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繁殖を禁止されたブリーダー④:声を上げ続ける大切さ

ノルウェーで、2犬種の繁殖が違法とされた判決から約半年。来月にはオスロの高等裁判所で第2審が開かれます。原告のノルウェー動物保護協会 (NSPA)とお話をして改めて感じたのは、声を上げ続ける大切さでした。

と同時に、"This is not an attack."(意訳:私たちは闘いを挑んでいるわけではありません)と言う、代表のエアシャイルド・ロールドセット獣医師の穏やかな口調が心に残りました。

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目的は、犬たちが無秩序な繁殖による遺伝性疾患で苦しむのを無くすこと。声を上げ続ける原動力として、情熱は必要です。同時に、論理的な議論や冷静な姿勢も忘れてはいけないと、改めて感じました。

ノルウェーでは2犬種の繁殖が違法

オスロの地方裁判所がブルドッグとキャバリアの繁殖を禁止する判決を下したことを、今年の2月にご紹介しました。この2犬種のブリーディングが、同国の「動物福祉法」違反だという判断です。同法の第25条は、遺伝的に問題を抱えるリスクのある繁殖を禁じています。

ノルウェーケネルクラブなどの被告側は、この判決を不服として控訴しました。第2審は9月に行われます。原告のNSPAは、健康な子犬が生まれるような繁殖方法の提案を行ってきたそうです。何年も話し合いを続けましたが、司法の判断に訴えるという苦渋の決断をしました。

被告側が「折れる」ことは期待できないそうで、最高裁まで争われる見込みだそうです。

日本における遺伝子検査

この裁判をきっかけに、改めて日本での犬の繁殖についても考えてみました。これも以前ご紹介しましたが、遺伝子検査が本当に犬たちの健康のためかどうかには疑問が残ります。近ごろペットショップや繁殖屋で見かけるようになった検査ですが、良心的な事業者と見せるためのイメージ戦略でもあるでしょう。"何か"があった時、責任を負わずに済ませるための "保険" の印象も否めません。

とはいえ、生体販売事業者や一般の飼い主の間で、遺伝性疾患についての意識が高まっているのが良いことなのは間違いありません。秩序あるブリーディングが普及してくれればいいなと思います。

リモートインタビューの際、ロールドセットさんが繰り返しおっしゃっていました:

Breeding should be based on science & must not be done by "lay people".

前後の脈略を加味して意訳すると、

「ブリーディングは、遺伝などに関する科学的な知見に基づいて専門家が行うべきものです。十分な知識をもたない "素人" が手掛けるべきではありません」

という意味合いです。

もちろん、根本に愛情があるのは大前提です。それは言うまでもありませんが、日本でも科学的な知見を基にした犬のブリーディングが普及していくことを願います。

まん延する遺伝病

遺伝病の中でも、遺伝子検査の普及に伴って「単一遺伝子疾患」は少しづつ知られてきています。一方、「多因子疾患」については、繁殖に由来すること自体があまり知られていません。

日本にいるほとんどのトイプードルが悩んでいる膝蓋骨脱臼(= パテラ)や、短頭種(鼻ぺちゃ犬)の呼吸器系疾患「短頭種気道症候群(BOAS)」など、多因子疾患に分類される病気も多くは遺伝によるものです。

健康な親犬を繁殖に使うことで、減らしていくことができます。(↓獣医学部が "ケンブリッジBOASグループ" を立ち上げ、短頭犬種の健康向上に努めているイギリスのケンブリッジ大学)

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でも、多因子疾患に関しては、

繁殖業者やペットショップに、
解消に向けた姿勢は
まったく見られません。

理化学研究所による調査では、トイプーの7頭に1頭がパテラだったそうです。ペット保険の多くは、この病気を補償対象から外していますよね。それを考えると、実際の割合はもっと高いはずです。

私の調査では、某超大手ペットショップで売られていたトイプーの7割以上に、膝蓋骨脱臼「あり」とされていました…。膝の「お皿」がズレることで、重症の場合は歩行困難や強い痛みを伴いワンコもにはとても大きな負担がかかります。

ほかにも、大腿骨や肩、首などの関節や心臓、肝臓、血管形成などに生じるトラブルにも多因子疾患は少なくありません。そして、こうした遺伝病には治療に大きな負担が伴ったり、命に関わる場合もあります。

環境省は、動物の愛護及び管理に関する法律(動物愛護法)改正の際、「繁殖に由来するペットの健康問題について "幅広い視点から国民的な議論を進めていく"」と明言しました。あれから2年以上が経過…。今も具体的なアクションはありません。

声を上げ続ける大切さ

こうした状況に対し、NSPAのように声を上げ続けるのは重要です。生体販売業界が遺伝子検査に意識を向けたきっかけの1つは、このブログでも何度かご紹介したある飼い主さんの活動でした。

現在、多くのペットショップで柴犬には「“GM1ガングリオシドーシス”の遺伝子検査済」との表示が見られます。この病気は柴犬に多い致死性の遺伝病で、治療法はありません。この病気と闘った柴犬の「さくら」ちゃんは、2019年に1歳3か月で亡くなりました。

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飼い主はさんは “これ以上、同じ苦しみを経験する柴犬が生まれないように” との思いで、ペットショップ運営会社や畜犬団体、犬種クラブ、ペット保険会社などに粘り強く訴え続けました。生体販売業界で遺伝子検査への意識が高まったのは、さくらちゃんと飼い主さんの力によるところが大きいはずです。
 
NSPAが言うように、現代のブリーディングは科学に基づくべきだと思います。秩序ある繁殖を行いさえすれば、病気に苦しむワンコを少しずつ減らすことが可能です。20年以上にわたって話し合いを続けているNSPAや、さくらちゃんの飼い主さんのように、粘り強く声を上げることの大切さを改めて感じました。

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目的は動物の健康と幸せ

エアシャイルドさんは、NSPAが起こした裁判を “This is not an attack.” 、つまり、ブリーダー等に対する攻撃ではないことを繰り返し強調します。健全な繁殖を行うことに同すれば、訴えを喜んで取り下げるそうです。一緒に、犬たちの健康を考えた繁殖に取り組みたい、ともおっしゃっていました。

目指しているのは動物たちの健康。その目的を実現するために必要なことを、理論的かつ理性的に行うNSPAの姿勢から、私たちが学ぶモノはとても多そうです。目的は、

闘うことではなく、
少しでも早く
動物たちの幸せを実現

することですよね。それを忘れないようにすべきじゃないかな…

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ただ、"わが子" が実際に目の前で苦しんでいる状況で、相手側(その責任者)の対応が不適切だったりすると…。私は冷静ではいられないだろうなと思います。個人としては…。

一方、社会的な活動の場合、広い理解と支持を得るためには目的と手段を明確にして、戦略に基づいた理性的な議論が求められます。

影響力のある一部の方が、極論に走ったり、結果として対立・分断を生むようなコミュニケーシをすることが本当に動物たちのためになるのでしょうか?最近目にしたのは、(ほかにもたくさんポイントはありますが…)犬や猫の "繁殖" 。それ自体が100%「絶対悪」であるかのような風潮を煽る姿勢には、強い違和感を抱きます。これまで、"いわゆる" 動物愛護については敢えて触れていませんが、考えがまとまったら書いてみたいと思っています。