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第五十五話 責任感と仲違い

朝の6時半、先輩が家に迎えに来た。急いで車に乗り込み地図を見る。今日の現場は先輩と二人でいくことになった。私と先輩の仕事ぶりが認められたという事なので素直にうれしく思う。地図を見ながら私がナビをしていく。社長が私を認めて任せてくれたのでしっかりとやらなければと気合が入る。今日は低層住宅の2階部分の床敷きだが、このまま頑張って3階建住宅の床と壁も行かせて欲しいなと思ったりもしていた。壁の建て込みは2人ではなかなか大変なのだが先輩とのコンビだったら出来そうな気もしていたのだ。

現場には予定に時間にしっかりと到着した。車から降りて、まずは道具を下す。それからトラックとクレーン車のオペさんに指示を出し搬入の準備を整えた。搬入もスムーズに終え先輩と床を敷き始める。先輩も動きが機敏で機転も効くのでこういった仕事が向いているのだろう。良いペースで進んでいく。この分だと思ったよりも早く終わりそうだ。そんな事を考えながら、しっかりと丁寧に仕事をこなしていった。やはり予定よりも早い時間で終わり社長に連絡をした。社長はアナログの携帯電話を持っていたので近くの公衆電話から無事に現場が終わったことを報告した。「お疲れ様、直帰で良いからね。明日も低層の現場は行ってるから帰りに家によって地図と図面持って行って」と言われた。私は先輩に「明日も床敷き入ってるみたいですよ」と言った。先輩も「二人で頑張っていれば給料ももっと貰えるな」と上機嫌だった。

そんな調子で低層の現場が入った日には私と先輩のコンビで出かけ、それ以外の日は社長ともう一人の従業員と合流して3階建住宅に合流した。それから数カ月がたち私たちの給料もだいぶ上がってきたある日、社長から「人もまた募集するから3階建の方もとりあえず二人で行ってもらえるか?」と言われた。前から考えていたことでもあったので、「出来ます。やらせて下さい」と答えた。先輩に報告すると喜んで「良かったな」と言った。

初めて二人で3階建の現場に出かけた。床の搬入もスムーズにいき床敷きはお手の物だった。そして壁材の搬入。壁の建て込みに移っていった。床式は床を敷いていって金具で止めていき目地の部分にモルタルを流し込むといった単純な作業であったが、壁の建て込みは、90㎝、60㎝、30㎝の壁材を立てていき出っ張りや膨らみが無いように出入りをしっかり決めてボルトを固定する。それからネジを巻いていき外壁の目地をしっかりと水平に通るように高さ調整をするなど繊細な作業が求められる。今まで現場で出入り調整、高さ調整をやっていたのは私と社長の二人だった。今は先輩と二人なので私がやりながら先輩に教えていく必要があった。

先輩は細かい作業は苦手であった。出入りの決め方や、高さの出し方を教えても上手くできない。人には得手不得手があるので仕方のない事ではあるのだが、先輩にそれを任すことが出来ない、私がそれにかかりっきりになってしまうと先輩がやることが無くて遊んでしまう、といった具合になかなか上手くいかなかった。時間は過ぎていき、予定通りに作業が進まない。私は初めて仕事で苛立っていた。5時を定時にしているのだが、このペースでは工期に終わらせることが出来ない、現場作業には工期と言うものが決まっていてそれに合わせないと他の業者さんにも迷惑が掛かってしまうのだ。「先輩、今日残業しましょう」と言うと、「残業?何でそこまですんの、定時で終わりにしよーぜ」と明らかに不満げに言った。確かに今までの低層の床敷きでは残業したことはなく、先輩が以前に働いていた工場では残業というものがなかったので不満に思う気持ちは分からなくもない。だが私は社長が信用して任せてくれているのでしっかり工期内に終わらせなければならないという責任感があったのだ。

なんとか先輩を説得し、渋々残業をしてくれる先輩に悪いなと言う気持ちもありながら、協力的ではない態度に頭が来るという気持ちもあった。それから毎日残業するようになり明らかに先輩は不機嫌になっていた。私はその態度に腹が立ち、ある日「何だよその態度、調整全部俺にやらせるから時間がかかんだろ!ちょっとは協力しろよ」と気持ちが爆発してしまった。「何だよその言い方!ふざけんなよ!」先輩はキレた。今まで何カ月も上手くコンビでやってきたのにその信頼関係が崩れていくような気持だった。私には工期内に終わらせなければいけないという責任がある。だが先輩には先輩なりの言い分もある。その間を取らなければならなかったのだが、若くて人を遣った事のない私にはそれが出来なかったのだ。それから何の会話もないまま工期内に終わらせるため残業をする日々が続いた。

先輩はあの日以来私と必要以上に会話しようとしない。もちろん夜の遊びもないままだった。現場が終わった日私は先輩に「工期内に終わらせなければいけないっていう責任感があって…言い過ぎた部分もあります…すみません」と正直な気持ちを言った。すると「おれもそれは分かってたよ。でも残業好きじゃないし…俺も言い過ぎたよ。悪かったな」と言ってくれた。初めての二人での現場は良い面悪い面含めて色々あった。だが悪い面もあったおかげでより強固な信頼関係を作ることが出来た。

この時の人を遣う難しさはとてもいい経験になった。それからも私と先輩はコンビでいくつもの現場をこなしていく事になった。時には仲良く、時には喧嘩しながらでもバランスを取って上手くやっていった。自分の意見だけを押し付けることも、相手の言い分だけを聞いてしまう事も結果的には上手くいかない。お互いの言い分を出し合ってそこからお互いの妥協点を探るという事が大事なのだと学んだ。

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