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再び狂犬病を考える①ウクライナから来たワンコ

ウクライナから日本に来たワンコの検疫について、農林水産省(農水省)の対応が一部で議論を呼んでいますよね。論点は、狂犬病の侵入防止です。

SNSなどでは、「リスクを増す特例を認めるべきでない」という意見が見られます。一方農水省は、今回の判断は現行の規則に沿った対応で特例ではなく、狂犬病のリスクも増えないと言います。

農水省による記者会見

狂犬病については、過去にも色々とご紹介しました。今回のことも、免疫やワクチン、抗体検査、法律などが色々と関係しています。この機会に検疫について整理すると共に、改めて狂犬病の予防について考えてみました。

伝染病の侵入を防ぐ検疫

「検疫」を辞書で見ると:

「伝染病を予防するため、その有無につき診断・検案し、伝染病の場合には消毒・隔離などを行い、個人の自由を制限する行政処分」

広辞苑

で、農水省によれば、

動物検疫は、動物の病気の侵入を防止するため、世界各国で行われている検疫制度です。… 犬については、狂犬病やレプトスピラ症 … が日本に侵入することを防止するため、輸出入時に検査を行っています。(原文ママ)

農林水産省・動物検疫所

ということで、犬の場合は狂犬病とレプトスピラ感染症にかかっていないかを確認し、日本に病気が入ってこないようにします。両方とも「人畜共通感染症」で、犬から人間にうつることがあります。狂犬病の場合、発症(注:感染ではありません)すると死亡率がほぼ100%!「水際」で侵入させない検疫は大切です。

ウクライナから連れてくる場合

外国からワンコを入国させる場合、動物検疫の規則に従います。条件を満たさない場合、日本到着後に180日間、検疫所で隔離されます。狂犬病にかかっていないかどうか、念には念を入れて確認するためのようです。

狂犬病ウイルスが存在しないと農水省が認める国・地域から来る場合は、別の規定があります。現在、日本以外ではアイスランド、オーストラリア、ニュージーランド、フィジー諸島、ハワイ、グアムが「清浄国」とされ、少し手続きが簡単です。

「清浄国」は現在、日本を含む7か国・地域

で、ウクライナは清浄国ではありません。本来は、しばらく動物検疫所に留まらないとダメです。今回は、特例「的」に飼い主さんの住まいで一緒に暮らすことが可能になりました。その是非が、議論になっています。

通常の検疫

昔のことですが、私もパリから愛犬を日本に連れて帰る予定がありました。

トイプードルの「みにら」

フランスは今も昔も清浄国ではありません。ですので、こんなことが出国前に必要でした:

清浄国以外から犬を日本に連れてくる場合の手続き

これをやると、日本の空港に着いた後は書類の確認くらいで、ワンコと一緒にお家に帰ることができます。不備がなければ数時間。

ただし、「規定値を満たした抗体検査の採血日から、180日以上を現地で過ごす」というのがクリアできないとダメです。残りの日数分、検疫所で隔離されます。2回の狂犬病ワクチン接種も考えると、少なくとも7か月以上前から準備しないと空港からお家へは一緒に帰れません。

潜伏期間を180日と想定

この180日を現地または日本の隔離施設で過ごす、というのがポイントです。農水省のQ & Aによると

農水省・動物検疫所のウェブサイトより

待機期間については、↓こうあります:

…待機期間をおく理由は、予防注射により免疫を獲得する以前に狂犬病に感染していないことを確認するためであり、潜伏期間に相当する180日間を待機期間としました。

「海外から日本への犬、猫の持ち込みについて」

潜伏期間を考えた安全策ということです。この説明では、「ワクチン接種の前に狂犬病ウイルスに感染しているかも知れないから」ということです。で、180日経っても発症しなければ、大丈夫と判断できるとされます。

(イメージ;本文とは関係ありません)

文献や論文を調べました。潜伏期間は犬・人間ともかなり幅がある様ですが、数週間から3か月ほどがほとんどらしいです。人間では、稀に年単位の潜伏期間も報告されているとなっていますが。

WHO(世界保健機構)の狂犬病に関する文書

犬に関する180日の科学的根拠は見つかりませんでした。この日数は、かなりマージンを取っていると思われます。安全優先の姿勢には異論ありません。その姿勢には…。

でも、これ、
あとでご説明しますが、
何だか変なんです…
覚えておいてください

反対意見:「特例がリスクを上げる」

180日はとにかく絶対です。でも、ウクライナのワンコはたちは以下の3点を確認した上で「動物検疫所の施設以外における隔離管理を認める」とされました。

マイクロチップ、狂犬病ワクチン及び十分な抗体の確認等の狂犬病の侵入リスクを十分に低下させる措置がなされたことを確認できる場合に限って、1日2回の健康観察、咬傷防止対策等を守っていただくことを条件に、動物検疫所の施設以外における隔離管理を認める(原文ママ)

農水省

1)マイクロチップ装着、2)ワクチン2回接種、3)規定の抗体価、を確認して、検疫所に係留されず飼い主さんとお家で過ごしています。以下の条件が付けられました:

1)1日2回の健康観察
2)動物検疫所への週1回の報告
3)他の犬や動物と接触させない
4)咬みつき事故の防止 

これが「特例扱いであり狂犬病のリスクを上げる」というのが反対派の意見です。

農水省:特例ではなくリスクも増えない

そうした反論が出たため、農水省の熊谷法夫・大臣官房審議官が、記者会見を行いました。この判断は、「犬等の輸出入検疫規則」という法律(正確には農水省の省令)の第4条・第5項「災害救助犬等の規定」を準用(≒適用)したとし、

特例ではなく、
検疫の緩和でもなく、
今ある規則に基づいた措置

とのことです。そして、「この対応によって国内での狂犬病発症のリスクが増すことはありません」と話します。4月28日には、日本獣医師会も農水省をサポートする声明を出しました。

「ウクライナ避難民の飼育犬に対する支援について」

朝日新聞によれば:

(日本獣医師会は)三つの条件がそろえば「狂犬病に感染している可能性は極めて低いと判断される」と指摘。避難先で求められる1日2回の健康観察と週1回の国への報告について、獣医師を派遣し、支援する方針を決めた。

朝日新聞(4月28日)

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ご参考:農林省による記者会見の様子はYouTubeチャンネルで観られます。この文末にも、その動画に農水省が付けた字幕を抜粋しました

「犬等の輸出入検疫規則」って?

「規則に従った」と熊谷審議官が挙げた法律を見てみます:

犬等の輸出入検疫規則(平成十一年農林水産省令第六十八号)
検疫法及び狂犬病予防法の一部を改正する法律(平成十年法律第百十五号)の施行に伴い、狂犬病予防法(昭和二十五年法律第二百四十七号)第七条第二項の規定に基づき犬の輸出入検疫規則(昭和二十五年農林省令第百三号)の全部を改正する省令を次のように定める。(強調は筆者)

e-gov 法令検索

要するに、犬を外国から入れる場合は「こうせよ」というものです。第四条「検疫の場所及び係留期間」があります。その第5項「特別な事情」というのがあり:

5 家畜防疫官は、動物検疫所長が、係留中の犬等につき災害救助のため必要であることその他の特別な事情があると認めたときは、第一項の規定にかかわらず、当該犬等を輸入しようとする者に対し、狂犬病予防上必要な管理方法等を指示し、一時的に動物検疫所の敷地外に当該犬等を出させることができる。(強調は筆者)

e-gov 法令検索

ウクライナから来たワンコたちに対しては、その他特別な事情があると認められ、一時的に動物検疫所の敷地外に出す許可を飼い主に出したという理屈です。

次回:農水省判断に対する異論

これが大体のあらましです。次回は、この判断に対する異論を少し詳しくご紹介します。

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以下、熊谷法夫・大臣官房審議官による説明動画の重要な部分の字幕です。農水省の考え方が分かると思います。

参考:農水省による記者会見のポイント

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