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また夜に家で会おうね

また夜に家で会はうね、眠かつたら先に寝てゐていいんだからね  田口綾子(『かざぐるま』)

〈こちら側のどこからでも切れます〉というマジックカットのことを話題にする人は多い。書く人も多い。
多分みんな長く生きて来ていて、ほんとうはどこからも切れないものがこの世界にはあるんだよね、ということを知ってるからだと思う。

この世界にどこからでも切れるものなんてない。今日あったとしても、明日ない。

すべてのひとにどこらからでも切れる袋が配られても、自分一人にだけどこからも切れない袋が手渡されることがこの世界にはある。
私は切ろうとし、ああそうだよね知ってた、と思い、でも次の瞬間あきらめたふりをしつつも、もう一度力を込め、こんな小さなたれの入った袋から拒絶される。おまえに切らさない、と。

そんな人間なのに、「また会おうね」「眠かったから寝ていていいからね」と、今度はどこからでも許されている瞬間がある。
拒まれて、許されて、私はここにいる。

ふくろ、と私は思う。
私の無能力をこれからもどこからも切れないかたちで証明してほしい。
私はときどき無能力で、思いつきのように人から許されて、会い、眠り、短い手紙や詩を読んで、時々は泣き、愛について自分なりに考え、人前で緊張もし、生きてゆくから。

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