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恋人と棲むよろこび、かなしみ

恋人と棲むよろこびもかなしみもぽぽぽぽぽぽとしか思はれず  荻原裕幸(『あるまじろん』)

ぽ以上ぽ以下のものってあるのかなと思う。
もしぽって言われてしまったとしたら、もうそれはぽ以外ありえないんじゃないか。ぽ、に、ぽ。

ある真夜中にふと目が覚めると恋人が冷蔵庫の前に立っている。私の気配に気がついて、恋人は私の方を向き、ぽと言う。
なんとなく私は返事をしなければいけないような気がして、ぽと言った。
もし恋人がぽの中に入り込んでいるのだとしたら、それを私が勝手に乱してはいけないような気がして。
私はそのままベッドに帰る。ぽを置き去りにして。

私たちの生活は続く。
私たちは時々話し合うけれど、あの時のぽのことについてはどちらからも口に出さない。
でも多分私たちの生活の底に滔々とぽが流れているのを私は時々感じる。
私は真夜中に窓を開けて月を浴びながら凄く嬉しいと悲しいを同時に味わう。
私はひとりでなくなり、ふたりになり、私が消え、ぽに近づいてゆく。

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