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出会い編・9〈きつね狩り〉の衝撃

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送られてきた「きつね狩り」vol.2の表紙を見た時の衝撃は今も鮮明です。

何しろ、黒インクじゃなかった!

白地に色インクの多色刷りで、とても可愛い子ギツネ(この絵がまたディズニーのようでいてそうでなく魅力的で上手かった)がお花畑で楽しく跳ねているイラストで、「こんなお洒落な同人誌見たことない」が最初の感想でした。当時多色刷りの表紙の同人誌など無かったのです。黒じゃなくても、一色のインクで刷るのが普通でみんな「地味」でした。そこに降臨した天然色。たった3色なんだけど、色選びのせいでしょうか、とても輝いて見えました。多色刷りの仕組みはプリントゴッコと一緒ですが、プリントゴッコの出現はずっと後のことです。周りの誰もやっていないことはやらない、思いつかないのが普通の人です。本田は「今はない」「誰もやってない」「真っ白な雪を自分で踏んで足跡つけたい」と思う性分でした。

当時の彼女のペンネームは『狩鷹明』といいました。「鷹狩りが好きだから」というのが由来だそうですが、字面の鋭いイメージが当時の絵とマッチしてました。この頃からの友達は今も本田のことを「かりさん」と呼びます。

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(きつね狩りvol.2冒頭ページ。狩鷹明/左 と みお樹/右 の合作イラスト)

そして、中身も「普通」と違った。〈きつね狩り〉メンバーが高校の時に部活で作った「レグルス」というスライドアニメの特集が組まれていて、それのキャラ表がプロ顔負け。「本当に高校生の時に作ったの?」と大変驚きました。

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「パラライザー」でいつも見てる009のイラストとはまた違う。外国のアニメのようにやたらと動物が上手い。本田はこの動物の絵の方が先天的で、いわゆる「マンガ絵」はその後に習得したとのちに知ります。動物がうまくなりたくて一生懸命だった自分に比べ、なんて軽やかで達者な魅力ある絵なのだろう。自分がなかなか描けない苦労する角度や構図がサラリっと描かれていて「すごいなあ」「すてきだなあ」と純粋に感服して改めてファンになりました。

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(この頃から「狼狂いです」とのメモ書き)

「マンガ絵」は009よりも聖悠紀先生の「超人ロック」や柴田昌弘先生の影響を色濃く受けていました。「ロック」にハマって人間が描けるようになったのだそうで、この[きつね狩りvol.2]に載せていた漫画も宇宙SFものでした。女性の宇宙ハンター(姫川の漫画にハンターが多いのはここがルーツ)が相棒の犬と活躍する話で、ページ数は少ないけど「このキャラクターもっと見たい」と思わせる魅力がありました。

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〈きつね狩り〉メンバーは4、5人で執筆の中心は狩鷹明と、みお樹さん。みおさんは女性ならではのソフトファンタジックな絵を描いていて、男性的でクールな絵の本田とは良いコンビネーションでした。イラスト、漫画、企画、トーク。薄い同人誌でしたが、大人の手垢のついた商業誌からは得られないフレッシュなエンタメ性があり、その魅力に堕ちるには十分な一冊でした。読み終わった時この〈きつね狩り〉のメンバーに入りたい!と思ってました。あまりにも楽しそうで。「楽しい」ってことがまず新鮮でした。その頃の同人誌はマジメな漫画を載せているものが割と多くて「楽しさ」とか「売れ」とはあまり縁が無かった。「作画グループ」の影響もあったかも知れませんが、「ちゃんと漫画を描いてないとマジメじゃない」みたいな風潮がありました。イラストばかり描いていると「漫画を書かないと」とたしなめられました。美味しいことばかりやっていて肝心な努力を怠っている、というわけです。16pとか32pで、ストーリーにテーマがあって、トーンにあんまり頼ってなくて、描き込みがチャンとしてて「蜜」なものが「真面目な漫画」と見られる、そうでないものは小言を言われる。誰に言われるのかというと漫研というのは会誌に載った漫画を同じ会員が「批評」するのが一般的で、これが結構厳しかったんです。今だったら「タメのくせして俺の漫画を上から評価するなんてお前何様?」と言われそうですが、当時はそんな事をいう人は誰もいませんでした。批評し合いながらお互いを高めよう、という若者の純粋で真面目な志向性が色濃く残っていたのです。

自分は長いものを描く方でしたが、そういう堅い風潮にはあんまり同意できませんでした。どんなに「マジメ」に描いてあっても好きになれなかったらしょうがない、という身も蓋もない事を思っておりまして。言い換えると「魅力」に勝るものはない、という考えでした。商業プロの漫画家になるための投稿や持ち込み作品なら厳しく言われても仕方ないけど、同人誌は好きなものを描くための場所のはず、そこで何をどう描いても自由だし、その人の魅力そのものを楽しめばいいじゃないか。同人誌にまでそんな考えを当てはめるのはつまらない。

兎に角〈きつね狩り〉の楽しさに強烈なシンパシーを受けた私は、本田に「とても面白かった!仲間に入れてくれませんか」というような趣旨の手紙を書きました。それに対する本田の返事は「会員スタイルではなく、募集はしていないんです」というもので、しょんぼり…。〈きつね狩り〉のメンバーは全員が高校の時の〝デザイン部〟部員で、一般的な〝サークル〟じゃなかったんですね。しかし「その代わり、長野さんに描いてもらいたい本があるんです」と書いてありました。〈きつね狩り〉に入れないのは残念だけど、本田さんが主催する本ならぜひ描きたい、と返事を書いたのでした。

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