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彩ふ読書会の参加録~9/9大阪会場・第1部~


◆はじめに

 9月9日(土)の朝、大阪で開催された彩ふ読書会の第1部に参加した。

 彩ふ(いろう)読書会は、2017年11月に大阪で始まった読書会で、その後東京・京都にも広がり、各会場月1回ペースで開催されていた。コロナの影響で一時休止に追い込まれていたが、2022年6月に再開。現在は大阪と東京で月1回ずつの開催となっている。発足以来、「本が好きな方の居場所作り」がコンセプトとなっており、読書会が初めての方でも、読書を始めたばかりの人でも、気軽に参加できるような和やかな場になっているのが特徴である。

 僕が彩ふ読書会に初めて参加したのは、読書会ができて1年に満たない頃のことで、それから休止期間に入るまではほぼ毎月参加するほどのリピーターだった。再開後はなかなか都合がつかず参加できていなかったが、この6月に漸く顔を出すことができた。今回の参加は、その6月以来3か月ぶりであった。

 この日、新生(?)彩ふ読書会には大きな変化が訪れていた。会場が天満橋から梅田に変更となり、同時に会場内の島の数が1つから3つに増えたのである。少数の参加者が全員で1つのテーブルを囲み本の話をする会から、20人ほどの参加者が複数のグループに分かれて本の話をし、あとで各グループの話をシェアするスタイルへ。字面だけではピンと来ないかもしれないが、この2つの集まりは結構雰囲気が違う。前者だと大学のゼミに出ているような気分になるが、後者の場合、自分の島以外の場所からも話し声や笑い声が聞こえてくるので、会場全体の空気が和らぐのだ。元々休止前の読書会が複数グループ制だったこともあるのかもしれないが、今回はとにかく心地良さを覚える会だった。

 さて、彩ふ読書会は1日に複数部開催されるのが恒例となっており、部によって、参加者が本を紹介し合う「推し本披露会」になったり、指定された課題本について感想などを話し合う「課題本読書会」になったりする。この日僕が参加した第1部は、前者の「推し本披露会」であった。

 読書会の代表・のーさんから会の流れについて説明を受けた後、僕らはグループ内で自己紹介を行い、それから1人1冊ずつ本の紹介を行う。1時間ほど経ったところでグループでの話し合いは終了となり、最後に会場全体に向けて持ってきた本の簡単な紹介を行う。今回は名前(ニックネーム可)と本のタイトルのみ紹介するというスタイルだった。

 僕は全部で3つあったグループのうち、Cグループに参加した。メンバーは5名で、男性4名・女性1名、初参加の方1名・2回目の方1名・5回目以上の方3名という構成だった。それでは、紹介された本の内容を見ていくことにしよう。

◆1.『忘れられた花園』(ケイト・モートン)

 現在の彩ふ読書会の常連で、Cグループの進行役をしてくださった男性からの推し本。時代も場所も異なる3つのストーリーを並行させつつ1つの謎に迫るという構成の現代ミステリー小説である。

 1913年、オーストラリアの港町に辿り着いた船から身元不明の少女が発見された。少女は港湾で働く職員に引き取られ、ネルという名で育てられる。しかし21歳になった時、育ての親が実の親ではないことを告げられ、自分探しの旅に出る。

 このようなプロローグの後、本編が始まる。2005年のオーストラリアで、亡くなったネルの遺産相続をする親族たちの物語。1975年のロンドンで自分探しに奔走するネルの物語。そして、1900年のロンドンで繰り広げられる、ある名家の物語。それらの物語が絡み合う中で、ネルとは何者なのか、なぜ生まれた家から引き離されたのか、なぜ誰も探しに来なかったのかといった謎が解き明かされていく。殺人や窃盗などの起きるミステリーではなく、あくまで1人の女性の生い立ちを明らかにしていく物語だ。

 紹介した方はこれまでミステリーを読んだことがなく、たまたま目にしたこの本を直感で手に取ったそうである。上述の通り凝った構成の作品で、なおかつ上下巻合わせて700ページにも及ぶ長編だったので、最初のうちは「理解しづらいな」「読み切れるかな」と心配になりながら読んでいた。だが、途中から一気にハマっていき、夜中に起きて続きを読んでしまうほどの勢いで、たった4日で読み終えてしまったという。ジャンルに不慣れな人をそこまで夢中にさせる作品、一体どれほど面白いのだろう。

◆2.『はじめての短歌』(穂村弘)

 ワタクシ・ひじきの推し本。現代短歌の第一人者・穂村弘さんが書いた短歌の入門書である。

 この本の面白いところは、完成された短歌と、その改悪例を並べ、それに穂村さんの解説が添えられるという構成が採られているところである。一般にこうした入門書では、初心者の作った短歌を先生が添削してお手本を見せるものだが、この本は、完成された短歌はそのままに、先生がわざと悪い見本を作って比較するという形式になっている。——そんな話をしていると、ある方から「元の歌に対するリスペクトを忘れない、良い方法ですね」という声が上がった。なるほど、そうかもしれない。

 解説の内容もまた面白い。穂村さんによれば、良い短歌を作るコツは通常のコミュニケーションのやり方を反転させることにあるという。

 ふつう僕らは、お互いに誤解が生じないように客観的な言葉を使って話をする。また、社会的に良い/美しいとされるものを人に伝えようとする。しかし、それらの言葉や内容では短歌は面白くならない。むしろ、その人にしかわからない言葉で、その人にしかわからない良さを織り込む。「それってどういうこと?」と読み手に想像させる余地を生み、その中にその人の個性を滲ませる。これが良い短歌のコツなのだ。

 そんな話を読んでいると、短歌とは何かが見えてくるだけでなく、普段のコミュニケーションの在り方が問い直されるように感じる。その人らしさが伝わるコミュニケーションとはどんなものなのか。誰かの突飛な発言を自分は想像力を持って受け止めることができるだろうか。——短い本であるが、色んな気付きのある1冊である。

 読書会では本を開き、実際に載っている短歌も幾つか紹介した。実例があると説得力が増すのか、皆さん大いに頷いているのが嬉しかった。

◆3.『風の歌、星の口笛』(村崎友)

 読書会に参加するのは2回目だという男性からの推し本。2004年に横溝正史ミステリ大賞を受賞した小説で、SF×ミステリーといったテイストの作品である。

 物語の舞台は遠い未来。地質学者のジョーは、大昔に地球人が作った人工惑星プシュケを目指していた。しかし、辿り着いたその場所は砂漠化により荒廃していた。なぜ夢の惑星は廃れてしまったのか。その謎を巡り、物語は展開する。

 紹介した方はミステリーをこよなく愛しており、月5冊のペースで約30年、単純計算で実に1800冊ものミステリーに触れてきたという! そんな途方もない数のミステリーを知る方が言った。「これは私の知る限り、トリックの物理的な仕掛けがダントツで大きい作品です」その一言だけで、一体どんなトリックなのか気になってしまう。

 もっとも、そのトリックには「実現なのか」という疑問が付いているらしく、それ故ネットでこの本の感想を検索すると賛否が大きく分かれているようだ。だが、紹介した方は言った。

「個人的にはそこは問題にしてなくて、人はどこまで空想や想像を膨らませることができるのか、その可能性を見られるのが楽しいと思ってます」

 ロマンチックであり、どこか余裕すら感じる読み方だと、僕は思った。

 この本は読書会本編が始まる前から、「タイトルが詩的、つい手に取りたくなる」と、同じグループのメンバーの注目を集めていた。確かに、タイトルも表紙も、とても美しい本である。

 余談であるが、紹介の中で「あらすじだけ話すと、ホーガンの『星を継ぐもの』を思い浮かべる人もいるかもしれないですね」という話があった。すると偶然にも、最後の全体発表の時、別のグループで『星を継ぐもの』が登場、僕らのグループだけ「あ!」とざわついていた。

◆4.『ポラロイド伝説』(クリストファー・ボナノス)

 初参加の男性からの推し本。インスタントカメラの元祖に当たるポラロイドと、ポラロイド社を創業し件のカメラを開発したエドウィン・ランドという人物の歴史を追った一冊である。

 読もうと思ったきっかけは、ポラロイド社がインスタントカメラ事業から撤退した後も「ポラロイド」という名前が知られていることに興味を持ったこと。そして、紹介した方の尊敬するスティーブ・ジョブズが上述のランドを尊敬していると知ったことだったそうである。

 ランドは経営者というより技術者・研究者肌の人物だったらしく、ポラロイドの他にも史上初の3Dサングラスなどの画期的な発明を行っている。また、製品の詳細な部分に至るまで特許を取得して権利を独占し、ライバルの出現を防ぐような一面もあった。一方で芸術に対する理解が深く、アーティストがポラロイドを使って作品を生み出すのを支援していたという。

 そうやってポラロイドの開発・普及に努めたランドであるが、経営よりも研究というスタンスゆえ他の経営陣との間に軋轢を生み、最終的には強引な形で引退に追い込まれてしまう。紹介した方は「社会ではよくある話ですよね」と言いつつ、「でもそれ以来目を引く発明は生まれてないんですよね」と言い添えた。そこには、経営を最優先する考えを「そりゃそうだ」と受け容れる姿勢と、でもそれだけだと世の中面白くはならないぞと批判する姿勢が同居しているように思われた。

 初参加というだけあって、どう話していいかわからず不安だったそうであるが、それを微塵も感じさせない落ち着いた本紹介だった。ちなみに、A4コピー用紙表裏1枚に及ぶ原稿をお持ちであった。物凄い準備力である。

◆5.『ゲイルズバーグの春を愛す』(ジャック・フィニイ)

 ここ数ヶ月連続で参加しているという女性からの推し本。アメリカのSF作家・ファンタジー作家であるジャック・フィニイさんの短編集である。全部で10作が収録されているが、中でも特に過去への憧れや執着を感じさせる作品が好きだということで、幾つか詳しい紹介があった。

 まず、表題作である「ゲイルズバーグの春を愛す」。1960年前後、新しい工場が立ち並び、空き地がガレージに変貌していくゲイルズバーグの町で、工事業者が市電に轢かれそうになるという事件が起きる。ゲイルズバーグの市電は1930年代に廃止されており、線路も残っていない。しかし、業者は確かに市電に轢かれかけたという。——急速な近代化に頑として異を唱えるものの存在を感じる話だと、紹介した方は話していた。

 続いて「クルーエット夫妻の家」。一代で財をなした夫妻がある大工に家の設計を依頼する。大工の家にあった古い設計図を見つけた夫妻は「この家がいい」と言い、果たして注文通りの家ができる。念願の家に住むことになった夫妻だったが、やがて、家の中で自分たちが異物にならないため古風ないでたちをするようになる。そしていつの間にか、夫妻の家の周りは周囲の町と天気すら違う異空間へと変貌した。——どこか狂気すら感じるほどの過去への憧れを描いた作品なのであろう。

 最後に「愛の手紙」。ある男性が偶然買った骨董品の抽斗から隠し抽斗が見つかり、中から古い手紙が出てきた。それは女性の手紙で、好きでもない婚約者との結婚を憂うものだった。ほんの気まぐれで男性はその手紙に返事を書いた。すると翌週、一段下の抽斗から手紙が見つかる。それは件の女性からの返事だった。やり取りはどんどん進み、遂に抽斗は最後の一段を迎える。——そこから先は教えてもらえなかったが、ロマンチックな展開になっているそうだ。

 最後の紹介者ということもあり、時間を気にしながら話をされていたが、話したいことが次から次へと出てくるようで、最後まで熱のこもった紹介だった。当日テーブルに置かれた本はかなり年季の入ったものだったが、なんでもかなり前に初めて読み、以来一番大事にしてきた本なのだそうである。数度の連続参加を経て、満を持しての紹介だったのだろう。その場に居合わせられたことを嬉しく思う。

◆おわりに

 以上、9月9日の彩ふ読書会・大阪会場の第1部・Cグループで紹介された本を見てきました。小説3冊、ノンフィクション1冊、エッセイ1冊という構成でした。終了後に本の集合写真を撮ったので、載せておきます。

 また、他のグループで紹介された本の写真も撮りました。直接詳しい話は聞けなかったので紹介文は書けませんが、ラインナップだけでも見ていただけたらと思います。

 改めて振り返ってみると、Cグループには持ち時間をたっぷり使って、持ってきた本を一生懸命紹介しようという方が集まっていたように思います。初参加の方が原稿をお持ちだったことは既に書きましたが、他にも原稿を準備している方がおり、読書会への意気込みや、推し本に対する思いの強さを感じました。

 本編終了後には、別の島へ移動して紹介された本を手に取っている方や、他のグループの参加者と話している方が大勢いました。後ほど聞いた話ですが、読書会代表ののーさんはこの読書会後の自由な交流を大事にしているそうです。そして、それを上手く盛り上げるためにも、複数グループ制を導入し、終わった後で参加者が自然にわちゃっとなる展開に持っていきたかったのだと言います。ただし、そのためには、それなりの人数で使える会場の確保が欠かせません。読書会はひとりでに生まれるのではなく、様々な努力の上に成り立っているのだということを痛感する話でした。

 来月以降も読書会は続きます。今度は3ヶ月も置かずに顔を出したい、そんな風に感じました。というところで、今回の振り返りを締めくくりたいと思います。

(第195回 9月10日)

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