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🌻短編その2 お使い少年と前世の因縁

「……アンタも不器用な男ねぇ」
 炎上し、落城目前の城の中で。血と共にキセルからくゆる煙を吐き出し、女は憐れみを帯びたため息を吐いた。
 女は、袈裟懸けに斬られている。もう間もなく死ぬだろう。
「どうとでも言え。言い訳はせん」
 男は血で濡れた刀を鞘に納め、女から背を向けた。
「俺は俺を赦しはせん。例え百万回輪廻転生しても、俺自身を百万回殺す」
「……あの世でくらい愛し合おう、とでも言えないのかい? 私を彼岸でまで待たせる気?」
 女がそう言うと、初めて、男は笑った。自嘲気味にだが。
「お前は男を見る目がないな。死ねば俺の事なんぞ、すぐに忘れるさ」
 そう言い捨てて、男は走り去った。
 ついに城が限界を迎え、焼け落ちて崩れ出す。燃えながら降ってくる天井を眺め、女は寂しそうに笑った。
「忘れるものかよ。……またね、墨右衛門」

 かくして、女は死んだ。そして気が付くと、女は白い着物を着て、般若面を被ってどことも知れぬところに立っていた。
 以来、女の魂は廻ることもなく浮世を揺蕩い続けている。
 今一度、墨右衛門と会うために。


 鎌と刀がぶつかり合い、火花を散らす。そしてすぐに飛びずさって距離を置いた。仮面を被る白と黒の着物姿の二人は、幽霊らしく身体を揺らめかせながら、攻め時を伺っていた。
「まだ赦さないのかい? ネチネチした男だねぇ、上に立つ資格がない」
「……煩い娘だ。本気で俺とやり合う気か?」
 黒い着物の侍は女を睨み、刀を中段で構えた。
 疾風(はやて)のような横一文字。それを鎌で受け止め、女は飛びずさった。
 少年から見て、両者の力は拮抗していた。しかしそれは正しくない。
 攻める男に対し、女は防戦一方。戦闘経験のない女は神通力で張った結界に頼らざるを得ず、攻め手に欠け守勢に回っている。
 一方、男には余力があった。女の鎌を全て受け止め、躱し。未だ一切の隙を見せていない。
 戦いながらも、男の目は少年に注がれている。――そこには余裕があり、両者の間には、それほどまでの差があった。
 少年は、かたずを飲んで二人の戦いを見つめている。
「惚れた女に守られて、それでいいのか墨右衛門」
 蔑んだような目で男が言う。少年は困惑するほかない。少年にとって女は、いつの間にか自分に憑いていた霊にすぎない。二人が自分を呼ぶ墨右衛門という名前にも、覚えがなかった。
「……児童の姿では、女も恋も分らぬが道理か。哀れだな姫よ。汝ほど浮かばれぬ娘を俺は知らん」
「……っ! 何を……」
 動揺を誘う言葉に女が釣られ、神通力で張った結界がその力を弱める。その隙を逃さず、男の刀が結界を切り裂いた。――結界に大きな亀裂が走り、女の守りが失われる。
「勝負ありだ。――すまぬがご退場願おう」
 男が必殺の一撃を振るう。それを見て、咄嗟に少年の身体が動いていた。
 少年は、手提げ鞄を男に向かって投げていた。
 ほとんど中身のない軽い鞄が宙を舞い、男の顔へと飛んでいく。――男はそれを見向きもせず、刀を振り下ろした。
 血しぶきが舞い、女の霊としての命脈が絶たれる。だがその代わり、鞄は男の顔に張り付く仮面を弾き飛ばした。
 狐面の下からは、怜悧な印象を受ける三十代半ばほどの男の顔が現れた。
 その顔に、少年は見覚えがあった。
 決して忘れることができない、前世からの魂の因縁。
「――主君」
 少年……いや、忍者・墨右衛門は、その顔を見たことで魂に刻まれた記憶を掘り起こした。

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