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【超ショートショート】(256)~映画館から娘へ~☆ASKA『NEVER END』☆

「ねぇ、お母さん」
そう呼ぶ娘の声がする。
だけど、
私はその娘の姿を映画館のスクリーンで
見ることしかできなかった。

まだ娘が幼い頃、
私は闘病を繰り返し、
娘の小学校入学式の夜、
自宅で静かに息を止めたのである。

娘は入学式の疲れもあり、
私の旅立ちのとき夢の中だった。

翌朝、
見た目は前日と一緒の私を見て、
「おはよう!お母さん」という娘。
「ねぇ、この本読んであげるね」
とベッドに座り、ほんの一瞬、
娘が私の顔を触れたとき、
とても冷たいものを感じてしまう。
「お父さん?!お母さん(涙)」
娘はそのまま、お父さんに抱きつき、
ようやく母親の旅立ちを知るのである。

「今日は学校休んでいいよ!」
「ううん、学校行く!」
「でも」
「お母さんと約束したから、
〈一日も休まないで学校行こうね〉って」

娘は、
そのまま気丈に育つ。
父親や学校の先生、親戚の誰もが心配するほど、
真っ直ぐ気丈に育つ。

でも、お母さんだけは知っていた。
夕方学校から帰ると、
家には誰もいない。
その隙に、お母さんの仏壇の前で、
今日の一日のお話をする娘。
笑顔でお話を終える日もあれば、
泣きながらお母さんのいない寂しさを
話すときもある。
でも、その泣き顔はお父さんには見せなかった。

娘は、
私が入退院を繰り返していた頃、
病室で泣くお父さん、
検査室の待合室で泣くお父さん、
夕食の食器を洗いながら泣くお父さん、
娘が寝たあとの一人でお母さんの写真を見ながら
晩酌をして泣くお父さん、
お母さんが旅立った後
毎日娘を抱きしめて泣くお父さん、
そんな父親をたくさん見てしまった。

「私がお父さんを助けなきゃ!」
と娘は気丈になることを、
私の旅立ちで心に決めたのである。
だから、
大人に弱音を吐くことも見せることもしなかった。

私が旅立ってから数年、
娘が中学生になると、
仏壇の前で泣くこともなくなかった。
でも、私は心配になった。
「娘から笑顔が消えた」からだ。
泣くことも笑うこともなくなっていた。
学校から帰り、
仏壇の前で話をすることもなくなっていた。

そんなある日、
あれほど毎日学校に行っていた娘が、
「今日は休みたい」とお父さんに話した。
「熱でもあるのか?」
「ううん、ない!」
「じゃあ、どこか他に具合が・・・」
「ううん、そうじゃない」
そのまま娘は自分の部屋へ。

お休みが1ヶ月になると、
さすがに父親も心配になり、
学校に相談。
「いじめなどはないと思いますが、
一応クラスの生徒に聞いてみます」

後日、学校からいじめはないことと、
ある生徒が娘についてお父さんに話したいと
言っていることを伝えられた。

その夜、
その生徒の自宅に向かうと、
数人の生徒と先生が待っていた。
「ごめんなさい」
と女子生徒が父親に頭を下げた。
「いやいや、突然謝られても・・・
一体何があったのかな?」

すると、
謝った生徒とは別の女子生徒が、
娘が休んだ理由と思う出来事について話した。
「クラスの授業で家族の話をテーマに、
班ごとに物語を作る課題があって。
私、同じ班だったんですけど、
男子が彼女のお母さんがいない話を
物語にしようと少しからかって。
私も、素敵な物語になると思って、
班のみんなが賛成したんです。
それで〈少し考えさせて〉と言われて、
その翌日から学校に来なくなったんです」

この時、父親は娘の心の傷の深さを知った。
自分ばかり泣いて、その間、娘はずっと気丈に、
涙を見せることもしないできたと。

私はそんな娘の様子を
映画館のスクリーンから眺めながら、
娘を抱きしめてあげることができない悔しさと
母親がいない孤独を与えたことを、
どんなに謝っても取り返しがつかないと思った。

父親は、
生徒たちからの話を聞いて、
自宅に戻ると、
娘の部屋へ向かう。
「おい!ごはん食べよう」

その問いに娘は部屋から出てきた。
一緒に、
お父さんが大好きなカレー屋さんのカレーを、
お父さんはふつうのカレーライス、
娘はとんかつ入りのカレーライスを食べた。
「お父さん、これあげる」
「いいよ!とんかつ好きだろう」
「でも、こんなにたくさんは食べられないよ(笑)」
「ううん、そうか(笑)じゃあもらおうか(笑)」
「って、それを狙っていたクセに(笑)」
「やっぱりバレたか?(笑)」
「もう~お父さんたら(笑)」

食後、娘の好きなショートケーキを食べながら、
お父さんは今日聞いてきた話を娘にした。
「ごめんなさい。お前のこと苦しめて」
「ううん」
「もう我慢しなくていいんだぞ!」
「ううん」
「もう泣いてもいいんだぞ!」
「ううん(涙)」
「それから、学校のことだけど」
「ううん(涙)大丈夫」
「うん?何が?」
「もう大丈夫。明日から学校に行くね」
「でも無理しなくても」
「うん、無理はしてない」
「そうか、なら・・・」
「うん、ねぇお父さん?」
「何だ?」
「さっきからずっ~と、
鼻に生クリームが付いてるよ(笑)」
「へぇ?!」
「うふふ(笑)そんな顔して心配するから
面白くて泣いちゃったじゃん(笑)」
「おい!おい!(笑)」

娘は宣言通り、翌朝学校へ行った。

この日、
お父さんはまだ知らないが、
映画館で娘を見ているお母さんは知っていた。

娘は自分の班の課題に、
お母さんの話を物語にしてもいいと、
休みの間書いてまとめた自作の物語を、
同じ班のみんなに読ませた。

娘はその物語の最後に、
母親についての今の思いを書いていた。

「もう今はお母さんに会えないけど、
今日もどこかで見ていてくれて居るの知ってる。
お母さんが居なくなってすぐ、
お母さんが夢に出て来て、
〈いつも私はこの映画館であなたとお父さんを
見てるからね!〉と教えてくれた。
だから、私のお母さんは身体がなくて、
目には見えないけど、
ずっと私とお父さんと一緒にいる。
私たち家族はずっと3人でずっと終わらない」

私の命は終わりになってしまったが、
私の母親としての存在という命は、
娘の中にずっと生き続けていたことを、
この時初めて知った。

たくさん悲しい寂しい思いをさせたのに、
娘は、もう起きることのできない私の横で、
毎朝本を読むときの優しさで、
今も愛し続け、母親を求めてくれていた。

この映画館からでは何も出来ない私だけど、
唯一娘に出来ることがあった。
それは夢の中で、
再会し娘を抱きしめてあげることだ。
娘は朝起きたら、そのことを忘れてしまうけど、
「毎日お母さんは
あなたを抱きしめているんだよ!」

(制作日 2022.2.28(月))
※この物語はフィクションです。

1995年2月27日発売 アルバム
ASKA『NEVER END』
このアルバムタイトルと同じタイトル曲を
ヒントに今日のお話を書いてみました。

「NEVER END」は日本語にすると「終わらない」

世の中には、
終わらないものやことってあると思います。
その一つが親子や家族。
一緒に居なくても、
その関係が終わることはないですよね。
表向きの付き合いではなく、
戸籍や家系図のような世界では、
ずっと終わらない関係。

その中の一つの家族の物語を書いてみました。


(ニックネーム)
ねね&杏寿
(旧ひまわり&洋ちゃん)
(Instagram)
https://www.instagram.com/himawariyangchiyan/

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ヒントにした曲
ASKA『NEVER END』
作詞 ASKA
作曲 ASKA・Kevin Gilbert
編曲 Kevin Gilbert・澤近泰輔
☆収録アルバム
ASKA『NEVER END』
(1995.2.27発売)

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