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「神霊の威力」

九段坂に到着すると、まだ往来が馬車が行き交っていた時代のこと、運送馬が重い荷を搭載した車を引き坂を上っているのをドクトルはフムフムと眺め、当時の「警察犯処罰令」のことを思い出した。

「公衆の目に触るべき場所に於て牛馬其の他の動物を虐待したる者」

は、二十円未満の科料に処せられることになっている。医業を営むドクトルにとってこれに等しい刑罰とは

「開業の医師産婆故なく病者または妊婦産婦の招きに応ぜざる者」

ということであった。ともかくも、要は坂を仰ぎ見て「馬も大変だなぁ」と感心していたドクトルの横目には、時折、爆音を立てて自動車も通り過ぎた。文明開化の音が残る、変化の目まぐるしい時代のことである。

坂の途中には、「太田」という有名な小鳥屋があった。ドクトルはかねてより小鳥道楽ゆえ、小鳥が織りなす鳴き声のさざめきに惹かれて店内に立ち寄った。色とりどりのインコの籠が吊られているのを機嫌よく眺めていると、ふと目に留まったのは、ひとつの鳥籠の中になぜか飼われている朝鮮リスのつがいが活発に動き回っている様であった。

小鳥屋には長居せず、ドクトルはまたてくてくと歩いて、靖国神社に足を踏み入れた。大村益次郎像を仰ぎ見て、神社の拝殿下に立ち、ドクトルは、神霊の威力に打たれた気持ちになった。

第二次世界大戦より前の時代のこと、軍人は身近な存在であったが、その英霊に手を合わせつつ、例によって若干注意力が散漫なドクトルは、ある酒の席でのことを思い出していた。

当時親交のあった、中越盲唖学校長の宮川医師が、ある宴会の席でドクトルに盃を差し出しながら、おかしそうに笑いながら、

「おい、君は軍人じゃない、フン人だよ」

とからかった。悪戯心を察知したドクトルが機知を働かせて

「フン人のフンは、奮闘のフンですか、噴飯のフンですか」

と返せば、何を言うかと宮川医師が福福と肥えた腹を突き出しながら

「イヤ、糞便のフンだよ」

と答えた。(食事の席で下世話なものである)

ドクトルは美味しいネタを頂いたとばかりにそのことを記憶した。

「将校として最も下級にある、いわゆるのケツの下ということだな」

「平々凡々、クソの役にも立たざりし経歴によれば、フン人の名もまた美に過ぎる」

…恐らくプライドが高いドクトルのこと、どんな会話の果てにこんなことを言われたのか知らないが、悔しかったのであろう。


さて、とにもかくにも靖国神社に参拝して、己の雑念を多少なりとも清めた気持ちになったドクトルは、赤煉瓦の遊就館(靖国神社内の宝物館)に入った。


「階上階下、所狭きまでに陳列されたる記念物の、一として想ひ出の種にならざるは無く、一として人間真心の琴線に触れない物は無い」

とドクトルは懐中のメモ帳に綴った。正宗、村正、中吉、友成… といった夥しい古今の名刀、青島線で活躍したモーリス・ファルマン式飛行機などなどに目を奪われたのち、ドクトルは乃木希典の記念室に入った。ドクトルの尊敬する大将の一人であった。指揮刀、甲冑、鎧、馬具といった遺品が並べられ、軍衣の所々には血潮が残るのを見てドクトルは自身の心にこみあげるものを感じた。

そして次には、明治天皇の遺品が奉られた特別室に入った。陸軍正装、剣、軍帽、馬具、その他数々の遺品を間近に仰ぎ見ていると、この時代を生きたドクトルの感覚としては、勿体無く恐れ多く光栄な心境に胸が震えた。

「団体保護の為には最も惜しむべき個人の生命及びこれに属する総ての自己を提供して敢えて惜しまざる犠牲的精神、即ち愛国心というものを、軽蔑して得々たるの弊に陥り易き個人主義より全く離れ、趣味以外、信仰以外、芸術以外、天地の公道と云う人間世界に於ける最前最美の倫理道徳を現実に践行して、後の世の模範と成られたる、高等人格の欺かざる生活の鱗片を、興味を持って瞥見しうべき遊就館」と、ドクトルは描写している。こうしたことを本気で感じるような時代背景だったのか、ドクトルの心の中に一抹の皮肉な気持ちがあったのか、そのどちらもあったのだろうか、などと曾孫は想像することしきりである。


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