと言えない時代だったもんで…

一人で電車に乗って都心に出かけるのすら怖い。

行こうか、どうしようか……悩むこと数日…

(おぼろげな記憶に基づいていますので、所々で史実と違う部分があるかも知れませんが確かめてる時間が惜しいので平にご容赦願います。ご指摘がありましたら修正させて頂きます)

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2人組の漫画家 姫川明輝です。ユニット結成は1987年。コミケ創作の合作漫画シリーズから始まり、商業デビューは1991年。動物、自然の表現が得意分野でファンタジー作品を中心に描いてきました。このnoteではコンビ結成から2020年に至るヒストリーを連載します。
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