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小説 第二章◇宇宙時代への扉・7


《天文学者と宇宙光》


 透明なキューブの中は心地よい温度で保たれている。なぜそんなにも快適なのか、逆に不思議なくらいだ。

 「わたしはね、ここに残ろうと思っているんですよ」
「え?」
わたしは読んでいた雑誌を閉じて隣のキューブにいる並木さんの方を見た。

 「説明すると長くなりますから。でも、ようやくわたしの生きたかった人生が始まったような気がします。宇宙時代への扉がようやく開かれた。待っていたんです、ずっと」
「でも、ご家族に会いたいとは思いませんか?」
「わたしはこどもはいません。妻がいますが、たぶん彼女はわかってくれると思います」
「でも、奥様は並木さんに会いたがっているのではないでしょうか?家にお一人ではお寂しいのではありませんか?」

少し沈黙があった。彼は手に持った新しい天体図鑑をそっとめくりながら話を続けた。

「結婚する時に言ったんですよ。わたしと結婚するってことは、どこかの惑星の見知らぬ存在と結婚するようなもの。だから、平凡な人生を送りたかったら結婚はやめてもいいんですよと」

「奥様はなんて?」

「宇宙船の修理が出来たら、どうぞわたしもあなたの星へ連れて行ってくださいなって」

「素敵なご夫婦ですね。羨ましいな」

「単にわたしのわがままです。それに彼女は付き合ってくれているんです」


 「はーい!お元気かしら、お二人さん。あのね、いいお知らせ。どうも、どちらかのお迎えが来たみたいなの。でも、あまり大きな声では言えないけど……」

そう言って、いつもの水を渡しながら「宇宙光の影響で一週間くらいは会えないみたいなの」と言って、美しい赤い髪を揺らしながら「またねっ!」と出て行きそうになった。

「あの!その方は……」

「ごめん、わたしのとこには詳しい情報は入ってこないんだよね。でも、男性みたい。安心して!この空港にどのくらいアレの影響で帰れない人がいるかわからないけど、外に電話出来る許可が下りたのってあなたたちだけみたいだから」

さらっと重要な情報を言って彼女は出て行った。


 「並木さんはお電話しなかったのですか?」

「しましたよ。でも、彼女も高齢ですし、わたしも帰るつもりはないからと伝えました。そうしてくださいと言われましてね」

「あの……並木さんって、失礼ですがおいくつなんですか?」

「あまり年のことは気にしないのですが……82になりますかね」


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☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆


「母さん!」

「どうしたの?」

「今、メールきて。父さんから。着いたみたい、岳!」

「ほんと……よかったわ!」



《SHIRAHAMA さま

本日、アルバ国際宇宙空港にSHIRAHAMA GAKU様が到着されました。健康状態は良好です。

念のため、一週間ほど空港に滞在していただき、その後帰国される流れとなっております。

その期間はSHIRAHAMA GAKU様からはご連絡が出来ません。ご了承下さい。


アルバ国際宇宙空港管制塔職員

アルバ国際宇宙空港 医療チーム》


「だいぶ物々しいわね」

「それだけ凄い事なんだって。健康状態も良いみたいだし、せっかくだから満喫してくればいいよね。ちゃんとクッキー渡してくれるかな〜、宇宙人さんに」


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☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆


 俺はだいぶ眠っていたらしい。

 コンクリートの部屋は意外にも過ごしやすかった。まわりを見ると銀色の防護服を着た人が三人くらいいる。

「おはようございます、白濱様。ご気分はいかがでしょうか?」

「大丈夫そうです。問題ありません」

「それは良かった。では、お食事をご用意させていただきます」

そう言うと、腕に巻いてある何かに話しかけた。

すると、右側の奥から白い防護服を着た人がこちらに向かって歩いてきた。茶色の紙袋を手に持っている。

「白濱様、おはようございます。こちらがランチになります」

「ありがとうございます。あっ、紙袋なのは……」

「念のためでございます。ごゆっくりお召し上がりください」

夢じゃないんだ。あれは本当に起きた事なんだ。

紙袋を開けると、大きめのサンドイッチが三つと、オレンジジュースが入っていた。

「美味しいそう!いただきます」

たまごサンドだ。部活の帰りによく食べたな。一時期、物凄くたまごサンドが好きで毎日食べていたのを久しぶりに思い出した。


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「あの、荷物は?」

近くにいた職員に話しかけてた。

「安全な場所に保管してあります。白濱様の宇宙光の影響がなくなり次第、こちらにお持ちいたします」

「その中に大切なノートがあって、それを見たいのですが……」

「申し訳ありません。お持ちすることは出来ないのですが、もし、よろしければノートと色鉛筆やペンなどはご用意出来ます」

「じゃあ、お願いします」

「では、お食事が終わりましたらお持ちいたします」

ここにいる間に研究ノートの続きを見ておきたかったのだが、難しそうだ。

オレンジジュースはとてもフレッシュで美味しい。彼もこんな食事をしていたのだろうか?

「そうですよ」

「えっ?」

「すみません……今、白濱様がお迎えにきた方がどのようなお食事をしていたのか気になっていらっしゃったので」

「考えてること……わかるんですか?」

「たまにです。すべてではありません。あの日は宇宙船の近くで待機命令が出て、すぐ近くで宇宙光を浴びました。身体の状態は良好で何も問題なかったのですが、なぜか人の考えている事がわかるようになったんです」


 突然、何かの音が鳴り響いた。

隣にいた彼の周りには銀色の防護服の職員が集まり、彼を連れて行った。



音は止まった。



 食べ終えると、白い防護服の職員が袋を片付けに来てくれ、水を三本置いて行ってくれた。

「トイレは左奥にあります。シャワーは夜、職員からの指示に従いお使いください。その頃には影響がなくなるといいですね」

「はい。ありがとうございます」


 しばらくすると、ノートと色鉛筆、ペンを持ってきてくださった。

「退屈かもしれませんので、本や雑誌もお持ちいたします。何かご希望のものはありますか?」

「じゃあ、インテリア雑誌を。椅子が好きなので、椅子の写真がたくさん載っているものがいいです。あと、このあたりの地図を。外に出られる機会があるかはわかりませんが。実は外国に来るのは初めてで。出来れば、近くだけでも見てみたいなと思って。家族にもお土産買いたいですし」

「わかりました。空港の外に出られるかは状況によりますので、なんともお答え出来ず申し訳ありません。ただ、ご希望は上に伝えておきます」

「ありがとうございます」


 

 さっき話してくれていた職員は大丈夫だろうか?そんな事を思いながら、飛行機で起きた事を覚えている限りノートに書き込んだ。

もちろん、さっき彼が話してくれたことも。

俺が女性の声が頭の中に聞こえるのも、宇宙光の影響なんだろうか?

金属が溶ける……どういう現象なんだろう?わからないことだらけだ。


 でも、俺の大切な任務は父の知り合いと一緒に帰国すること。そして、できれば店長の妹さんの情報も欲しい。マイクは今、どこにいるのか?


 そういえば……


「あのっ!!」

「白濱様、何か?」

「宇宙船……首相たちが乗っていたんですよね。戻ってくるから、全世界の管制塔に連絡がきて、すべての飛行機の離発着を中止するように言われたと。……戻ってきたんですか?」


 銀色の防護服の奥の表情はわからない。でも、どう答えたらよいのか悩んでいるような気がする。


「言えないんですか?何かあったのですか?」

「白濱様。あなたは幸運な方です。わたしは無神論者です。でも、今回の事で神はいるのではないかと思うようになったのです。あなたはきっと神に愛されている。そう感じます。あまりに多くの事がこの空港で起こっています」

彼は一息おいて続けた。

「話していて大丈夫ですか?」

先ほど、奥に連れて行かれた職員を思い出し心配になった。

「今は大丈夫です。白濱様、駆け足で話させていただきます。もし、わたしが明日からここに来る事が出来なかったとしたら、これだけは覚えておいてください。

714

この数字です。

いいですか、すべてはここから始まっています。

そして、昨日……首相たちを乗せた宇宙船はこのアルバ国際宇宙空港に着陸しました」

「来たんですね……」


彼はあたりを見渡した。ほかの職員は見当たらない。話は続いた。


「でも、首相たちは降りてこなかった。それは朝の7:14の事でした」


彼の息づかいが聞こえる。



「消えたんです……」






 







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