見出し画像

M・一途「美少女動物園にて」(短編小説)

今回の記事は、自分が過去に企画した同人誌『共感性致命傷説集 vol.1』に掲載した架空のインタビュー原稿です。

頒布したのももう2年前ですし、boothの在庫も既にないのでここに再掲します。

今後も、過去原稿をいくつか載せようと思っています。(当然ですが、自分で執筆したものに限ります!!!)

それではどうぞ。

僕が担当する檻には「白いワンピース少女」がいる、らしい。僕には見えない。

毎日たくさんの人が園にやってきて、彼女を熱心に見ている。ときどき子供たちが絵を描いて見せてくれるが、どの絵も微妙に違うので彼女が本当はどんな姿なのか、よくわからない。

「トクナガくんが羨ましいな」

と、休憩中に同僚のスドウくんが話しかけてきた。

「トクナガくんは、大変名誉ある仕事に就いているからな」

それは知っている。担当の檻が決まった時、さんざん言われたことだ。

「トクナガくんは、彼女とどんな話をするんだ?」

僕は彼女と話したことなんてない。僕には彼女が見えない。そう思い切って打ち明けてみると、またそんな嘘をと笑われてしまった。弁当を食べ終わったので、僕は彼女の檻に向かった。
その檻の中には縁側があり、お盆の上に麦茶が載っている。麦茶は時々減っている。檻には365日夏の日差しが照っているから、蒸発してしまったのかもしれない。檻を開けたら、始めるのは掃除だ。午前と午後、一回ずつ掃除をしなければいけない。重要なのは、やっぱり縁側だ。彼女はいつもそこに座っているらしいので、特段綺麗にしておく必要があるのだ。雑巾がけをしようとすると、彼女は立って見物客の方に歩いて行く。大勢の人がカメラを回し、絵を描きだす。なにかメモを取っている人もいる。掃除を終え、僕は彼女の檻を離れて事務所に向かった。

妻が息子を連れて遊びにやってきていた。時折やってくるのだが、妻には、息子を僕の担当する檻に近づけないよう頼んでいる。

「どうして?せっかくだから、見せてあげたら良いじゃない」

「見たって面白くないし、少し恥ずかしいよ」

「そうかな」

本当は違う理由だ。もし息子にも彼女の姿が見えてしまったら、なんだか恐ろしくなってしまう。どうして僕にだけ見えないのか。何度も考えて、結論が出なかった悩みにはもう、悩まされたくないのだ。

「あの子、とっても可愛いんだから会わせてあげたら良いのに」

妻には見えるらしいのだ。彼女と結婚する前、一緒にこの園に来た。まだ、戦闘美少女を捕獲する技術が人類になかったころだ。ここには極めて危険の少ない美少女しかいなかった。その中の一人が「白いワンピース少女」だった。「あなたもこういう子が好きなんでしょ」と妻に言われたが、僕にはなにも見えなかった。

***

ある時、移送作業があった。何人かの美少女が死んだのだ。業者が集まってきて、彼女たちをトラックに積んでいった。彼女たちはどうなるんです?と僕は聞いてみた。業者は、なんだそんなことも知らないのか、新人か?と笑いながら教えてくれた。

「当たり前だが、まず生まれた美少女は動物園に入る。生きているからな。そして死んだら、剥製になって美少女博物館に入る。もし野生の美少女が……特にあまり見かけない美少女が見つかれば、状態次第ではその骨を、やっぱり博物館に入れる」

その話をスドウくんにしたら、トクナガくんはそんなことも知らないのかと呆れていた。美少女は人物じゃなくて動物なんだから、死んだら博物になるのは当たり前だろうと言われた。僕は、「そういうもんかな」と思った。じゃあ、彼女は。「白いワンピース少女」も、剥製になるのだろうか?僕に、その剥製は見えるのだろうか。

***

「ねぇ。」

園内を歩いている途中に呼び止められた。そこは学園エリアだった。僕を呼び止めたのは、「ツインテール少女」だった。

「あんたさ、あの子のこと見えないらしいじゃん」

「……あの子って、「白いワンピース少女」のこと?」

「そう。本人から聞いたよ?あんた、飼育員として失格じゃん。自分の飼育員が自分のこと見えないとか、最悪なんだけど」

「そうは言っても、見えないのは仕方がないじゃないか」

僕は平然と答えたけど、内心ビクビクしていた。僕には彼女が見えていないのだ、と皆にバレたら園を辞めなければいけないだろうか。しかし、今までそうならなかったことが奇跡なのかもしれない。少し考えたらわかることだ。「ツインテール少女」と同じように、彼女だって僕に話しかけたりすることがたまにはあるだろう。ただスドウくん曰く、彼女はあまり積極的にコミュニケーションを取らず、静かに微笑んでいるタイプらしい。僕と彼女の間で意思の疎通ができていないことがこれまで誰にもバレなかったのは、単に彼女が大人しい性格だったからというだけなのだ。

「彼女、怒ってる?」

「怒ってないけど、寂しいって」

そりゃあそうだろうな、と思う。スドウくんなんかは、閉園後によく自分の担当する美少女と園内を散歩したりするらしい。それに比べて僕は彼女の声が聞こえず、姿も見えず、話しかけたこともほとんどないのだ。

「あんたってさ、信じてないの?」

「彼女がそこにいることを?」

「そう。あたしの存在は信じてるでしょ?見えてるんだからさ。でもあんた見えてないってことは……やっぱり本当は信じてないんでしょ。あの子がいること」

そうなのかもしれない。でも、仕方のないことじゃないか。だって見えないんだから。声だって聞こえないんだから。

「声が聞こえないってのは妙なのよね……あたしたちにとって声は唯一の肉部分。多少は響きや鳴りが違うけど、ほとんどあんたたちと変わらないはずなのに。……逆に、声だけなら聞こえないかしら?」

というわけで、実験してみることにした。「ツインテール少女」に携帯を預け、僕は事務所の方からその携帯に掛けてみた。

「なに?早いんだけど。まだあの子に渡してないわよ」

「あ……ごめん」

「ていうか、あの子と何を話すか決めてるの?いきなり謝罪とかすんのはやめなさいよ。気持ち悪いから。普通にしてね。普通に」

彼女と何を話すのか。まったく考えていなかった。今注意されなければ、開口一番謝罪していたかもしれない。他のこと……でも、今まで散々その存在を認知していなかった相手に、最初にかけるべき言葉ってなんだろうか。

「今、檻ついた。……代わるわよ」

彼女の声は、聞こえるだろうか。

「……」

「……」

もう電話の相手は代わったのだろう。お互い沈黙が続く。

「……いい加減にしなさいよ!電話ってのは話すためにあんのよ」

「ツインテール少女」に代わったのか?

「なんて。なんか、普通に喋るのが恥ずかしくてあの子の真似しちゃった。初めまして……じゃないよね。いつも、ありがとう」

代わっていなかった。本物が後ろでブツブツ言っているのが聞こえる。それより……これが彼女なのか。

「あの……」

「いいの、何も言わないでいいの。私は君の声をずっと聴いてきたんだもん。だから、今は私の声を聴いて」

素直に黙って、彼女の声を聴いていた。そのうち、自然と足が動いた。気づくと子機の接続は切れており、僕は彼女の檻の前まで来ていた。

「あんた……」

「ツインテール少女」が、驚いた顔をしていた。やっぱり、白いワンピースの少女は見えなかった。声も聞こえなくなっていた。

***

また、妻が息子を連れて園にやってきていた。

「たまには博物館の方にも行ったら?」

「あんまり好きじゃないの、あっちは。……それより、白ワンピの子、最近元気ないよ」

そうなのか。原因はやっぱり、電話を途中で切ってしまったことなのだろうか。

「喧嘩とかしたなら、仲直りしなさいよ」

そう言って妻は去っていった。仲直りといっても。あれから電話をしても彼女の声は聞こえなくなってしまった。ツインテール少女も、なんであんな勝手なことをしたのかと怒って、それから僕を見ても指を立ててくるばかりで喋ってくれなくなってしまった。

「トクナガくん、仕事上手くいってないのかい」

スドウくんは、今日も弁当を楽しそうに食べていた。同僚に「仕事上手くいってないのか」と聞かれるのはなんだか違和感がある。そう言うと、スドウくんは笑った。

「トクナガくんはまったく、細かいことばっかり気にしてるなぁ。トクナガくんくらい神経衰弱だと、いつか失敗しちゃうよ。白いワンピースの少女の担当なんて、名誉ある仕事なんだからね、気をつけた方が良いね」

前から気になっていたんだけど、この仕事はどうしてそんなに素晴らしいものだとされているんだろう。スドウくんに聞いてみると、彼は箸をおいて、腕組みをしながら今度こそ本当に呆れた顔をした。

「トクナガくん……最近おかしいよ。冗談はやめてよ。こないだも彼女が見えないとか言っていたし……あれも冗談だよね?」

スドウくんは怒っていた。喧嘩にしたくなかったから、冗談だよ、見えるに決まってるよ。と答えた。

「そうじゃなきゃ、担当を1年も続けることなんて出来ないだろ?」

「そりゃあ、そうだ。あ、でも……」

スドウくんはもう怒っていなかった。それどころか、少し笑いながら──面白い冗談を言う時の顔で、こう言った。

「本当にその仕事の名誉がわからないなら……彼女のこと、見えないかもね」

スドウくんはそう言うと弁当を片し、自分の担当する檻へと戻っていった。僕は何も知らないのにこの仕事をしているのか、と少し嫌になってきた。面倒な電話が数件かかってきて、更に嫌になった。事務所から逃げるように園内を歩き回り、そのうち仕方なく彼女の檻にやってきた。やっぱり彼女は見えなかった。そんな日に限って、ずいぶん檻の中は汚れていた。僕はうんざりした。どうして、価値もわからず、姿すら見えないもののために仕事をしなければいけないのか。苛立ちながら雑な掃除をしていたら、バケツの水をひっくり返してしまった。僕の苛立ちは募り、後の作業を全て放って家に帰った。

***

その夜、なにものかによって美少女動物園の檻がすべて開け放たれてしまった。夜勤の従業員たちは、美少女たちに襲われて死んでしまった。戦闘美少女のエリアなんて、それはそれは悲惨だったらしい。彼女たちは今も街を飛び回り、世界を終わらせるような戦闘を繰り返している。僕は呆然としながら朝のニュースを観て、それでも出勤し、「白いワンピース少女」の檻を掃除していた。相変わらず僕には見えなかった。午前の作業が全て終わり、縁側に腰を下ろした。街の方からはすごい音が聞こえてくる。すると、息子が向こうから駆け寄ってきた。

「なんでよりによって、今日来たんだ?」

「約束したから」

「誰と?」

「お父さんの、働いてる檻の子!あっちで一緒に遊んだ」

やっぱり、君にも見えるのか。そして今、彼女は檻にいないのだ。見回してみた。いつもの、誰もいない檻の中。本当に誰もいないのだ。見えないのではなく、いない。そう思うと落ち着いた。

「彼女、怒ってなかった?」

「全然。楽しそうだった。一緒に遊んで……また会うって、約束した」

息子に檻の鍵を渡した。嬉しそうに走っていく後ろ姿を見送って、僕は二度と園に戻らなかった。


「戦闘美少女」「セカイ系」「白いワンピースの少女」といった、いかにも感傷マゾの同人誌に出てきそうなものを扱った小説です。出来は微妙な気もするのですが、なんか好きです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?