これからの心理ケアと心理職の役割
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これからの心理ケアと心理職の役割

HIKARI Lab

今年のはじめに、カルフォルニア大の研究で「脳内に埋め込んだ電極で「喜びの回路」を刺激することで、難治性のうつ病が数分で改善した」という記事を見ました。(日本語記事:https://nazology.net/archives/80217?fbclid=IwAR3DIS8kM7GMf4XU9cwkda-VrxkGHNK1fMn48a-iMSGa0M6wINF8wgg0KOU 原文:https://www.nature.com/articles/s41591-020-01175-8

脳の特定部位に刺激を与えると「突然、心の底から本物の歓喜と多幸感を感じ、世界に色が戻ったように感じて笑みが絶えない状態に変化した」というのです。これを聞いて皆さんどう思いますか?画期的な手法でしょうか?不自然で怖いでしょうか?

この研究によって慢性的なうつが数分の治療によって治る可能性が高まりました。良くなりたいと真摯に思いながらも、長期間重度のうつ病に悩まされている方やその周囲の方であれば、これがどれだけすごいことかおわかりでしょう。

でも自分の意思とは関係なく、脳への刺激によって気分がすごくよくなってしまうというのは、自分以外のモノが自分を支配しているような感じがしてちょっと怖いですよね。あなたは、自分がハッピーになれるのであれば、脳への直接的刺激を受けることに抵抗はないでしょうか?

きっと多くの人がまだちょっと不安や怖さを感じるのではないかと思います。でもじゃあこのような手法が普及しないかというとなんとも言えません。というのも、今は世界中で課題となっているメンタルの問題に対して、世界中の科学者があらゆる最先端の技術を使って今までにない介入方法を模索しているからです。私は、我々が好む好まざる関係なく、今後世界はどんどんこのように最先端のテクノロジーをつかって精神に介入するようになっていくだろうと考えています。

これまでの心理ケアを振り返ってみると、最初は幼少期の記憶や無意識など、クライエントの主観をセラピストの主観をもって紐解いていくということが行われてきました。しかし、それではどうも客観性に乏しいということで、行動療法や認知療法、認知行動療法が生まれました。これらの心理療法はそれ以前のものに比べると数値的な研究が行いやすく、効果検証ができるという特徴がありました。このように心理療法が進化していく中で、当事者個人のみに焦点を当てるのではなく、心の問題を多角的に扱う社会・心理・生理モデルが盛んに使用されるようになりました。これは、人の心は社会活動、心、持って生まれた身体の特徴が複雑に絡み合っているとし、各方面から行うアプローチになります。例えばうつ病であれば、社会アプローチ→職場を変える、心理アプローチ→カウンセリングを受ける、生理アプローチ→生きづらさの原因と考えられる発達障害の特性を理解する、などの方法で介入が行われてきました。

それが近年ではどうも生理や遺伝の力が強そうだということがわかってきました。そして最近ではアメリカなどでは社会・心理・生理モデルではなく、遺伝の影響力も考慮した社会・心理・生理・遺伝モデルが主流になってきています。

例えば近年では、

自殺未遂者の脳に過剰に見られるタンパク質の生成元、遺伝子ACPIが特定された
ーAlec, R. (2017). The Industries of The Future.

強迫性障害は,眼窩前頭皮質,尾状核,帯状皮質のループが上手く働いていない
うつの人は,ブロードマン第25野が異常に活性化している
ーミチオ・カク(2015). 斉藤 隆央 (翻訳). フューチャー・オブ・マインド :心の未来を科学する: NHK出版.
*書籍の紹介までです。原論文にあたれてなくてすみません。


など、どうも生まれもった体質がメンタルに与える影響が強そうだということがどんどんわかってきています。

こうなってくると、精神疾患はひと昔前に言われていた「心が弱いからなる」なんていう根性論ではいよいよ語れなくなってきました。ガンや心臓病、脳梗塞などその他多くの身体の病気と同様の身体の病気と考えることができるからです。

そうすると、これまで実態がないとされ、カウンセリングなどで探り探りアプローチしていた心にどのように介入していくようになるのでしょうか?私は、きっとその他多くの身体の病気と同じように、どんどんと身体面へのアプローチが増えるのではないかと考えています。

精神疾患への身体面へのアプローチといえば、現在は投薬です。それが今は、先に紹介した脳への直接的介入や、遺伝子レベルでの介入の研究が始まっています。

遺伝子レベルでの介入というのは、どのようなものなのでしょうか?例えば将来的には、うつの原因となる遺伝子のスイッチをオフにしたりすることが可能になるなんてことが考えられます。どうやって遺伝子のスイッチをオフにするかというと、特定の遺伝子に働きかける投薬やナノ単位のロボットを身体に入れたり、もしくは、生まれる前に精神疾患の原因となる遺伝子を取り除くという方法がとられるかもしれません。

このようなアイディアを聞いて皆さんどう思われますか?もしかしたら、一部のフューチャリストの妄想だと思うかもしれません。しかし、2020年にノーベル賞を受賞したエマニュエル・シャルパンティエ教授とジェニファー・ダウドナ教授の研究によって、ゲノム編集がより容易になり、出生前に遺伝子を操作するデザイナーベイビーの実現可能性が一段と上がりました。(https://scienceportal.jst.go.jp/explore/review/20201020_e01/#:~:text=%E3%80%8C%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%82%B99%E3%80%8D%E3%81%A8,%E3%81%AE%E5%A5%B3%E6%80%A7%E7%A0%94%E7%A9%B6%E8%80%85%E3%81%A0%E3%80%82
というか既に中国ではデザイナーベイビーが生まれています(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO53993990Q9A231C1000000/)。

中国のデザイナーベイビーは遺伝子操作によって子へのエイズウイルス感染を防ぐ狙いがあったらしいのですが、この技術が普及するとそう遅くはなく遺伝性の精神疾患への適応が始まるのではないかと思われます。精神疾患で苦しむ人はとても多いですし、その周囲の人にも影響があるので、治療ニーズが高いからです。

ただ、このような技術をメンタルに応用するにあたって注意すべきなのは、これらの技術開発を行っている科学者は必ずしも心理の専門家ではないということです。つまり、心の専門家ではない人が、個人の心のあり方を遺伝子レベルで決めてしまうということです。なぜそれが問題かというと、よほどしっかりと心にまつわるトレーニングを受けていないと、自分がもっている人間の理想像を他人に押し付けてしまうということが起きやすいからです。

心理の専門家であれば、多くの場合、心の多様性に慣れており、寛容です。例えば、カウンセリングを行うにしても、なんでもポジティブに考えることを目指すのではなく、ある程度のネガティブさを受け入れていきます。賛否両論あるとは思いますが、ネガティブさを残すことで物事を多面的に考えられるようになったり、人生に深みが増したりするからです。ちゃんとしたセラピストが重視するのは、セラピスト自身の理想の人間像をクライエントに押し付けることではなく、クライエントが自分で決断していくというプロセスです。しかし、この重要性はある程度の臨床経験とセラピスト自身の心の成熟と健全さがないと、なかなかわかりません(セラピストでもわかっていない・できていないことは多々あります)。

もちろん、心の専門家でなくとも心の多様性に寛大な人はいるでしょうが、自分の価値観を自覚してそれを人に押し付けないというのはなかなか難しいことです。日々臨床を行っているセラピストですら、無意識に自分の理想をクライエントに押し付けてしまい、ベテランのセラピストに注意を受けるというのはよくあることです。

例えば非常に単純な例になりますが、ネガティブさを重視しない人が遺伝子介入の技術者だった場合、人はハッピーな方がよいと考えて、憂うつな気分を引き起こす遺伝子をなくしたデザインベイビーを作ることだって考えられます。そうするとその子どもはいつも多幸感に溢れているでしょう。それはそれですごく幸せなことかもしれません。でも、生きていく上で憂うつな気分を全く感じないというのは少し味気ない気もします。例えば、身近な人が亡くなっても、その子は落ち込むことなく故人が天国に行ったことを祝福できるでしょう。また、人からひどい目にあったとしても前向きに考えられるでしょう。これがいいのかよくないのか自体も個人の価値観次第ではあります。しかし、「そのように感じるココロにしたい」というのは、本人の意思に基づくべきではないかと私は思います。人によっては、身近な人が亡くなればしっかりと哀れ悲しみたい人もいるでしょうし、人からひどい目にあえばそれを嘆き、怒り、原動力にしたい人もいると思います。そういった“ネガティブ”な感情を経験する権利は誰にでもあるべきだと思うのです。なので、遺伝子編集が可能になったとしても、生まれる前から心の特性を決めつけるのではなく、ある程度自分で考えられるようになってから、求めれば遺伝子介入を行うことができる、というのが理想なのではないかと思います。

上記はあくまで私一個人の意見ですが、、テクノロジーが進化するにしたがって、今後このような倫理的議論がどんどん行われていくでしょうし、そうあるべきだと思います。私は、心理職の次の役割は、そういった技術がいっせいに外に出る前に、今まで全く関わりのなかった技術者と協働して、日々の臨床経験を元に心に一緒に介入していく方法を探っていくことではないかと思っています。そのためには、心理職の人たちが既存のやり方にこだわらず、新しいテクノロジーに心を開いていくことがますます重要になっていくでしょう。

今遺伝子分野はインターネットの次の1兆ドル産業といわれていて、世界中で我先にマーケットリーダーになろうと様々な技術が開発されています。そう遠くない未来、インターネットが瞬く間に世界に広がったように、研究過程を経て実用段階に上がった技術が一斉に外に出る時が来ると思います。その時に我々はどのようにヒトの生活をよりよくしようと思うのでしょうか?私は、本来人それぞれである”幸せ”を単一的に定義することなく、多様な幸せを許容して個人の意思を尊重できる社会であればいいなと思っています。

HIKARI Lab 代表清水あやこ

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