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ショートショート 因幡の白兎(裏)
「人魚姫が、人魚姫が来たよ~!」
白い背が野原をぴょんぴょんと跳ねる。燕尾服を着た兎が、人魚姫の来訪を知らせるべく王宮へと向かっていく。
「えっ、姫様?」「人魚姫?」
燕尾服の兎の声を聞きつけ、周囲からどんどん兎たちがやってくる。
鍬を担いでいるもの、猟銃を持っているもの。子供を連れた夫婦。……服を着た色んな兎が、そこに現れた。
そこは兎の国だった。
「……かわいらしいですね、姫様」
人魚姫に付き従う侍女がそう囁くが、人魚姫は興味なさそうに「そうね……」と言うだけだった。
人魚姫はそっと周囲に視線を走らせ、そして溜息を吐いた。
「ああ……あの花はどこにあるのかしら?」
「花?」
赤いマントを羽織り、身の丈ほどもある金ぴかの王冠をかぶった兎が、両手を組んだまま首を傾げた。
ズルっと王冠がすべり、王様兎があっ、と呟いて慌てて前足で抑えようとするが間に合わず、王冠は床に落ちて硬い音を立てた。
「王様!」
大臣兎がぴょんぴょん飛んできて、王様を𠮟りつけた。
「王冠を落としちゃメっ! 威厳も落ちますよ!」
「ごめん、ごめん。だからそんなに怒んないで……」
王様はペコペコ謝り、それから人魚姫を見た。
「それで、その花とは?」
「これです」
人魚姫は栞を差し出した。それはピンク色の押し花を入れた栞で、王にも大臣にも、その花に心当たりがあった。
「これは……桜では?」
「! やはり、地上の方は知っているんですね!」
ぱぁっと、人魚姫は笑みを浮かべた。
「毎年この時期になると、海にまでこの花弁が流れてくるのです。……きっとフローラルな香りで、美しい花なのでしょうね。今日は、この花を一目見たくて参りました」
「ほ、ほう。そうか……」
納得した、という顔で王様は頷き、自分の胸を前足でポンと叩いた。
「では明日、桜の木の下でお花見をしましょう。地上のご馳走を振舞いますよ」
「いいんですか!? ……ありがとうございます」
満面の笑みを浮かべる人魚姫に一瞬見惚れた大臣は、我に返ると慌てて王様に駆け寄り耳打ちした。
「王様、マズいですよっ! ……桜はもう散っております」
「む? そうであったか?」
「はい。……そもそも人魚姫様が暮らす海にまで花びらが届いたのですよ? この国に、もう桜が咲いている場所はないかと」
「むむむ……」
王様は唸った。だが、
「? 王様、どうかされたのですか」
「な、なにもありませんよ、姫」
王様はつい虚勢を張った。
「ちゃんと明日桜をお見せしますから! 今日はゆっくりお休みください」
「……ありがとうございます」
従者ともども人魚姫は深々と頭を下げ、しずしずと退室していった。
「――どうするのですか! あんな見栄を張って!」
「煩いぞ! 何とかしてやるから黙ってくれ!」
王様は渋い顔で玉座の周りをうろうろし、そうだ! と言って前足を重ねてぽんと叩いた。
「対岸の島に、花咲かじじい、なるご老人がいるとか。彼に頼んでみよう」
「……誰が行くのです? あちらと行き来できる船は、夕方に一本だけ。行っても間に合いませんよ。まさか、人魚姫様に協力してもらうと? この時期は、海にワニ(サメ)が出ますよ」
「な、何とかして見せるとも! お前たちは待っておれ!」
そう言って、王様は王冠を玉座に置くと海辺に向かって走り出した。
「わぁ、綺麗な花! これが桜というのですね」
翌日、つつがなく花見が始まり、人魚姫は桜の花に見惚れてホゥ、と息を吐いた。――それくらい感動したらしく、大臣はホッと胸をなでおろした。
お花見の場には、あちこちから遊びたくてやって来た兎たちと、無事に花を咲かせた花咲じじいとばぁさんがいた。
「素晴らしいですね。――ぜひ、この場を整えてくれたあなた方の王様にお礼を言いたいのですが、今はどこにいるのですか」
「寝室でしょう。治ったはずの毟られた毛が痛いとかどうとかで寝込んでいて……ああいえ、こちらの話です」
「?」
人魚姫は首をかしげたが、それ以上は聞いてこなかった。
「全く……おっちょこちょいなところさえなければ、尊敬できるお方なんですけどね」
大臣がそう呟く。その頬を、桜の花弁が優しくなでた。
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