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音楽作家の弟子募集!2024(レポートその2)

お世話になっております。樋口太陽です。昨年度、2023の弟子レポートをお伝えします。今回は第二弾です。

松本拓也さんが弟子として決まったあと、通常の社員とは異なるスタンスでの一年間の過ごし方をしていただきました。それは・・・「独立後に大成できる確率を上げることを、雇い主と弟子本人も、共通の目的として最初から考えている」ということです。ふつう、独立に関してよくあるケースはこんな感じかなと思います。

スタッフは胸の内に粛々と退職と独立の決意を燃やしてある日、急に打ち明けます。
もう完全にイヤになっちゃってるから。

それを聞いて雇い主はスタッフに、退職してほしくないと思います。
いきなり言われても困るし、悲しいから。

スタッフは独立後に困ったことがあっても古巣に相談をしません。
なんかシャクにさわるから。

雇い主はスタッフに独立後に成功してほしくないと思います。
成功したらなんかムカつくから。


もちろんこれは一例にしか過ぎませんが、周りの事例を見ていると、けっこうこういった感情的な理由で、独立前後で人間関係が断たれてしまうことが多い気がします。

今回の弟子募集の大きな目的として、双方が悲しくならず、双方の不利益にもならない形での独立支援にトライしたかったというのがありました。そのスタンスを最初から目指すことにより、長期的に良好な関係が築けるのではないかと思ったのです。

オフィス樋口という法人にとっての弟子独立のメリットは、良好な人間関係と強固な業務の連携ができている人材が、会社の外に1名増え、その後の報酬は案件ごとなので、固定費ではなくなること。

松本拓也という個人にとっての弟子独立のメリットは、オフィス樋口という関係が特別深いクライアントを1社確保しつつも、それに縛られず自由に取引先を増やすことができること。

こういったことをしっかり自覚しながら、1年後の独立に向けての日々が始まりました。

さて、いよいよ2023年6月から弟子期間のスタートです。細かいことから書きます。まず、共通で使用しているソフトのCubaseをインストールしていただき、ショートカットを共通にしていく設定など、制作環境をそろえていくことから始めます。彼は今までCubaseを使ったことがありませんでしたが、このソフトの操作をマスターしていただくことを、あらかじめ了承していただいておりました。他にもクラウド上で共有しているフォルダの設定、連絡ツールの設定など、スムーズな連携をとるための環境づくりを行います。

このような環境を一気に集中してつくっていくことは、外部のクリエイターときっちり行うのはなかなか厳しいことなので、弟子だからこそできることです。

具体的な過ごし方はどのようなものだったかご紹介します。まず、基本的には平日の10:30に、オンラインで朝MTGを行います。オンラインで行う理由は、2023年春に、自分が長野県に引っ越していて、東京のスタジオに毎日は通えなかったためです。実をいうと、弟子募集を行なった理由の一つとして、スタジオの守り神を一人増やしたかったから、というのもあります。スタジオの管理には、ぶちも担当してもらいましたが、彼も子育て世代のため、毎日出社ではない柔軟な働き方をしてもらっていました。

スタジオの郵送物管理や、スタジオの鍵開け、来客対応など、外部クリエイターではなく弟子という存在でないと頼めないことも多くあったのです。(自分が長野にいながら、東京のスタジオとオンラインで繋ぎ、歌や演奏のディレクションをすることも、たくさんありました)

そのため、この弟子募集は、音楽をつくる才能だけでなく・・・
信頼おける人間かどうか、コミュニケーション能力があるか
という点も、非常に大事な要素でした。

朝MTGでは、その日に行う作業の確認だけでなく、外部クリエイターにはぜったい言わないような内容もたくさんしゃべります。

音楽制作予算の全体から具体的にどのようにやりくりしていくかの詳細。予算交渉や見積もりについて。スタッフを決める時の実際の流れ。誰とこういう経緯で仲が良くなった、仲が悪くなったというエピソード。継続的に仕事をお願いする人、関係が切れてしまった人の特徴の分析。人との出会いから実際に仕事に結びつくまでのエピソード。どのようなモチベーションやスタンスで今やっている案件に向き合っているかという心持ち。昨日会った素敵な人の特徴、昨日会ったヤバい人の特徴など。

長い時は、この雑談タイムが1時間を超えることもありました。

常に頭にあるのは、独立後に財産になるような雑談ができているか 独立後に誰の口からも聞けないような濃い話ができているか ということです。弟子期間は1年間しかないので、なるべく多くの具体例を話せるよう、今まさに起きているホットな話題から、時代を遡っての話題まで、とことん話す時間をとりました。東京と長野で距離的に離れているのでリアルで飲みになど行く機会はあまりとれませんでしたが、平日の朝MTGでは徹底的にコミュニケーションをとっていました。

次に、実制作のスキルの部分です。なにしろ1年間しかないので、見学ばかりしている暇はありません。いきなり実戦の作曲編曲、ミックスや、レコーディングの現場でのエンジニア作業などを手掛けていきます。もちろん少々の慣れの期間は必要でしたが、吸収力のある彼は、どんどん仕事ができるようになり、弟子開始後の2〜3ヶ月後には、現場で作業を行えるようになりました。

しかし、ひとつ僕が考えなければならないことがありました。常に彼にとってちょうどよい音楽制作の機会がいつも降ってくるわけではありません。いわば、わりとヒマな時に何をしてもらうか。自主的に取り組むことのできる、長期的なタスクがあればよいなと思いました。本当ならば、いろんな音楽を聴きまくることや、楽器の練習をすることもよいでしょう。ひたすら自主制作として作品をつくることもよいでしょう。

しかし、今回はたった一年しかありません。

なにかタスクを渡すのであれば、独立が決まっている一年後、彼にとって直接的なメリットとなることでないといけないと思いました。

そこで思いついたのは、こちら。広告の業界紙、コマーシャルフォトという冊子があります。

これには、日本の代表的なCMがピックアップされ、スタッフリストが載っています。その中にはクリエイティブディレクターやアートディレクター、監督など、色んなスタッフが載っていて、音楽プロデューサーの名前もあります。

MPとは、音楽(Music)プロデューサー(Producer)の略です。

このコマーシャルフォトは、日本のCM音楽プロデューサーの情報が載っている、稀有な資料です。これをしっかりリストアップしていけば、日本のCM音楽の全体像が見えてくるのではないかと思いました。

これを知っているのと知らないのとでは、独立後にどの会社、どの人物にアプローチしたほうがよいかが変わってきます。2014年〜2023年の10年分のコマーシャルフォト広告&CM年鑑を全て購入し、彼に渡しました。

10年間で、コマーシャルフォトに取り上げられ、音楽スタッフが載っているCMは、3353件。これを、表にしてカウントしてもらいます。そして、現在Webで見ることのできるものは見て、誰がどんな作品を手がけたのかも含めてチェックしてもらいます。

とことんリサーチしてもらうにつれ、日本のCM音楽を、誰がどのくらい担当しているかのデータベースができました。自分が知る限りでは、いままでこのような切り口で10年分のコマーシャルフォトがリサーチされた例は聞いたことがありません。

社名にはモザイクを入れています

このデータベースは、手がけた会社だけでなく、手がけた音楽プロデューサーも、10年間の数字を見ることができます。

2014年から、しらみつぶしにリサーチしてもらう作業は、骨が折れるものだったと思いますが、分業制にせずに1人で1年ずつやってもらったのは、結果的によかったと思いました。

この年はどの会社が多く、この年はどの音楽プロデューサーが多いなどを追っていけば、時代とともに誰がメジャーになり、誰が衰退していっているかがわかる。順を追って辿っていったリサーチにより、どういう変遷をたどっていくか、身体的な感覚として染み込んでいったはずです。「よく名前を聞く人」と「実際にメジャーな仕事をしている人」が、必ずしも一致しないこともわかります。

そして、オフィス樋口が関わっている仕事は、CM音楽業界全体の中でいかに氷山の一角でしかないこともわかります。このリサーチの結果できたグラフは、僕にとっても本当に学びになるデータベースでした。

また、今回の明確なミッションがありました。駆け出しの音楽作家にとって、もっとも力強い武器になり、それでいて手に入りにくいもの。それはは・・・

実績です。

音楽プロデューサーという立場の僕と、山本"ぶち"真勇が、実際に楽曲制作のスタッフを考える時、まずはもちろん作品がよいものになることが第一ですが、もうひとつ常に頭にあったのは、松本拓也さんの実績にとってどれだけ有益なものになるか ということでした。スキルを渡すだけであれば、単なる学校や塾になってしまいます。

でも独立後に作家として継続できるか否かに、この一年間で渡せる実績の数は、明確に関係します。次回は、いくつの実績を実際に渡すことができたのかをご紹介します。

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