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行けたら行く、たぶんそのうちきっと

「磯野ぉ、野球しようぜ!」

大人になった磯野カツオは、友人・中島くんのこのテンプレ台詞を、ふとした瞬間思い出したりするんだろうか。

先月、生まれて初めてバーベキュー場という場所に行った。「来ませんか」と誘われたからだ。

何も考えず「行きます」と返事をし、約束の時間に待ち合わせ場所の豊洲駅へと集合し、十数名のメンバーと連れ立って会場までの道を歩く。ほとんどの人が初対面だ。イケイケな雰囲気漂うバーベキュー場に到着すると、すでに他のメンバーが準備を進めている最中で、参加者は総勢30名を超えていたと思われる。

バーベキューの流儀など一切知らないが、とりあえずバーベキューなので、すでに温まっていたロースターに肉を乗せてみる。もくもくと立ち上る煙に、肉の焼ける匂い。顔や髪が一瞬でべたべたになるのを感じる。焼いた肉を同じテーブルの人に渡す。お礼を言われる。隣で一緒に肉を焼く人とぽつりぽつりと話す。バーカウンターのような場所に飲み物を取りに行き、席について乾杯をする。まるっきり初対面の人や、オンライン上で何度か顔を合わせたことのある人や、実際に会ったことのある人と話す。

肉を焼き、食べ、談笑し、そのサイクルをぐるぐると繰り返し、22時に集合写真を撮って解散した。なんというか、すごく、夏だった。そしてすごく、楽しかった。

そもそもこれはなんの集まりかというと、詳しく説明すると長くなり本筋から逸れるので、「大人の部活のようなコミュニティ」と言っておく。数百名の人が出入りするこのコミュニティでは、オンラインやオフラインで、さまざまなイベントが開催されている。この日はバーベキュー大会が開催され、幹事であるメンバーの1人が声をかけてくれたので、私も参加してみたといういきさつだ。

別れ際、もう1人の幹事の人から、「横浜ナイトラン行こうよ」と誘われた。9月にコミュニティ内で開催される、ランニングのイベントがあるらしい。もう1年近くまともに走っていなかったので、「走れないし迷惑かけるから遠慮しときます」と断った。

2020年にこのコミュニティに入り、はじめは積極的に色々なイベントに参加していた私は、ある日を境に「籍だけ置いて何もしない幽霊部員」になった。自分の話題の引き出しの少なさや「参加するからには何らかの役割を果たさなければいけない」という自意識やその他諸々が積み重なって、うまく言えないがしんどくなってしまったのだ。またやる気が戻ってきたら参加しよう、そう思っていたがなかなかやる気は戻ってこず、最後にイベントに参加してから1年近くの月日が経っていた。いや、1年以上経っていたかもしれない。もうよく覚えていない。

「ウォーキングもあるよ」

そう言われて、そうか、ウォーキングもあるのか、と思った。「じゃあ行きます」と言った。ガラガラだった私の9月の予定表に、「横浜ナイトラン(ウォーク)」というイベントが書き足された。そして今日、ロマンチックにライトアップされた横浜の夜の街をウォーキングして、美味しい中華料理を食べて、帰ってきて、満ち足りた気持ちで今これを書いている。すごくすごく、楽しかった。声が枯れるほど喋って笑った。

どのくらい足が遠のいていたのかわからないほど足が遠のいていたコミュニティに、また再び参加するようになった理由はたったひとつで、「誘われたから」である。

自分の意思で、自分が本当に参加したいのか・楽しめるのかわからないイベントに参加するというのは、私にとってはとても難しいことだ。が、サラッと一言「来れば?」と言ってもらえると、なぜかそれだけで「え、じゃあ行こうかな」という気持ちになる。そして実際に行くと楽しい。きっと、「別にノリノリでなくてもよい、誰かを楽しませなくてもよい」という、自分の消極性を許容することで、余計なことを考えずイベントそのものをのびのびと楽しめているのだろう。がしかし、みんながみんな私のように受動的な参加者だったら、イベントは成り立たないだろうなとも思う。

私の参加しているコミュニティは、積極的に声を上げるコアメンバーによって支えられている。イベントを企画し、当日の段取りを決め、どうすれば参加者が楽しめるか頭を悩ませ、そういったことに途方もない時間と労力を費やしている人たちがいる。皆、仕事や家庭や他の趣味で毎日忙しく生きていて、決して暇人ではない。そして、彼ら・彼女らが次々にイベントを企画し実行する理由は、きっとただ単純に「楽しいから・やりたいから」だけではない。私は知っている。

人が集まり、出入りするコミュニティというものは、それ自体が生き物のようだ、とよく思う。何もせず放っておくとあっという間に血液が循環しなくなり、風化し、やがて初めから何も存在していなかったかのように形をなくす。だから、絶えず新しい空気を取り込んで“動かさ”なければいけない。

しかしコミュニティという生き物を動かし続ける人間もまた、生き物だ。さまざまな事情があるなか、誰もがずっとそこに留まっていられるわけではない。一番コアの部分を支えていたリーダーが、ある日突然いなくなってしまうことだってある。そうなってしまったら、残されたメンバーがその穴を埋めるしかない。かつてのリーダーが築き上げたもの・残してくれたものをなかったことにしないためには、絶えずコミュニティを動かして、守っていくしかない。

私だって、できることならこの場所を守りたいと思っている。その気持ちに嘘はないはずなのだが、それを実行するだけの気力や体力があまりにも不安定で、結局は「たまにしか現れない幽霊部員」に落ち着いてしまっている。

そういう私に、部屋の窓にコツンと小石でも当てるような、フランクな誘いを投げかけてくれる人がいる。

「長さん(私の名前)、バーベキューしようぜ」
「長さん、ナイトランしようぜ」

何も考えず「行きます」と言って、何も考えずにその場に現れることが、少しでもコミュニティを“動かす”ことに繋がっているだろうか。そうであってほしいと思う。

そして、願わくば彼らが私にしてくれたような誘いを、私もいつか誰かにしてみたいと思う。

カツオがサザエに説教されている最中、縁側にひょっこりと現れる、中島くんばりのフランクさで。

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