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最後のバレンタイン

窓を打つ静かな雨音が、春の訪れを告げている。
そんな如月の頃、私はあと何回このセーラー服を着るのだろうと考えていた。

――私、卒業するんだよね。

赤いスカーフの結び目を整えながら、独り言ちる。声に出してみても、実感が湧かなかった。
三年生になってからの約一年は、それくらいあっという間だったのだ。
志望校、模試、補習、塾、受験、合格……。そんな言葉を何度も目にしながら、友人達と励まし合い、誰かと競い合い、計画通りにすべてを進める。
そんな毎日を繰り返していたら、もう新しい春は目前だった。

――貴志に伝えようかな。

恥や失敗という経験にひたすら臆病な性格の私は、好いた人に想いを告げたことが一度もない。友人から恋人との出会いや、デートの話を聞いても、それは私には縁のない御伽噺のような気がしていた。
だけど、このまま卒業してしまったら、貴志とはもう一生会えないかもしれない。その悲しみは、彼に気持ちを受け入れてもらえなかった場合の救いでもあった。
それに、貴志は推薦で大学が決まっているから時間的な余裕もある。きっと私の話を聞いてくれるだろう……なんて。
どこまでも、器の小さい自分に自己嫌悪。

身支度を整えて、居間に向かう。物凄く脚が重い。
食卓を囲む母と妹が、朝の情報番組を見ながらバレンタインデーの話題で盛り上がっていた。

妹は手作りチョコをプレゼントするつもりらしい。母に手伝ってくれるようお願いしている。

――あの、私も手伝おうか?

そう切り出した自分に少し戸惑ったが、私以上に母と妹が驚いていた。
だけど、面に感情を出したのは一瞬で、その後はいたって自然な感じで家族みんなでチョコを作る話にシフトしていったのが、逆に痛々しかった。
それでも、私はバレンタインデーに貴志に告白するのだろう。
たぶん。
いや、きっと……。
絶対。

シナリオライターの花見田ひかるです。主に自作小説を綴ります。サポートしていただけると嬉しいです!