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宇宙童話 記憶保管所 記録係⑦ クリスタルの洞窟


 父さんが帰ってくる。

 夜空を眺めながら、いつものように「おやすみ」を伝えた。

あと、どのくらいで父さんに会えるのだろう?

惑星アーザンヌのことも聞きたいし、他にもどんな惑星を通ったのか知りたい。

そんなことを思いながら、ランプをそっと吐き消してふとんに入ると、あっという間に夢の世界に行った。


☆☆☆ 


 次の日、母さんは衛生局での仕事の打ち合わせで、朝早くに出かけて行った。

わたしは行く場所が決まっていた。

母さんが作ってくれたサンドイッチを布で包んでカバンに入れると、母さんが出かけるとすぐに家を出た。


 『川に行って、おじいさんにお礼を伝えなければ。

サンドイッチはちょうど2つあるから、おじいさんと一緒に食べよう!』


 雲が右から左へとどんどん流れていく。並木道はさわさわと風の通る音がする。

そして、川に着く頃には雲ひとつない青空が広がっていた。


 「おや、お嬢さん」

「おじいさん!会いたかったんです、お礼をお伝えしたくて。ありがとうございました!続きを読み解くことが出来ました。預かり石の持ち主の方もとても喜んでくださいました」

「それはよかった。あなが心からあの便り石を信頼していたからですよ」

おじいさんの座っている大きな平たい石の上にわたしも座った。

「サンドイッチ一緒に食べませんか?母さんのジャムサンドは本当に美味しいんです!」

「それはそれは、ありがとうございます」


 川がキラキラ光り、わたしとおじいさんが並んで写っている。

「昔、わたしが便り石の職人をしていた時に言われたことがありましてね。

石に呼ばれる人になりなさいと。自ら探すのではなく、石があなたを呼ぶのですと。便り石職人は、たくさんの石を扱います。ですから、石に好かれる職人になりなさいと。

この年になりましても、よい職人だったのかはわかりません。でも、あなたの預かり石を見て、わたしは嬉しかった。

あぁ、わたしの人生は間違っていなかったんだとはじめて思えたんですよ」


 風がわたしの前を勢いよく横切っていった。川が一瞬波打ち、静かになると川にはわたししか写っていなかった。

「おじいさん……、おじいさん!!」

横を見るとおじいさんの姿はなかった。夢だったの?まわりを見渡しても、おじいさんの姿は見えない。

風の音が聞こえては、また消える。


 残りのサンドイッチを頬張った。わたしは便り石工房に向かった。きっとあのおじいさんのことを知っているはず。

ただ、まっすぐに並木道を歩いた。まだ、あの風が吹いている。

あのおじいさんは一体誰なんだろう?


☆☆☆


 工房にはお客様が何人かいて、いつもよりも賑わっていた。奥さまは「ちょっと待っていてくださるかしら?」とクッキーをくださり、それを食べながら棚に並べられた便り石を眺めていた。

今までよりも大きな便り石が置かれている。どんな時に使われるものなのだろう?

すると一番右端ににある棚の奥がキラッと光った気がして近寄ってみた。

でもそこには、何もなかった。何が光ったのだろうと思って不思議に思いながら、最後の一口を食べ終えた。


 工房の外にある小さな井戸で手を洗っていると、お客さまが数名出てこられた。

「またお待ちしております」

奥さまは笑顔で見送られていた。

便り石は古い習慣であっても、写し込みや読み解きが出来る人が少なくなっているから、皆んなが使えるものではなくなってきている。

でも、わたしは便り石が大好きだ。手のひらにのせた感触も、指で触れた時に蘇る感覚も。だから、工房でたくさんの人が便り石を選ばれている姿を見ていると、とても嬉しい気持ちになる。

「ナイルさん、お待たせしました。どうぞ」

「ありがとうございます!」


 奥から便り石を削る音が聞こえる。新しい便り石に出会えるには、便り石職人さんがいてこそ。耳を傾ける。どんな石が便り石となっているのだろう?

「ナイルさんは便り石が好き?」

わたしはもちろんです、と答えた。すると、いつも開かない奥の扉が少しだけ開き、手招きをされた。


「こっちへ、さぁ」


優しい声。きっとご主人だ。


「いいんですか?」


「さぁ、どうぞ」


 わたしはドキドキしながら扉を開けた。


 奥の部屋には、壁際にたくさんの便り石の原石が箱いっぱいにつまれていた。

小さな机と隣にはクリスタルの結晶。本物を見るのははじめてだった。


 「便り石はこのクリスタルの結晶で削るんだ。クリスタルの光が便り石に伝わってね、安定したエネルギーをまとうんだよ。


この惑星は昔、クリスタルの洞窟がいくつもあって。わたしのうんと昔のおじいさんはその洞窟を持っていたんだ。その頃から便り石は作られていたからね」


窓からの光りがクリスタルをさらに美しく輝かせる。こんなにきれいだなんて。わたしは見入ってしまった。


 「いまはクリスタルの洞窟はなくなってしまった。惑星周期が変わって、クリスタルが創造されなくなった。だから、とても貴重な鉱物になっているんだよ」


「はじめて見ました。本当にきれいですね。この惑星で採れたなんて、はじめて知りました」


「惑星は生き物だから。周期が変われば生命も変わる。でも、わたしはクリスタルが好きでね。これは先代からもらったもの。わたしの工房でずっと使われている。この惑星のクリスタルだよ」


「これが……」


「触ってみるかい?」


「いいんですか?」


ご主人は机の上にあるクリスタルを手のひらにのせて「触ってごらん」と言われた。


わたしはゆっくり息をして、クリスタルの結晶を見つめた。そしていつものように中指と親指でそっと触れた。


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


 水色の蝶が舞っている。その蝶はわたしの周りを一周するとまっすぐ飛んでいった。


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どこへいくの?


わたしは蝶のあとをついて行った。


 そこは木々がひしめき合う森の中。動物たちの鳴き声が地面に響き空に昇っていく。


 しばらく行くと、小さな小道に出た。その道には小さなピンク色の花がところどころ咲いている。


昔は小人族が森に住んでいたと聞いたことがある。この道は小人族が作った道なのかなと思うほど、とても小さな可愛い道。


すると目の前に真っ暗な穴が見えてきた。


ここは……


蝶はその穴に入っていった。


待って!!


わたしは駆け足でついていく。洞窟の穴はわたしがやっと入れるくらい。目の前を飛ぶ蝶は暗闇で青く光っていた。


どうやらわたしを待っていてくれている。


 蝶を追いかけ早足で歩いていると、次第に暗闇に目が慣れてきた。蝶はまだわたしを奥へと案内する。


どこまでいくの?


まっすぐまっすぐへと進む。


どのくらいきたのだろう?


わたしは額の汗を拭いながら、蝶の光りを頼りに歩き続けた。

すると突然、奥が光っているのが見えはじめた。声がする。女性の歌声。


涼しげな風が吹き抜ける。ここだけ風を感じる。全身の汗がひんやりとした。




カナミナーラ ダリアラーン

パトライヤ サランタナ パトラ

クラワンダラッター パタランサー

ヤドゥルージュ ヤドゥルージュ

カラーンミターラーンミターラ

カラーンミターラーンミターラ


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★



 「ナイルさん!ナイルさん!」


 わたしは、はっとしてクリスタルから指を離した。


「大丈夫ですか?」


「はい……」



 わたしは家に帰ると、その日にもらった便り石にクリスタルが連れて行ってくれた景色を移し込んだ。


 

 そして翌日、その便り石を工房へと持って行った。



 「奥さま、これはご主人のクリスタルが見せてくれた景色です。ご主人にお渡ししてくださいませんか?」


 奥様はすぐにご主人に渡しに行ってくださった。


少しするとご主人が扉から現れた。


「これはすごい。わたしも見たのははじめてです。話には聞いていましたが。洞窟はこんな感じなのですね。実に面白い。あなたは便り石以外でも記憶を読み取れる、数少ない人だ。磨いた方がいい。この便り石のように。あなたの才能を。

わたしが通っていた職人の学校の先生をご紹介しましょう!」



 

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