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彩ふ読書会・7周年イベントに参加した話

 この週末は2つの読書会に参加した。

 1つ目は、土曜日の午前中にオンラインで開催された、学生時代からの知り合いと毎月やっている読書会である。今回は安部公房の小説『砂の女』を課題本とする読書会であった。

 『砂の女』は、昆虫採集のために砂丘へ出掛けた結果、砂丘沿いの部落に閉じ込められ砂を掻き出す仕事をさせられるようになった男と、その男と一つ屋根の下で暮らすことになった部落の女を中心とした物語である。男は監禁されたことに腹を立て部落を脱出しようとするが、その試みは悉く失敗に終わる。そのうち砂の中での生活にも慣れ、元の世界に戻る意欲を失っていく。己の望まなかった生き方に、満足しきったわけではないけれど安住していく男の姿に、自分自身の半生を重ねていた参加者は少なくなかった。

 読書会では、「タイトルにもなっている〈女〉には、どんな印象を抱いたか」「実生活の中で理不尽なことに出会った時、どうしているか」「部落の人たちの側から小説を読み直すと、どんなことが見えてくるか」といった問いが次々に出てきて、それぞれについて意見交換が行われた。全体的に脱線が少なく、丁寧な議論が行われた印象だった。話し合いを通じて新たに気付いたこともあり、個人的には収穫の多い読書会となった。この収穫については、何も書くことがないような平日に、時間を取ってまとめてみることにしたい。

     ◇

 2つ目の読書会は、日曜日に大阪で開催された「彩ふ読書会(いろうどくしょかい)」の7周年イベントである。彩ふ読書会は、コロナ禍前に足繁く通っていた読書会で、当時まだ会社に上手く馴染めていなかった僕にとっては、気持ちの面でも大きな支えとなっていた集まりである。コロナ禍で読書会は一時休止状態になり、再開後の読書会には2、3回しか顔を出していなかったが、読書会7周年を記念するイベントが開かれるに当たって、ベテランメンバーから声を掛けられ、足を運ぶことになった。

 今回はスペシャルイベントということで、通常の読書会とは違う構成になっていた。まず、読書会が始まる前に、「自分の人生を彩った7冊」=神7をリストにまとめる(もちろん、このお題は「彩」ふ読書会「7」周年にちなんだものである)。そして、読書会が始まったら、同じテーブルのメンバーにリストを公開し、その中の1冊を紹介するのだ。さらに、本紹介が終わった後には、本のタイトルを使ってしりとりをするというお楽しみ企画も用意されていた。

 ここでは、僕が参加したテーブルでの本紹介の様子を振り返ることにしよう。

 読書会の参加者は全部で40人いたので、本の紹介は8つのテーブルに分かれて行われた。僕が割り振られたテーブルには全部で5人のメンバーがいた。そのうち4人はコロナ禍前から彩ふ読書会に参加していた顔馴染みで、1人は初参加の方だった。もっとも、初参加の方も最近読書会巡りをしているそうで、紹介の仕方を見ていると手慣れた様子が窺えた。

 紹介された本と紹介の内容は、次の通りである。

◆1.『本を守ろうとする猫の話』(夏川草介)

 僕が紹介した本である。神7に選んだ理由は「2024年上半期のマイベストだから」というものだった。

 この作品は、幼くして両親を亡くし、育ての親で古書店の店主でもあった祖父をも喪った高校生の少年が、言葉を話す不思議なトラネコに連れられ、本を救う旅に出るという小説である。トラネコの案内で、古書店の奥に現れた通路を抜けていくと、作中で「迷宮」と呼ばれる異世界が現れる。そこでは、本がガラスケースに閉じ込められたり、切り刻まれて断片にされたり、紙くず同然に扱われていたりする。少年は本を救うべく、トラネコや幼馴染の女の子と共に、各迷宮の主と対峙する。その中で、少年の成長が描かれ、またトラネコは何者なのか、なぜ現れたのかといった謎が明らかにされていく。

 作者によるあとがきを読むとわかるが、この作品は、作者の本に対する思い、そして、本や読み手となる(はずの)人々を取り巻く最近の状況に対する作者の憂いから生まれたもののようだ。思いの籠った本だけに、作者の主張は本文に直接表れており、しかもファンタジックな舞台装置を突き抜けるほど強い。なので、苦手な人は苦手だと思う。ただ、僕にとっては、物語が面白いというだけでなく、本との向き合い方や読書の仕方を見つめ直すきっかけにもなったという意味で、印象深い本である。

◆2.『四畳半神話大系』(森見登美彦)

 かつて彩ふ読書会において「森見登美彦の生き字引氏」として名を馳せたメンバーから紹介された本である。神7に選んだ理由は、「自分の考える森見登美彦最高傑作だから」というものだった。

 この作品は、バラ色のキャンパスライフに憧れながら夢破れ、味気ない学生生活を嘆く主人公の「私」、彼が自らの不幸の根源とみなす悪友の小津、彼が密かに思いを寄せる後輩の乙女・明石さん、彼らの前に現れ神を自称する謎の人物・樋口氏らが織りなす、奇妙で阿呆らしくて、ちょっぴり切ない青春小説である。そして、その最大の特徴は、作品を構成する4つの章が、「もし“私”が入学時に違うサークルに入っていたら、どうなっていたのか」を示す形で展開する並行世界ものになっている点にある。

 どの道を歩んでも小津は必ず現れ、「私」の足を引っ張る。その他にも、全ての章に共通する要素があるし、また結末はどの章も同じである。ただ、各章には違いもあるし、「私」自身も、1章から4章へ向かうにつれて変化していく。各章内の起承転結、そして全体の起承転結、そのどちらもが巧みであると、生き字引氏は語る。

 もっとも、生き字引氏がこの作品を推挙する一番の理由は、20代前半でこの作品に出会い、「他の人生を夢想したところで、自分は目の前の自分以外にはなれない」という考え方に救われたからだという。奇妙奇天烈な青春小説は、諦めの書でもあり、また明らめの書でもあったのかもしれない。

◆3.『天路の旅人』(沢木耕太郎)

 初参加の男性から紹介された本である。神7に選んだ理由は、「一番好きな作家の新著であり、最近読んで特に印象に残った本だから」というものであった。

 この作品は、第二次世界大戦期にモンゴルやチベットで密偵として活動した西川一三という人物を描いたノンフィクションである。西川は高校を卒業後、南満州鉄道の職員となるが、命令により満鉄を辞めて密偵になり、中央アジアに赴く。しかしやがて、スパイとしての本分よりも、まだ見ぬ場所へ行きたいという欲求に突き動かされるようになる。そのため、作中において西川は「密偵」としてよりも「旅人」として描かれる。

 現代のように情報網が発達していなかった時代、見知らぬ場所へ行くのはまさに「未知への旅」であった。著者を惹き付けたのも、紹介者の男性を惹き付けたのも、今となっては得難いそんな未知への旅に対する憧れだったのだろう。ちなみに、紹介者の男性は、この作品に触発されて、夏休みに海外へ出掛けることを決意したそうだ。

 紹介の中でもう1つ印象的だった話がある。それは、「この本は本当に面白くて、どんどんページをめくってしまうんですけど、終盤になるにつれて『旅が、終わってしまう』と思って、切なくなったんです」というものだ。早く読みたい、けれど読み終えるのが惜しい。そんな気持ちになるなんて、どれだけ素敵な読書体験なのだろう! この人はとても幸せだと、僕は思った。

◆4.『ジェノサイド』(高野和明)

 テーブルのまとめ役を担当されたベテランメンバーから紹介された本である。この人にはかつて通り名を用意したことがなかったが、以前紹介していた本の傾向と、他のメンバーがつけた呼び名を拝借して、「イヤミス好きの女神」と呼んでおこう。

 さて、包み隠さず記録すると、女神様はいきなり掟を破った。神7リストに挙げた本が手元になかったために、リストにない本を紹介用に持ってきてしまったのである。とはいえどうすることもできないので、第8の書物がそのまま紹介本となった。

 この作品は、SFでありながらミステリー大賞に輝いた、不思議な記録をもつ小説である。主人公は2人いて、難病の息子を抱え治療費を得るために危険任務も厭わない米国軍人と、薬学を研究する日本人の大学院生である。ある日、大学院生の父親が突然亡くなり、その葬儀の日に、彼は父親がある危険な業務に携わっていたことを知る。それは難病を救うことのできる薬の研究であるが、その薬に対しては批判も多く、研究を阻止する勢力もいる。大学院生は危険を承知で薬の研究を決意する。そして、この薬を介して、全く接点のなかった2人の主人公の物語が交わることになる。世界中を舞台にした壮大なストーリーであり、ハリウッド映画を観たような読後感に浸れると、女神様は話していた。

 もっとも、紹介の内容だけでは、この作品のタイトルがなぜ『ジェノサイド』なのかピンと来ないところがあった。その後の補足の中で、米国軍人がアマゾンの奥地で見たこともない生物を撃ち殺す任務についていたという話が出たが、その見知らぬ生物を根絶やしにすることがジェノサイドなのかまでは判然としない。また、大学院生の携わる新薬の開発が危険視されていた理由もはっきりとはしておらず、ここにタイトルが関係しているのかという疑問も拭えない。詰まるところ、読んで確かめるほかなさそうだ。

◆5.『幼年期の終わり』(アーサー・C・クラーク)

 かつて彩ふ読書会において「遠藤周作の人」として名を馳せたメンバーから紹介された本である。神7に選んだ理由は、「それまで興味のなかったSFを読むきっかけになった本だから」というものだった。

 米ソが冷戦状態にあり宇宙開発競争を繰り広げる中、世界各地の上空に宇宙船が停泊する。人々は当初撃墜を試みるが失敗し、反対に宇宙船に乗る総督・カレルレンによって人類は支配されることになる。もっとも、カレルレンの命令は、人類同士の争いや食用以外の殺生を禁じるなど、人類の発展にとって良いことばかりで、その指導のもとに地球は黄金期を迎えることになった。人々はカレルレンを最高君主として崇めるようになるが、一方で彼の真の意図を知る者は誰もいなかった。

 時代が下ったある時、子どもが地球上にないはずの景色を見るという異常現象が発生する。異常現象は世界各地に広がり、人々は混乱に陥る。そこへカレルレンが現れ、「最後のメッセージ」を発する。——以上がこの作品のあらすじである。

 紹介したメンバーは、核心部に触れることはできないとしつつ、カレルレンの最後のメッセージで明かされるのは、地球は宇宙のごく一部に過ぎず、宇宙を統べる法則から逃れることはできないということだったと話した。そして、そのメッセージを通じて、人類はどこへ向かっているのかという、大きくて重要な問いと向き合うことになったとも述べていた。読み終えた後はかなりモヤモヤしたらしい。もっともそれは、この作品の残したものの大きさを物語っているのだろう。

     ◇

 以上が、僕の参加したテーブルでの本紹介のあらましである。

 数日前に「イベントレポートは書かない」と宣言したにもかかわらず、長くて詳しい振り返りを書いてしまった。ただ、読書会の途中から、もしこの会の話を書き始めたらきっとこうなるだろうという気はしていた。

 改めて感じたことがある。それは、誰かが自分の好きなものについて思いを込めて語っているのを聞くのが、とても好きだということ。だからこそ、その話の内容はちゃんと書き残したくなる。

 人がどういうものを好きだと思い、その対象との間でどのような物語を紡いでいるかということを、普段の生活の中で知るのは案外難しい。好きなものは、人に話したいものである以上に、自分の中で密かに大切にしたいものである、ということなのかもしれない。だからこそ、その好きの断片が垣間見えると、嬉しくなる。彩ふ読書会のいい所は、話し合いの中で、紹介本に対する思いがちゃんと見えてくるところなのだと、今更ながらに思う。そして、その良さが現れるのは、この読書会の持つ雰囲気のお陰なのだろう。

 さて、これだけ綴れば大満足である。今日はこの辺りで筆を置くことにしよう。

(第225回 6月30日)

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