見出し画像

繁殖を禁じられたブリーダー⑥動物福祉向上のためには?

前回は、ノルウェーで行われた犬の健全なブリーディングに関する控訴審(第2審)の結果をご紹介しました。第1審の判決が覆されてしまったブルドッグについては、今後の議論に注目したいと思います。

今回は、この裁判を起こした組織が動物福祉に取り組む姿勢を少しご紹介します。その上で、動物愛護法など日本の状況についても振り返りつつ、私たちが参考にしたいことを考えてみます。

論理的で理性的な姿勢

以前も書きましたが、目的を明確にして論理的かつ理性的に活動するノルウェー動物保護協会 (Norwegian Society for Protection of Animals: NSPA)の姿勢からは、学ぶものがあると思います。

目的は犬たちの健康と命を守ること

そのために、深刻な遺伝性疾患の原因となっている無秩序な繁殖をやめるよう呼び掛けています。ただ反対するだけでなく、科学的根拠に基づいて健康な子犬が生まれるようなブリーディングを提案し続けています。

裁判は苦渋の選択

先日、改めてNSPA代表のエアシャイルド・ロールドセット(Åshild Roaldset)獣医師のお話を聞く機会がありました。彼女たちは長年にわたり、ノルウェー・ケネルクラブなどとブリーディング方法の改善について話し合いを続けました。

この裁判は "戦いではありません" と言うNSPA

でも、いわゆる“純血種”に固執する姿勢は変わらず、議論は平行線…。最終的に司法の判断を仰ぐに至ったのは、苦渋の選択だったようです。
 
この裁判は、ブリーダーやケネルクラブとの

「戦いではありません(This is not a battle.)」

と繰り返し強調します。被告側がNSPAの提案する健全な繁殖方法を検討する姿勢さえ見せてくれれば、すぐに訴えを取り下げたいと話します。

社会から広く共感を得られる姿勢

第1審の判決では、ブルドッグ(イングリッシュ・ブルドッグ)とキャバリア(キャバリア・キングチャールズ・スパニエル)のブリーダーに対して繁殖行為の禁止が言い渡されました。個人の行動に法律が制限を加えるのは、非常に重い判断と言えます。

それにもかかわらず、一般市民を対象に行った調査では、実に86%が判決に賛成の意を示したそうです。動物愛護の活動家だけでなく、幅広い層から共感を得られたのはNSPAの

理性的で論理的

な姿勢も大きいと感じます。感情的で攻撃的な極論に走ることなく。

改正が続く日本の愛護法

さて、日本でも動物の福祉に関する意識は高まっていますよね。2019年に「動物の愛護及び管理に関する法律等の一部を改正する法律(令和元年6月19日法律第39号)」が公布されました。長~い名前の法律ですが…、動物愛護法の改正です。
 
これに伴って、今年の6月からは繁殖業者やペットショップなどの動物取扱業者に“基準順守義務”が課せられました。ケージの大きさや従業員あたりの飼育頭数上限などをできるだけ具体的に定めているため、一般に“数値規制”と呼ばれます。

悪質事業者の排除

動物愛護法を所管する環境省は、今回の法改正を「悪質な事業者を排除するため」としています。動物取扱業者などを直接指導するのは都道府県などの自治体です。その業務をサポートするため、劣悪な環境で犬や猫を飼育する業者に対して「レッドカードを出しやすい明確な基準」(環境省)を打ち出したことは評価できると思います。

悪質な事業者の排除が改正愛護法の柱

以前の愛護法に書かれていたのは、「適切な飼育をしましょう」という意味合いの、あいまいで抽象的な表現だけでした。それが数値を含む具体的な言葉に改善され、“良い・悪い”の基準が明確になりました。

 環境省は、この数値規制の作成にあたり獣医学者や法律家、社会科学者などの専門家と約2年にわたって意見交換を繰り返しました。私も「動物の適正な飼養管理方法等に関する検討会」のほとんどを会場で傍聴しました。そこでは、動物愛護の精神に沿った指導ができる環境づくりに努力していた、環境省の姿勢は感じることができました。

例外的な速さで改正が進む動物愛護法

この検討会の委員でもあり、法改正や数値規制の作成にも参加した弁護士の渋谷寛先生とお会いする機会がありました。他の様々な法律と比べると、動物愛護法は改正のスピードが例外的に速いそうです:

“これ程まで急激に、よく変化できたな” と思うことが少なくないです。前回(2012年)も今回(2019年)も、法律家としては “こんなに大きく変えて大丈夫かな?” と感じるほどの改正が一部に見られます。私の想像を超えて、法改正はどんどん前に進んでいる印象です。

REANIMAL(2021年10月17日)

とおっしゃっていました。

愛護法改正は例外的に速いと話す渋谷弁護士
(画像:REANIMAL)

課題は残るが…

今回の数値規制には、一部に猶予期間が設けられています。いわゆる「引退犬」など、繁殖業者が放棄(?)する犬や猫の譲渡システムも十分に整っていません。犬と猫だけが対象で、ほかの伴侶動物(ペット)はもちろん産業動物もまったく考慮されていません。まだまだ課題は山積みです。

また、遺伝性疾患の防止に関しては、動きがまったく見られません。環境省が「幅広い視点から国民的な議論を進めていく」と宣言してからすでに2年以上が経過しています…。

ノルウェーの現状を知るにつけ、遺伝性疾患につながる無秩序な繁殖が氾濫している日本の環境にはフラストレーションを感じます。某大手ペットショップチェーンが販売するトイプードルのほとんどが、膝蓋骨脱臼(パテラ)って…。

ステップバイステップ

とはいえ、2019年の法改正とそれに伴う数値規制の導入が、犬と猫の福祉向上に、

大きな一歩

となったのは間違いないでしょう。劣悪な環境で犬や猫を飼育していた事業者や保護活動家が摘発されたニュースを、メディアで目にすることが増えた気がします。さらなる法的な環境整備のためにも、まずはこの数値規制の確実な運用がカギと言えます。
 
苦しんでいる動物たちに時間の余裕はありません。でも、理想的な世界が一朝一夕に出来上がることはないでしょう。とても残念ですが、現実的には…。

渋谷弁護士が「想像を超えてどんどん進んでいる」という法改正。それをもっと加速させるためにも、今は数値規制が確実に運用されるよう自治体と環境省に期待しつつ、私たちも論理的理性的建設的な声を上げていきましょう。

理性的に声を上げ続ける大切さを感じます

少しでも早く動物たちを救うには?

動物愛護法の急速な改正には、愛護団体や活動家による行政などへの働きかけが要因の1つであるのは間違いないようです。渋谷弁護士も実際に影響を感じるとおっしゃっていました。次回は、そうした動物愛護に関するメッセージ発信について、ちょっと考えてみたいと思います。
 
NSPAのエアシャイルドさんとお話をしながら感じたことがあります。理性的で論理的、かつ建設的な提案を通した共感の醸成が、動物たちの幸せを早く実現するポイントの1つなのかなと、個人的には思うのです。