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夫の浮気相手と飲み明かした日

 夫の浮気が発覚してからちょうど1ヶ月経った頃、私は自分の心の復旧作業に追われていた。

 その日は職場の上司のお通夜に参列する予定があり夫に子どもたちを見てもらって出かけ、帰りに一杯ひっかけようと家の近所の飲み屋に立ち寄った。
 そこで夫の浮気相手と遭遇しこちらから声をかけて一緒に飲む運びとなり、二人で語り合い店をハシゴして気がつけば夜が明けかけていた。5時間くらい飲んでたのかな。

 そんなに何を話していたかというと、酔ってて正直ところどころ覚えていないのだが、まず夫が彼女にした行為(妻子がありながら約3ヶ月にわたり彼女と交際し、妻にバレたからもう会えないと言って一方的に別れを告げた)を詫び、どうやら夫のことを好きになってしまったらしい彼女に夫の不甲斐なさ、非情さ、浅はかさ、その他数々の欠点を説いた。

 あなたのような若くて賢くてかわいい女性が、あんな男に大事な時間を費やしたり自尊心を傷つけられたりしちゃいけない。ご両親が大事に育ててくれたあなたの心と身体をもっと大事にしてほしい、といった内容を伝えたと思う(彼女の家庭や生育環境はごく一般的で複雑な事情等はないことを確認済み)。
 そしてその間彼女に何度もこう聞かれた。
「それでも奥さんは好きなんですよね?」と。
 そんなに夫のことを悪く言うのならさっさと離婚すればいいじゃないか、と言いたいのだろう。
「好きだよ。私にはあの人しかいないし、あの人には私しかいないと思ってる」と何度か答えた。

 妻子がいることを知りながら夫と関係をもったことに関して彼女を責める気持ちは一切ない。人の夫を寝取って!と「泥棒猫論」に持ち込むつもりもない。それを言ってしまったらその瞬間に彼女はKO負けしてしまう。私は試合時間全部を使って彼女に判定勝ちしなければいけない。いつのまにかリングに上がっていた。パンチではなく抱擁で彼女と徹底的に闘うのだ。
 
 強がりではなく、本気で彼女自身と彼女の気持ちを尊重したいと思った。完全に10年前の自分と重ねている。夫のことを好きになって周りから猛反対され、それを理由にバイトをクビになり、自分の気持ちが踏みにじられたと感じてヤケ酒をしていたあの少しの期間の自分。
「あの人は私の夫なんだからあなたには渡さない」なんて、そんな乱暴な理屈で彼女の気持ちを置き去りにしたくなかった。

 彼女が夫を好きになって、夫も彼女を好きになって(どっちが先かは知らないが)、恋愛関係になったというだけの事実。そこに私の存在は関係してない。でも私は彼女が夫と出会う10年前に夫に恋をして、結婚をして夫との子どもを産んだことも事実。そして全てが明らかになったあと、夫は彼女との恋愛ではなく家族のいる生活を選んだという結果があるだけ。

 だから彼女には諦めてもらわなきゃならない。力ずくではなく愛で。強制ではなく主体的に。北風と太陽ってよくできた話だよな。

 そうこうしているうちに、ろくに食べもせずひたすら酒を流し込んでいた私に酔いの限界が近づき、そろそろ帰るわ、今日も仕事だし…と切り出すと、同じ店に(共通の)知り合いが複数人いたにも拘わらず、じゃあ私も…と言って彼女は一緒に店を出てくれた。このとき、マジでめちゃくちゃいい子だなと思った。私が彼女の立場だったら、はいではさようなら、と言って先に帰らせ、その場で知人に愚痴るなり泣きつくなりしてるだろう。私は性格が悪いから。
 そのあとうちのマンションの前でさらに少し立ち話をし、彼女は「私が諦めるべきなのはわかってます」というようなことを言い、すこし泣きながら帰っていった。

 彼女はとても魅力的だった。小柄でかわいらしいけど頭の回転が速く、明るくて気遣いもできる。相手の目をまっすぐに見つめながら核心を突くようなことを言って、人の領域に臆することなく入っていくような大胆さももっている。

 夫が好きになったのも納得だわ。心の隙間にするっと入ってきちゃったんだな。

 まあ納得したところで、夫のことはゆるさねーけど。