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さわった手

死に行くときも焼きいもをさはつた手
 宮本佳世乃
(『鳥飛ぶ仕組み』)

手を忘れられない、とよく思う。君の手のことじゃなくて、私の手のことを。
本を忘れたり、鍵を忘れたりすることはあっても、手は置いていけない。手を忘れ物にできない。
本当は少し忘れてゆきたい気持ちもある。
忘れ物として、手を取りにゆく。

「あなたの手ですか? 本当に? 長い間、この手と暮らしてきた」
「ええ。この手でいろんな大事なものをつかんできました。私にとって大事なものはだいたい手と同じ大きさだったので」
「じゃあ、あなたにとって一番大事なものは?」
「手です」

手がときどき手をつかむ。手につかまれてるなあと思う。

この手を包む手はどれくらいの手をつかんだんだろう。多くの手が今重なり合っているのか。その中でこの世界にもういない手もあるのか。手のおびただしさの中で今たった二つの手があるのか。

この世界から去るとき、手を置いてゆけない。
だから、持ってゆく。

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