タカダの異常な愛情:または私は如何にして心配するのを止めて長岡を愛するようになったか


人口減少とシェアリングエコノミー

少子高齢化、人口減少が叫ばれて早20年。地方では人口減少が止まらない。
経済は、生産活動・消費活動×人口で成り立つので一人当たりの生産・消費の金額が減るか、人口が減るかで規模は縮小していく。
地方創生のお題目のもと、定住人口をいかに増やすか移住政策を試行錯誤したり、交流人口を増やすためにインバウンドや観光産業に力を入れようと日本中で争奪戦を繰り広げている。
結果として、北海道や沖縄、京都などの圧倒的なキラーコンテンツを保有する地方には、その他大勢の地方自治体では敵うことはできず、レッドオーシャンに漂流してしまう。
しかし、時代は人口をシェアする方向にかじを切っている。

新型コロナウィルス流行で多くの犠牲が出たが、唯一といっていい成果は「リモートワークやオンライン会議が当たり前になったこと」であると思う。
リモートワークの技術が普及し、インターネット環境があれば、どこにいても仕事をするうえで支障がないレベルのコミュニケーションをオンラインで行うことができるようになった。
スマートフォンの高度化とSNSの多様化により、マスメディアではなく、一人ひとりが自身の意思を持って情報を発信し、そして受信するインタラクティブメディアが当たり前になった。
これはすなわち、「地方都市を拠点にしながら東京で働く」「東京に住みながら週1で地方を過ごす」「田舎に暮らしながら海外の方を相手に商売をする。」というように働き方も、あるいは「この地方都市のファンになったので実際に行く回数は少ないが毎日の食材や生活用品はこの地方のネットで買う」というファンになった地方と何らかの関係を持った人たち=関係人口を増加させる要因となっている。
めずらしいところでは、新潟県長岡市山古志地区(旧・山古志村)は中越震災以降20年で人口は1/10に減少してしまったが、メタバースという仮想空間に山古志のコミュニティを作り、メタバース上で交流するという仕組みを構築している。そして、定期的にオフ会を行い、実際に山古志に集まるということもしている。
すでに時代は定住人口を奪い合うのではなく、人口をシェアする社会なのだ。
地方都市が成長するためには、観光客という一時的な交流人口ももちろん大切だが、その地方のファンとなり、継続的に関係を持ち、経済的な交流を続けられる関係人口を増やすために、ファンづくり・滞在場所や交通手段を含めたインフラ・コミュニケーションの場を構築していかなければならない。

田舎の資本主義者

平成の大合併から20年以上経ち、各地の地方都市の内部では二極化の一途をたどっている。中心地ではマンションが立ち並び、周辺部では人口が減少している。コンパクトシティの論理は極めて合理的であり、インフラ整備にかかる経費も少なくて済み、人口が集中したほうが店舗や企業も稼働しやすい。
ポツンと一軒家のために道を敷き、電線を引き、除雪をする。
その経費を考えれば、引っ越したほうが安いのは自明の理である。
とはいえ、周辺部の過疎化による課題は大きい。人の手が入らないことで里山は荒れ放題となる。治安が悪くなり、事件や事故があってもだれも気付かない。都市や海外の方がその土地を買い、よくないことに使われることも考えられる。
何よりも、その地方の特色である自然や文化が失われることにより、地方都市のユニークさがなくなってしまう。地域資源は都市部よりも里山に多く存在している。
しかし、その里山の維持はお金と人手がかかる。お金も人でもないから、都市部に引っ越せざるを得ないのだ。
この堂々巡りをクリアするためには、「田舎がお金を稼ぐこと」以外の手はない。
関係人口を作り出す田舎、ということだが話は単純ではない。
お金を落としてください、と口をあんぐり開けているところに来る観光客はいない。その地のファンとなり、継続的に関係性を持ちたいと思う人はその地が持つストーリーを知り、人を知り、自然や文化に魅了されて初めてファンとなってくれる。
小汚いお土産屋がならぶところではなく、感性を刺激してくれる、あるいは癒してくれる場所を求めているのだ。
その田舎が人々を魅了するコンテンツとは何か、何を伝えたいのかをしっかりと考え、その地を愛して、初めて人々を巻き込む「稼げる田舎」が生まれる。食、自然、おまつり、建物、SNSやオンラインショッピングでは味わえない体感を、経験を提供することを人々は求めている。

廻り集いて回帰せん

B級グルメというものが、まちおこしのブームになったことがある。安くておなか一杯になる料理を日本中で争った。
確かに、そのB級グルメを食べてみたいと多くの人が訪れたことだろう。しかし、そこで動いたお金は地域全体に循環したか。
小麦は100%海外からの輸入品だ。野菜やお肉だって、安いグルメのために地元の生産者を潤せるとは思えない。
安さを求めれば、結局のところ、自分たちの首を苦しめる。
本当に、その地域のためを思うのならば、地産の食材だけで完結できるグルメを目指すべきなのだ。
A級グルメ、その地域の食、自然、文化、すべてを味わえるグルメこそ真の意味でその地域のためになる料理だろう。
料理を一例にとったが、地域の発展のためには地域内でお金も物も循環するようにすることが不可欠だ。そして、何より都市部や海外から訪れたい人はその地のすべてを体感したいのだ。
良質なものを提供できるところに良質な顧客は集まる。顧客単価を上げれば、地元の生産者に貢献できる価格で仕入れをすることができる。
当然、そのためにはサービスの質を上げなくてはならない。
与えるものと得るものは等価交換であることは資本主義の原理である。
より顧客に満足して継続的に関係性を保つためにはモノやサービスの質を高め続けなくてはいけない。
特定の企業や人だけでは賄いきれない事業だ。地域全体で一緒に取り組む必要がある。
そうして、地域内で人とお金が循環し、協働し、渦を描いていく。その渦が地方都市の周辺部でいくつも巻き起これば、全体が活性化する。
事業継続性、持続可能な都市づくりは、細部から始まるのだ。
ヒトもモノもカネも廻り、集まり、そしてまた地域に戻って行く。

自己実現の手法としての地方生活

東京は世界有数の大都市だ。そこに行けばなんでもある。技術も、料理も、起業も、デザインも、日本の一流はそこに集まる。
自らを高めたい、学びたいと思う人が東京を目指すのは至極当然なことだ。
だが、その先は?
流行り廃りの激しい大都市で、レッドオーシャンで戦い続けるのか?
その業界で一番になりたいのならば東京で活躍するしかない。
しかし、自分が納得できるライフスタイルを維持しながら、夢を追いかけるのならば、間接アプローチを取ることもおすすめだ。
地方で生活しながら、地方で活動をしながら、それでも東京に負けないモノやサービスを作り出したい。大都市にはない、地方ならではの資源を活用して作り上げたい。
そのような野心を持つ人にとって、自己実現の手段として地方を活かすことはなんら不思議なことではない。
自分が成功するために田舎を使う、というと忌避する方もいるかもしれないが、事実として間違っていない。
田舎の食と自然と文化をフルに活用して、ミシュランで星をとるレストランをつくりたい。
そのためだけに2時間3時間もかけて東京都港区から金持ちが来るサウナを作りたい。
田舎暮らしをしながら、世界中にファンがいるアパレルブランドを作りたい。
そう思う野心家が増えれば増えるほど、その地域全体に普及することは可能だ。
自分のため、が回りまわって地域のためになるのだ。

あのバカにやらせてみよう

経済が低迷し、社会が不安定化すると人は誰しも保守的になる、という。あえて冒険するよりも、安定的な職業や今を生きることに固執するのだ。
それは人の生存本能として当たり前のことである。だが、受け手ではジリ貧になることも見逃してはならない。
「保守せんがために改革する」はエドマンド・バークの言葉だが、大切なものを守るためには時代や情勢に合わせて改革を続けなくてはならない。
変わらないために変わる。
これは地域においても重要で、伝統と呼ばれるものも紐解けば最初に始めた人がいて、それが良いものだということで受け継がれてきたのだ。
良いもの、でなくなりそうになった瞬間に古くから受け継がれていたものは失われる。
常に時代の先端にアンテナを張り、多様な社会に目を向けて広く柔軟に受け入れていかなくてはいけない。
その時に、必ず違う目線の人間が出てくる。よそから来た人、若い人、地元出身だけど市外で勉強してきた人。
そのような人の意見を取り入れ、一緒にやろうという気概がなければ改革はできない。
「あのバカにやらせてみよう」は2000年代、ITバブル期にベンチャー起業家を相手に流行った言葉だ。
努力バカ、とんでもないアイディアを出すバカ、異常な行動力のバカ、いろいろな種類のバカが夢見てベンチャー企業を興し、あるいは成功し、あるいは没落していった。
しかし、そのような人は常にどの時代にも、どの社会にも一定数存在する。そのようなイレギュラーで、枠外な人こそ大切にする社会でなくては、発展はあり得ない。
夢見る愚か者たちに乾杯を。

キミのはじまりの日へ

翻って長岡である。
私は学生時代と社会人4年を東京は新宿で過ごしていたこともあり、新潟のことはほぼ知らなかった。
長岡のことはある程度はわかる。しかし、新潟市ともなると地理感もさっぱりない。
そのような状況下で、長岡に帰されて、新しい人生を送ってきたわけだが、発見したことが二つある。
一つは、長岡市出身の有名人で長岡で活躍した人がほぼいないこと。
河井継之助ですら江戸や岡山での修行の成果をお殿様に見いだされて抜擢された。あとはだいたい、東京や世界に出て活躍した人ばかりだ。
そして、もう一つは外の世界を見て帰ってきたり、外から来た人の方が長岡の魅力を語っているということ。
10年来の知り合いは、千葉県出身で六本木で働いていたにも関わらず、長岡に移住し、長岡の魅力を誰よりも語っている。(しかも長岡でも田舎の川口)
他にも長岡で飲食店を出したり、起業したりしている人も多い。
長岡というのは、自分の力を振るってみるにはちょうどいいまちなのだ、大きさ的にも、地域資源の多さ的にも。
しかし、それらが個々で活躍していても地域全体を描いて活動しているわけではないので長岡全体が評価されるわけではない。
陰気くさい、古臭いまちのままでいいのか。
長岡のポテンシャルを活用し、おしゃれでたのしいまちをつくらなくてはならない。
打倒・東京、打倒・軽井沢、くらいの気概でやらなくてはならない。
長岡は観光のキラーコンテンツが花火くらいしかない。京都のように黙っていても人がくるまちでもない。
常に動き続け、学び続け、変え続けていかなくては100年先もこのまちがこのまちであることはない。
むしろ、東京の人間に「来させていただいている」「買わせていただいている」と思わせるくらいの気持ちでいなくてはならない。
かくして、長岡というまちをおもしろく、たのしく、おしゃれにしたい。
その一歩として、先ず自ら率先して店づくり会社づくりを進め、いろいろな人や団体と連携して描いていきたいと思うわけです。

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