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ポツポツ。

『ここで嘘ついたって仕方ないから言うけどね...』

私が働くBARの常連さんが酔っ払ってちょっと重めの話をする時の決まり文句。私は常連さんの口からこの言葉が出るといつも少しワクワクする。

『今日はどんな話が聞けるんだろう』

BARで働き始めてから夜の世界の不思議な魅力を知った。お酒はなんだかいいものだと思うようになった。この場所を守って行きたいなと思うようになった。

それまではなんとなくBARとかって遠い存在だったし、足繁く通う人たちが何故そんなにBARという場所に拘っているのかよく分からなかった。あまりお酒が強い訳でもなく好きな訳でもなかった私は大学生が飲み潰れる居酒屋のようなところで飲むお酒しか知らなかった。

まだたった3ヶ月しか働いていない私がBARについて語るのは100年早いような気もするんだけど、たった3ヶ月しか働いていない私だからこそ感じるこの場所の魅力があるはず!

私がBARという場所の魅力に気付き始めたのは働き始めてから1ヶ月半くらい経った頃。ようやく常連さんとも仲良くなって、色んなことを話して貰えて、お酒も大体自分で作れるようになった頃。

いつも来てくれる30過ぎの常連さん。最近恋人と上手くいっていないという話をポツポツとしてくれた。距離を置くかも知れないという話。もうダメかもしれないという話。彼女の好きなところ、魅力的なところ、ダメなところ、沢山私に話してくれた。

私はそのお客さんの本名を知らない。いつも一杯目に飲むお酒は分かるけど。

お客さんも私の本名は知らない。なのに私にこんな大事な話をしてくれている。他人にはなかなか言いづらいだろう事を話してくれる。弱い自分を躊躇なく見せてくれる。不思議な空間だと思った。

プライベートでは関わることが無いからこそ言えることがあるんだなと初めて実感を伴って分かった。よく知らない人にだからこそ吐ける弱音や愚痴があるんだなと。

ひとしきり話してくれて、お酒も程よく回ってきた時にそのお客さんがポツリと

『ここで嘘ついたって仕方ないから言うんだけど、俺は弱い人間なんよ。』

と一言。なんて返そうかと考えている間にそのお客さんは半分くらい残っていた生ビールをグッと飲み干し、

『スプモーニュを』と言った。

このお客さんは悲しい話をする時だいたい3杯目くらいからなぜかスプモーニュを飲む。いつもスプモーニュだなとか思っているうちに返事し損ねた。

そこからまたいろいろな話をしてから午前3時頃その人は帰っていった。

『ここがあるからまた俺は仕事に行けるんよ』

という言葉を残して。

人間はみんなそれぞれに悲しみとか、やるせなさとか孤独とかを抱えていて、それでも朝起きて仕事に行って、人に会ったら笑顔を振りまいて、帰ったらお風呂に入って、寝て、起きて、また1日生きてて。

そんな風にしてると心が錆びついちゃったりする時もやっぱりある。

その時にお酒を飲んで普段言えないことも全部言えてしまう場所に人が吸い寄せられるのって至極自然なことなんだなと。

BARという場所はいい意味でお互いに無関心なことが多い。心配りはするけど余計な詮索はしないし、BAR以外の場所で会ってもあの日話したことはなかった事になる。こう書くと少し寂しいようにも感じるけど、そのちょっとした冷たい温かさのある居場所に救われてる人が沢山いる。

私はまだまだ子供で話を上手く聞ける訳ではないし、傷ついている人の心を癒すような気の利いた一言もなかなか言えないけど、この空間を守ることはできるんじゃないかなと感じていたりする。

私は私なりの気配りで今日も常連さんの疲れた心を癒す。

1杯目のお酒を覚えていたり、ビールグラスの外側に着く水滴を拭いたり、その人の好きな曲をカラオケにさりげなく入れてみたりしながら。

ここで飲むお客さんの幸せな時間を守って行きたいなと思いながら。



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