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🌻短編その1 お使い少年と前世の因縁

「どうしよう……」
 動揺し揺れる内情がハッキリと感じられるくらい、幼い少年は慌てていた。

 夕陽が山間に完全に隠れるまで、あと数分といったところだろうか。
 四方を山に、周囲を田んぼに囲まれたあぜ道を歩く少年の手には、母の手提げ鞄があり、その中には千円札が三枚入ったポーチがある。
 少年にとって、今日は初めてのお使いだった。
 病気で寝込む母のために、風邪薬を買いに薬局へ行くつもりだったのだが……気が付けば、少年は見たこともない場所を歩いていた。
『言ったろう? お前はまだ、一人で出かけては行けないよ、と』
 少年の背後で、般若面を被った白い着物の女が嗤う。
「……お姉ちゃんが何かしたの?」
 霊感持ちの少年は、恨みがましい目で女を見る。
『言ったろう、私はお前の守護霊だと。寧ろ感謝してほしいくらいなんだがね』
 少年は、こんな所見たことなかった。少年の家はから薬局までは、歩いて五分もかからない。家を出て、ただまっすぐアスファルトで舗装された道を行ったところにあるのだ。
 迷うはずがない。……だが少年は今、何処かも分からないここにいる。
 急な強風に目を閉じた後。……気が付けば、少年はここにいた。
「引き返せば、帰れるかな」
『さぁね』
 女はクスクスと笑い、そして消えた。それはいつものことなので、少年は驚きはしなかったが――異邦の地に一人ぽつんと放り出され、急に心もとなくなった。
「お母さん……大丈夫かな」
 家を出る前、母の熱は四十度近く、高熱にうなされていた。単なる流行り病だが、それは間違いなく少年からうつったもので、だからこそ、少年は責任を感じていた。
 少し逡巡した末に、少年は前に進むことにした。それは直感に他ならない。後ろに広がっているのは、やはり一面の田んぼだ。馴染みのある道はなく、戻ったら永遠にここを彷徨うことになる。第六感で、少年はそれを感じ取っていた。
 前に進めば、僕をここへ呼んだ誰かが待っている。……それが、少年には感じられた。
『へぇ、進むのかい。――……忌々しいが、流石は墨右衛門だね』
「何度でも言うけど、それ僕の名前じゃないよ。僕の名前は――」
「シッ。――そら、ご登場だ」
 女が指で指し示した先に、帯刀した男がいた。
 ボロボロの黒い着物を赤く染め、下駄を履いて歩く青年。狐面をつけているせいで顔は見えないが、少年は、何処かでその男を見たことがあるような気がした。
 不思議な懐かしさを感じたが、悠長に記憶を探っている余裕はなかった。
『墨右衛門殿とお見受けする。――お命、頂戴致す』
 そう言って、殺気を放ちながら男が斬りかかってきたからだ。
 腰が抜けそうになる少年の前に女が立ちふさがり、どこからともなく鎌を取り出した。
『……変わらないねぇ、あんたは』
 呆れた顔の女が鎌を振るう。二つの刃物がぶつかり、火花が散った。
 少年にとってはあずかり知らぬ前世。――遠い昔の因縁が、今再び交差しようとしていた。

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