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夜勤に五百回以上入った介護福祉士の珍エピソード集

この記事では、介護老人保険施設(老健)で約8年間、500回以上夜勤に入ってきた中で経験した、様々なエピソードをご紹介していきます。

介護士の方はもちろん、介護士じゃない方は「そんなことあるんだ。」という視点で楽しんで頂けると幸いです。

【初夜勤の話】

私の初めての夜勤は、働き出して3ヶ月目に来ました。その時働いていた施設の夜勤は所謂『一人夜勤』に近い形態でした。

一人夜勤と違う部分は、各フロアの夜勤者以外に、職員の休憩出し&忙しい時間のヘルプ。
この二つの業務をしてくれる、特殊な夜勤者が居た事です。

特殊夜勤はベテランの仕事で、この日も介護歴の長い先輩職員が働いていました。

私は、ドキドキしながら初夜勤に入りました。

初めてな事もあり、息つく暇も無いくらいの忙しさで、やっと落ち着いて来たのが夜の1時くらい。
この1時くらいに利用者様が嘔吐されまして…

緊急時対応なんてほぼしたことがない私は、かなりテンパりました。

「しんどい」と言う利用者様は、まだ嘔気が収まらない様子。
慌てて特殊夜勤の職員を呼んで、一緒に対応しました。

幸い入院には至らず、何とか利用者様の状態は落ち着きましたが、「今テンパってて、この先やっていけるのか?」
そんな不安でいっぱいになります。

そういう私の不安が顔に出ていたのか先輩が一言。
「介護士の中には、利用者様が吐く手前の、オエッていう姿を見ただけでも、辞めてしまう人もいるから。それに比べたら、君は頑張ったんじゃない?まだまだ、これからだよ。」

緊急時は特に、対応一つで、利用者様の生死を分けることがあります。
しかし、適切な対応を取るためには知識だけでなく、夜勤の経験も必要です。

初めての夜勤から今まで、色々な緊急時対応をしてきました。
今では多くの事態は『経験済み』で、適切な対応を取れることばかりですが、それでも不安になることもあります。

そのたびに、先輩の言葉を思い出して『自分はこなせる』そう言い聞かせて、今でも夜勤をやっています。

【昼と夜では別人?の理由】

認知症のある方は、夜と日中では別人のようになる事があります。
これは、不安によってBPSD(認知症の行動・心理症状)が多く見られるようになるからで、一般的に『夕暮れ症候群』とも言われます。

BPSDには帰宅願望や不眠、一人歩き(徘徊)、介護拒否、暴力や暴言など色々なものがあり、『昼間は穏やかな人が、夜になると荒々しくなる』そんな事も珍しくありません。

ある利用者様は小柄な女性の方でした。認知症があり、80代の温和な人です。

移動に歩行器を使われる方なのですが、夜は特に歩行器を忘れることがあり転倒の可能性が高いので、居室にポータブルトイレ(持ち運び可能な水洗式でないトイレ)を置いています。

夜勤も慣れてきたある夜、その利用者様の部屋の方から、「ズズッ、ズズッ」と何かを引きずる音がします。
急いでそちらの方に行くと、小柄で温和な方が大きなイス程のサイズのポータブルトイレを押して出てこられていました。

私と目が合うと「火事だー!火事だー!」とフロア中に響き渡る声量で叫ばれます。
幸い火事はなかったのですが、この利用者様が転倒するかもしれないし、その声で起きた別の利用者様が転倒するかもしれないし、私は気が気ではありませんでした。

何とか部屋へお連れした後、しばらくお話を聞くと落ち着かれたのですが、その日は数回、同じようなことがありました。

後出しの情報になりますが、実はこの利用者様、肺の病気があり、酸素をチューブから吸入されている方で、おそらく チューブを外す→息苦しい→火事
という思考回路に、なっておられたのだと思います。

日中は自分でチューブを外されることが無いのですが、夜寝ていると、煩わしくて外してしまう。そんな方は多いです。
この方の場合は、夜間、職員が頻繁に見回りをして、チューブをつけ直すことで、落ち着かれました。

介護士はともすれば、夜間の状態を見ると何でも認知症に結びつける人もいます。
しかし、この方のように、認知症の影響がメインではなく、違う要因で、別人に見えることもあります。

知識、経験も重要ですが、先入観を持たずに、接さなければいけません。

『人の生活のお世話をする』ということは、本当に難しいです。

【人気者は目が回る?】

ショートステイというものがあります。高齢者介護においては、家から施設へ、文字通り短期間泊まりにくることです。
例外はあるのですが、大体一週間以内に家に帰られます。

また別の話として、認知症ケアの基本に『環境を大きく変えない』というものがあります。環境変化による認知症の進行、所謂リロケーションダメージを考えてのことです。

しかし、在宅介護での介護疲れや、家族の不在などの理由で、認知症のある方でもショートステイを利用されることがあります。

これに関しては、「今の状況では、それが最善だ」と家族やケアマネが判断しているわけなので、他人がとやかく言うことでは無いですし、個人的にも賛成派です。
ただ、このショートステイの利用者様によって、その日の夜勤が大きく変わります。

認知症の進んでいる方がショートステイで来られた場合、夜間よく寝られる方もおられますが、そうでない場合は大体二つのパターンに分かれます。
『ナースコールを鳴らさずに自分のペースで過ごされる』か『ナースコールか大声で職員を頻繁に呼ばれる』どちらかです。

後者の利用者様だった場合、その日の夜勤者は大忙しです。

パターンは同じでも、人によって頻度は違いますが、今回は、特に頻度が高かった方の話をします。

先程言ったように、環境が変わると、不安になるのは当たり前で、認知症のある方の混乱は、計り知れません。

「家に帰りたい」「寝られない」「寂しい」これらを訴えるナースコールがひっきりなしに鳴ります。
ずっと横で対応したいのですが、一人夜勤の辛さで、他の利用者様の対応もする必要があります。

中には、しばらくお話を聞くと落ち着かれ、寝られる利用者様もおられるのですが、今回の方は違いました。
ナースコールが鳴って、職員が行くと落ち着かれるのですが、離れるとすぐナースコールが鳴ります。

職員側も、落ち着いて頂くために、話を聞いたり、話をしたり、温かい飲み物を出したり、室温を見直したり、色々試してはみたのですが、上手くいきません。

そうしているうちに、他の利用者様の対応に追われる…『目が回る』とは正にこのことです。

その日の夜勤はそんな繰り返しで、結局、利用者様が寝られたのは朝5時頃。
勤務中にやらなければいけない事務作業や清掃業務、休憩を捨てて、利用者様の対応だけに全ての時間を使った日でした。

一人夜勤は、助けを求める相手がいないので、忙しいと余裕が無くなり、イライラしやすくなります。

ナースコールが多い時、イライラしないように「こんなに呼ばれて、自分は人気者だな。」とあえて思うようにしていますが、その日はどうしてもイライラしてしまいました。

あの利用者様に自分のイライラが見えなかっただろうか?もっと上手に対応できたのではないか?
今でも反省するところです。

この利用者様は、施設に慣れてこられたのか、日を追うごとにナースコールの数が減りました。そして無事に、家に帰られました。

【全員の命を守るために】

夜勤者は基本的に一人ですが、ナースコールは、複数同時になる事があります。
その時はどうするか?同時に対応したいのですが、優先順位をつけるしかありません。
順位のトップは当然『命を守る』ことです。

では、同時に命の危険がある場合はどうすれば良いのでしょうか?

色々な夜勤をこなし、ほとんどの事態に対応できるようになった頃、その事件は起こりました。

早朝、ある利用者様の居室からナースコールが鳴り、居室に行ってみると、顔面蒼白な利用者様が「息が苦しい。」そう訴えられています。
すぐに、血圧や体温などのバイタルを測り、できる対応をしてから、看護師に電話しました。

施設によりますが、私が当時いた施設では夜勤の看護師はおらず、何かあれば看護師に電話することになっていました。
この電話は、『オンコール』と言われます。

オンコールしたところ、追加でできる対応と共に、救急車を呼ぶように、指示を受けました。
救急車の誘導と同乗は、特殊夜勤がしてくれます。私の役割は、体調が急変した利用者様の対応です。

しかし、明け方なので、他の利用者様が「起こしてくれ。」とナースコールを鳴らされます。

急変した利用者様に今できることは一通り終わったので、その利用者様の様子を見つつ他の利用者様のモーニングケア(起床介助)に入ります。

普段は、特殊夜勤にモーニングケアを手伝ってもらい、利用者様全員に起きて頂くのですが、特殊夜勤は救急車を直ぐに誘導できるように待機中。
急変した利用者様を見つつ、全利用者様の介助を私一人で行う必要があります。

普段よりスケジュールが遅れているため、ナースコールが数カ所で鳴っています。
できる限り笑顔で介助をしましたが、内心はかなり焦っていました。

そんな時、急変のあった利用者様とは別の居室から「ドンっ」という大きな音がしました。
利用者様が、ベッドから転落された音です。

頭を打たれている可能性もあるため、最優先で対応しなければいけません。

転落された利用者様は普段この時間に起きられる方では無かったのですが、フロアが騒がしくて目が覚めたのでしょう。ナースコールは鳴り止みません。
鳴らしている利用者様の中には、転倒の可能性が高い方も居られます。

急変された利用者様か?
転落された利用者様の対応か?
ナースコールへの対応か?

一瞬迷いましたが、答えは一つです。『命の危険が複数人ある場合は、最もリスクの高い利用者様から対応する』

急変した利用者様にできる事は既にしました。ナースコールを鳴らしている転倒リスクが高い利用者様は、おそらく短時間なら待って下さいます。

今転落された利用者様に、命を脅かす程のケガが無いかの確認をするべき。
そう考えた私は、転落された利用者様の居室へ行きました。

幸いケガやバイタルの異常はありません。その利用者様にベッドで寝て頂いた後、すぐに転倒リスクの高い利用者様の元へ。
もう少ししたら介助に来ることを伝え、ベッドで休まれたことを確認し、急変した利用者様の居室へ様子を急いで見に向かいます。

そして、急変した利用者様の様子を確認した後は、別の利用者様の起床介助に入ります。

そうこうしている内に救急車が来て、急変された利用者様が搬送されました。
搬送先の病院で肺の病気と診断されましたが、しばらく入院された後、施設に戻ってこられました。

念の為に言っておくと、この施設は、夜勤者の配置基準を満たしています。それでも、やはり足りない時があります。

何せ配置基準は、利用者様20名に対して職員1名です。
人員配置基準を満たしているとは言っても、せめて後1人は欲しい。それが心からの願いです。

あの時、誰か亡くなってしまっていたら、私は介護士を辞めていたかもしれません。

ちなみに、この施設の夜勤者は後に1名増員されました。

【死と向き合うための時間】

「多分、今日か明日くらいだね。」夜勤で出勤すると他の職員から、そう言われることがあります。
それは衰弱している利用者様が、亡くなる日のことを指しています。

介護老人保健施設について、『リハビリをするところ』そんなイメージを持っておられる方が多いです。
確かに基本的にはその通りですが、利用者様の看取り、ターミナルケアもしています。

私も介護歴が8年ほどになりますが、何人もの利用者様をお見送りしてきました。

いくら経験を重ねても、命を大切だと思う気持ちは薄れませんが、『人の死に触れる』という衝撃には慣れました。

一人で働くことの多い夜勤は、例えそういう事があっても、他の利用者様の対応もする必要があります。
介護士側が悲しい顔、暗い顔をしていたら、他の利用者様に伝染してしまいます。

亡くなられた利用者様の家族への連絡や、対応、利用者様へのエンゼルケア(逝去時ケア)。
悲しむ気持ちは有っても、しっかりと死に向き合い、これらの事を速やかに行わなくてはいけません。

新人職員の指導をする日のことです。
その日、私が夜勤で出勤すると、先輩から「多分、今日か明日だね。」と言われました。
先輩が言っていたのは、かくしゃくとした女性の利用者様のことです。

少し前までは、よくお話しされる方だったのですが、次第に弱っていかれ、呼吸の仕方も変わっていました。

新人職員が若かったこともあり、「初夜勤で、人の死に向き合うのは酷だな。」そう思いながら私は、新人指導にあたっていました。

すると明け方、その利用者様の部屋に入ると、既に呼吸も、脈も無い状態でした。
幸い、新人職員は部屋に入る前だったので、利用者様が亡くなられていることを伝えます。

「ここは俺がやるから、他の利用者様の介助をしてきて。」そうお願いしました。
亡くなられた方は、とても穏やかな顔をしておられましたが、新人職員のショックを考え、そういう対応をします。 

その後、この職員は立派に成長して、介護士として、多くの利用者様を看取りました。

介護士、特に施設で働く介護士にとって、利用者様の死と向き合うことは日常のひとつです。
それでも、人によっては最初の死に触れた時に、心が折れて辞めてしまうことがあります。

それは仕方のないことですし、人には向き不向きがあります。

しかし『人それぞれ』という言葉で片付けてしまえば、介護業界で働く人は減るばかりです。
上司や先輩など、周りの人間がサポートしフォローすることで、介護の仕事を続けられる人もいます。

入社したばかりの職員が、死と向き合えるようになるまで…
介護の経験を積むための時間を作る。心構えを伝授する。ショックを受けている職員の話を聞く。

でき得るだけのサポートをして『人の命を預る』誇り高いこの仕事を、多くの人が続けられるようにしたいものです。

【年越しの大騒動】

『年越し夜勤』それは、12/31の夜勤に入ることであり、名前の通り、施設で新年を迎える夜勤です。

イヤがる職員もいますが、利用者様の普段とは違う姿を見れたり、年末手当が出たりと、良い部分もあるので、私は結構好きです。

ある年の12/31の夜勤。
家族の体調不良で特殊夜勤が欠勤しました。

特殊夜勤がいなければ、他のフロアの夜勤者も休憩に行けず、何より、救急車を呼ぶ事態になっても対応できません。
代わりの職員を探しますが、年末ということもあり、見つかりませんでした。

自分たちでどうにもならない時は上司に頼るしかありません。

当時、私はフロアの主任だったので、その上司である、介護部門を束ねる役職者、介護リーダーに電話しました。

以下、私と上司の会話です。

私「年末の夜にスミマセン。特殊夜勤が欠勤してしまいまして…」

上司「あらー。それは大変ですね。」

私「代わりを手配しようしたんですが、 誰もいなくて…」

上司「そうなんですか、じゃあ頑張ってくださいねー。」

ガチャっ!こちらがそれ以上言う前に、上司に電話を切られてしまいました。しかも半笑いで…

きっと、年越しのパーティか何かに参加していたのでしょう。電話の向こうは騒々しかったです。

『上司なら施設の緊急事態には何があっても駆けつけるべき!』だとは思いません。
駆けつけられないくらい遠い所にいる場合もあるでしょうし、仕事よりも優先するべきこともあります。

しかし、指示を出すのは上司の役目ですし、出せないのなら、その上の上司に指示を仰ぐのが上に立つ者の責任です。

そして、せめてもう少し部下に寄り添ったり、労ったりするべきだと、私は思います。

結局その日は施設内の夜勤者全員が、休憩なし、忙しい時間帯のヘルプなしで何とか頑張りました。
幸い救急車を呼ぶようなこともありませんでした。

数日後、上司に会いましたが年末のことは忘れているのか、一言も触れてきません。
働いていた夜勤者全員が、モヤモヤした気持ちを抱えた年末でした。

この上司はもういませんが、自分も同じ立場に立った今、反面教師として心に刻んでいます。

【泣きっ面に蜂】

通常の夜勤では、忙しいタイミングがあります。

●排泄介助(オムツ交換とトイレでの介助) 
●巡視(見回り、利用者様の様子確認)
●起床介助(朝起きて頂く事で更衣等の介助)

以上の3つを行うタイミングで、この時間帯は分刻みのスケジュールです。

経験を積むと、どのタイミングで誰が起きてきて、誰がどんな理由でナースコールを鳴らすのか、大体分かってきます。
認知症のある方でも、行動パターンは決まってくるものです。

なので、「この人がトイレに入っている間に、この部屋の巡視をする。」など、ある程度の見通しを立てつつ、夜勤をこなせるようになります。

それでも、モーニングケアはいつもギリギリです。
理由は2つ。

●できるだけ長く睡眠をとって頂くため
●介助量と介助の種類の多さ

利用者様の睡眠時間を考えると、必然的に介助の開始時間から朝食までの時間が短くなるので、スケジュールはかなりタイトです。

それにモーニングケアは、パジャマからの更衣、整容(顔ふき、ひげそり)、排泄介助、ベッドから車いすへの移動介助、朝のコーヒーや紅茶をお出しする…etc
何せやる事が非常に多いです。

利用者様の生活リズムや、転倒のリスクなどを考えて、フロア内で、誰に、何時にモーニングケアを行うか、スケジュールが決まっています。

しかし、人を相手にしている仕事なので、日によっては、予定外、予想外の事態が頻発します。

『泣きっ面に蜂』ということわざがありますが、まさにその通りで、何かアクシデントがあった時は、別のアクシデントが続きがちです。

そんな日は、自分のキャパオーバーで、一瞬、頭が真っ白になる時や泣きそうになる時もありました。

便失禁が続く日、新しい利用者様が三人入られた日、認知症のある利用者様が落ち着かれない日、体調不良や転倒事故が多い日、今まで色々な夜勤を経験してきました。

早く業務を終わらせようとする程に、介助が雑になり、利用者様にケガをさせるリスクが上がります。

キャパオーバーで泣きそうでも、焦らず、急がず、『急がば回れ』の精神で、今やれることを冷静にこなしていくことが、結局は一番早いです。

そうして一日一日、夜勤をこなしていくうちに、やがては利用者様や職員から、「この人が夜勤だったら大丈夫。」「この人の夜勤が良い。」そう言われるようになります。

私は現在、業務範囲の関係から、ほとんど夜勤に入ることはありませんが、夜勤で泣きそうになった日々は、介護士としての自分を鍛えてくれた、かけがえのない日々だと思っています。


この記事を読んで頂きありがとうございます。


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