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ポツンとパン屋さん〜繁栄の方則③

まずはこれまでの話を整理しておく。

ポツンとパン屋さん第一の繁栄の方則:県外から集客
ポツンとパン屋さん第二の繁栄の方則:販路を増やす

販路を増やす方法
①地域の飲食店・小売店に卸す
②地域の有名・高級レストランに卸す
③全国に卸す
④全国の一般消費者に販売する

本日は
③全国に卸す
④全国の一般消費者に販売する
を解説していく。

全国に卸す

まず、「全国に卸す」について書いていくにあたり、まさにタイトルのポツンとパン屋さんの名前にピッタリのパン屋さん、「タルマーリー」をご紹介する。知る人ぞ知る名店である。と言うのも、タルマーリーのオーナーである渡邉格氏が2013年9月に出版した「田舎のパン屋が見つけた『腐る経済』」は、日本だけで無く韓国、台湾、フランスでも出版され、韓国においては、メディアや書店が選ぶ「今年の1冊」に軒並み選ばれている。日本人だけで無く、海外から訪れる田舎のパン屋さんなのだ。

鳥取県智頭町

タルマーリーが位置する鳥取県智頭町の推計人口は、2023年7月1日時点で、5,982人。面積の93%を山林が占めている小さな町である。そこで野生の菌と天然水を使い、パンと地ビールを作っている。このような場所でどのような繁栄の法則があるのか?先に言っておくと、このタルマーリーは、売上や利益の拡大を目指していない。前述の著書では「利潤を生まない」とはっきり書いてある。著書にはお店の数字も公開されている。

パンの平均価格は400円。1週間に3日店を閉めて休んで、年1ヶ月は長期休暇をとる。月々の売上は200万円前後で、年間で2000万円強だ。働いているのは、僕と妻のマリ、一緒に仕事してくれている湊くん、三浦くん。渡邊家のふたりの子どもとあわせ、計6人の家計を支えている。

渡邉格(著)田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」

ツッコミどころ満載のユニークなパン屋さんであるが、まずは冒頭のパンの平均単価400円に驚く。こんな田舎でパン400円は可能なのか?

タルマーリーのWebサイト(2023年8月時点)を見てみると、サイト上部には「カフェ&ホテル」「取扱店舗」「2023年度サポーター」「通販」というタブが並ぶ。これらは通常店頭販売以外の販路だ。まさにポツンとパン屋さん第二の繁栄の方則の「販路を増やす」が実践されている。自社のカフェやホテルを通して販売することも、全国に卸すことも、全国の一般消費者に販売することもできるのだ。

取扱店舗をクリックすると、「パンが買えるお店、地ビールが飲めるお店」というタイトルで店舗リストが並んでいる。パンの卸先は、関東11店舗、北陸2店舗、東海2店舗、関西6店舗、中四国9店舗、九州2店舗の、全国合計32店舗である。

なぜ田舎のパン屋さんにこんなにも卸先があるのか?その理由は商品力とマーケティングにあると筆者は考える。まず商品に関しては、タルマーリーしかないユニークな商品を作っているということである。タルマーリーのパンの特徴は野生の菌から自家培養で酵母菌を育てているのだ。詳しくは、前述の「田舎のパン屋が見つけた『腐る経済』」に加え、2021年5月に出版された「菌の声を聴け タルマーリーのクレイジーで豊かな実践と提案」を読んで頂きたいのだが、タルマーリーのオーナーである渡邉格氏は、菌と酵母に没頭して探究し、実験を繰り返した末に、ユニークなパンを作り上げている。著書の「菌の声を聴け」には、ビール事業に参入した理由は、「パン作りに必要なビール酵母を大量に安定的に仕込むため」と書かれている。根幹の酵母があっての、パン作りなのだ。

筆者も現地で食べさせて頂いたが、今まで食べたことの無い独特な食感と風味であった。筆者が500店舗まわった中でも、本当に唯一無二だと感じる味わいである。

2つ目の理由はマーケティングに関してである。マーケティングは、オーナー夫妻の広報力である。まず、前述の書籍はが大きな起点になっていると思われる。本を出していると、信用力がつき、書籍に関連した講演会・勉強会として出演依頼がかかるのだ。実際、タルマーリーのWebサイトインスタグラムを見てみると、国内外問わずの出演時の記事が数多く見られる。このように商品力とマーケティングにより、個性のある商品を作る→本やメディアを通じて全国に伝える→全国から注文、という流れができていると考えている。

ところがちょうどこの記事を書いている最中に、タルマーリーのインスタグラムでは以下のお願いがポストされた。

今月から、大きな変化がありました。タルマーリーではパンやビールの配送業者としてヤマト運輸を利用しておりますが、今月から配送サービスの内容が変更され、今まで翌日到着が可能だった関東への配送が、翌々日到着となってしまいました…。このため、これまでパンを卸していた一部のお店と、お取引が難しくなってしまいました。

https://www.instagram.com/talmary.chizu/

3年前からコロナ禍でお店の集客が大幅に減り、それからパンの発送を増やしてなんとか経営を維持してきました。
世の中が通常に戻りつつある今、発送よりも店頭への集客を増やす方向に動いております※1 が、正直のところ早急には実現できずに苦戦しております。

ちょうど卸事業が困難に直面していたのだ。しかし、このような状況下にあっても、複数の販路があると、ゼロイチよりかは対策を立てられやすいと考えられる。例えば、コロナ禍でダメになった店頭営業を、代わりに全国通販が支えたり、今回はその逆で店頭販売に力を入れることもできる。

ポストの最後には「逆風が強ければ強いほど、それを力に変化を続けてきた私たちですが、今も大きな変化で面白い渦を巻き起こそうと奮闘しております。」と書かれている。常に変化し続ける、力強い生命力を感じるパン屋さんである。タルマーリーが気になる方は是非著書も含め、チェックして頂きたい。

全国の一般消費者に販売する

ここで前回の記事に少し登場した「生瀬ヒュッテ」をあらためて紹介する。

兵庫県西宮市

生瀬ヒュッテは2016年1月、兵庫県西宮市北部の山間にあるパン屋さんである。完全予約制であるため、「幻のパン屋」と呼ばれている。パンを購入する方法は、Webサイトで月替わりののパンメニューを確認し、毎週月曜日の10時から14時行われる電話予約受付時間内に予約しなければならない。関西のお客さんだけで無く、全国から注文が入り、売り切れるとその時点で終了である。電話が繋がると、店頭受け取りか、冷凍発送かを選択する。店頭受け取りも冷凍発送も、同週の火曜日から金曜日で行われる。

2023年8月のパンセットは、4,200円に送料も加わり、最終の支払い金額は6,000円弱ぐらいとなる。

<8月のパンセット>
4200円税込み、送料と代引き手数料別
•山小屋食パン
・ハードトースト
・胚芽の山食パン
・天然酵母 瀬戸内レモンと天草晩柑の山食パン
・天然酵母 フォカッチャ クアトロフォルマッジ(ゴルゴンゾーラ、モッツァレラチーズ、パルミジャーノ、ゴーダチーズ)
・天然酵母 カンパーニュ ハワイアン
(マカダミアナッツ、ヘーゼルナッツ、
コーヒー、レーズン)

http://boulangerie-takeuchi.com/

先ほどのタルマーリーと同様、値段が高い上に、指定の時間に電話しなければならないという不便さもある。店頭受け取りにしても、都心部から離れており、電車で行っても駅から少々離れている。それで完全予約制は成立するのだろうか?

実際筆者は10時に電話をかけてみたが、繋がらず。10時半にもう一度かけても繋がらず。少し時間を空けて13時にかけたところ、ようやく繋がり注文することができた。どれぐらいの注文があるかはわからないが、2016年1月から2023年8月まで営業は続いているのは確かである。

この完全予約制を、真っ新なオープン時点から行うのは非常に難しい。それを可能にしたのが、竹内氏が生瀬ヒュッテの前に、大阪市内で営業していた「Boulangerie Takeuchi(ブランジュリタケウチ)」である。ブランジュリタケウチは、多い時で1日1,000人が行列を作る超人気店で、その時からのファンがたくさんいるのだ。当時の売上は1日100万円を超えることがあったと言われているが、生瀬ヒュッテとして移転オープンしてからは、一気に店の規模を小さくし、売上は5分の1になったと言われている。よって、大雑把な計算をすると、売上20万円/日×4日(火水木金)×4週間で、月の売上は400万円ほどだろうか。

大雑把な売上規模は分かったが、そもそも1日1,000人が行列を作る超人気店を作ることが、言うまでもないなく1番難しい。

竹内氏の著書「ブランジュリタケウチ どこにもないパンの考え方」にはこう書かれている。

僕は他にないパンを作りたいから、他店のパンやパンの本は見ない。その代わり、レストランや雑貨店では店を出るまでにパンを1個は考えるようにし、本や雑誌もジャンル問わず月に50〜60冊に目を通していた。オリジナルのパンを焼こうと思ったら、パンだけを作っていてはダメ。何でも興味を持ち、この店はなぜ人気なのかといった問題意識を持たなければ。

竹内久典(著)ブランジュリタケウチ どこにもないパンの考え方

前述のタルマーリーでは、渡邉氏が菌にのめり込む中で、他にないパンが出来上がったが、生瀬ヒュッテは、竹内氏が意識的に他にないパン作りを目指しているのだ。ここで、ポツンとパン屋さん第三の繁栄の方則「ユニークを追求する」が新たに生まれた。

最後に

ポツンとパン屋さん第一の繁栄の方則:県外から集客
ポツンとパン屋さん第二の繁栄の方則:販路を増やす
ポツンとパン屋さん第三の繁栄の方則:ユニークを追求する

改めて並べてみると、順序としては第三の「ユニークを追求する」が最初に来るように思う。強烈なユニークさがあってこそ、県外から集客したり、販路を増やしたりすることもできる。もしくは、それらがやりやすくなる。逆にユニークさが無ければ、戦いづらくなる。例えば、お店の中では1番人気かもしれないクロワッサンも、全国で販売するとなると、無数のクロワッサンと競争することになる。つまり、販路を増やしたからといって、すんなり売れるわけではないということである。一度立ち止まって、地区大会では無く、甲子園(全国大会)に出るとしたら、勝負できるのか?は自問自答すべきかもしれない。

人生においても同様のことが言える。自分のユニークさは何か?強みは何か?凄く考えさせられる良いきっかけとなった。パン屋さん繁栄の法則を考えながら、自身の人生繁栄の法則も考えていきたい。ポツンとならぬよう(笑)。


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