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短編その3🌻お使い少年と前世の因縁

「忘れものだ」
 燃え落ちる城から現れた部下が、置いてきた刀を拾って闇から現れた。
 怜悧な顔をした男は、忍装束に身を包む部下を見て、目を細めた。
 男の腹には、鎖鎌が深々と突き刺さっている。
 完全なる不意打ちだった。体から力が失われ、ドサリと音を当てて倒れながらも、男は部下から目を離さなかった。
「……言ったはずだぞ。此度の仕事は我らの生き残りを賭けたものだと。情勢が読めぬ本家の連中に付き従っていても、我らに未来はないと。ここらで裏切り敵方に付くのが、最も生き残る確率が高い道であると」
「…………」
 部下の男は黙して語らない。ただ行動で示すのみだと、冷え行く主君の身体から鎖鎌を回収した。それは、部下の持ち物だった。
「貴様のせいで我が家は滅ぶ。……忍び風情が本家の姫に懸想をするなど……その思い故に主君を裏切るなど……あってはならぬことぞ」
「間に合わなかったがな」
 自嘲気に部下は笑った。そして、姫の血で染まった刀を抜いた。無論、男を介錯するためだ。
「不忠は覚悟の上だ。――俺も、後を追う」
 一度血を吐き、男は虚空を睨んだ。その目は、もう何も映していない。
「貴様の命如きで、俺の命と等価だと思うたか。……呪い殺してやる。百万回輪廻転生しても、貴様を百万回殺す」
 男の命脈が血塗られた刀の一刀で断たれる。

 ――――そして、男は蘇った。

 狐面を被る、黒い侍として。
 亡霊の一太刀を受け、部下は自らの腹を切るまでもなく死んだ。
 そしてそれから、黒い侍の廻ることができない日々が始まった。
 肉体は朽ち、幽霊となり果てても、その旅は終わらない。
 姫と男を斬った刀の銘は「黄泉ノ口」。この地を治める侍たちが力を知らずに代々受け継いできた妖刀であり、強い悔いを残して死んだものを蘇らせる力を持つ。
 その刀で斬られたが故に、亡霊となり果てて二人は現世を彷徨い続けている。
 二人が成仏する鍵を握るのはただ一人。六道輪廻を繰り返し、再び人間界に舞い降りた男の部下にして姫の思い人――墨右衛門の魂に他ならなかった。


「――ようやく思い出したか、不忠なる我が影よ」
「オジさんは……僕の……主なの?」
「いかにも」
 呆然とする少年に答えてやると、ぺたん、と少年は尻餅を突いた。
 無理もない。突然、前世の記憶が頭に流れ込んできたのだから。
 だが、男はだからといって容赦するような人間ではない。
 脇差(小刀)を鞘ごと少年に向かって放り、男は刀の刃先を突き付けた。
「立て。立たなければ、死ぬだけだぞ?」
 まだ状況を完全に理解しているわけではない。だが、少年は脇差を握り立ち上がった。
 小刀は妙に少年の手に馴染んだ。かつてはそういった武器をよく握っていたのだから、当然だろう。
 少年は一度だけ男の背後を見た。そこには何もない。霊としての命脈を絶たれ、今にも消えようとしている姫がいるだけだ。
 姫は、もう助からない。
 少年は脇差を上段に構え、力強く踏み込んだ。
「不忠なり。……やはり貴様は、殺してなお姫の方に付くか」
 少年の小刀を受け止めようと刀を構えつつ、男は怨嗟の籠った声で呟いた。
 記憶が戻ったとて、少年はあくまで少年。前世の記憶を取り戻そうと、これまでの九年間の生が無になるわけではない。
 プロスポーツ選手の動画を見たからといって、同じ動きができるだろうか? 今の少年は、そういう状態だった。
 少年が勝てる道理はない。……だが少年の脇差は、男の腹に深々と突き刺さった。
「……! 小娘ぇ……!」
 鎖骨の辺りから腹にかけて刀で切り裂かれた女は、いつの間にか半身だけ起き上がり、幽霊らしくスルリと地面を浮きながら男の背後に近寄り、両手で刀を握っている男の右手を押さえ込んだ。
 男もまた致命傷を負った。男はもう助からない。……だが、それで霊が滅びることはない。悔いが残る限り、暫くすれば復活する。

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