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大切なのは「気持ちいい」かどうか

農薬や枯葉剤を一切使用しない有機栽培の綿を原料とし、消費電力を100%風力発電へと切り替え、染色時の廃水はバクテリアに食べさせて真水に戻す工法を採用する。一貫して環境保全と向き合い、「最大限の安全と最小限の環境負荷」という企業理念

「赤ちゃんが食べても安全」を本気で目指すタオルメーカーは、オーガニックをどう捉えているか?

2024/08/23

平野星良 (TABI LABO)

『オーガニックの新解釈』をテーマに、現代に生きる私たちにとってのオーガニックとはどうあるべきか?を探る企画のなか、どうしても直接会って話を聞きたい人物がいました。

「赤ちゃんが食べられるタオル」を本気で実現させるべく、オーガニックコットンのタオル製造を続ける「IKEUCHI ORGANIC」代表・池内計司(いけうちけいし)さんです。

そんなの絵空事……なんて思うかもしれません。でも、池内さんの言葉の真意に触れたとき、それが単なる夢物語ではないことに気付かされます。そして、私たちのオーガニックに対する意識も、きっとすこし違ったものに思えてくるはずです。

©IKEUCHI ORGANIC

日本有数のタオル生産地、愛媛県今治市で創業71年目を迎えたIKEUCHI ORGANICとは、どんな企業なのか。それをご紹介しきるには相当量の文字数を必要とします。ですので、ここでは池内さんへの取材をもとに、同社のものづくりの精神と池内さんのオーガニック観を中心に紐解いていきたいと思います。

詳しくは公式ページへと飛んでいただき、同社自ら手がけるマガジン「IKEUCHI ORGANICの読みもの」や「note」、あるいはスタッフのリアルボイスを届ける「IKEUCHI ORGANICの人」などのご一読をおすすめします。驚くほど丁寧にそして詳しく紹介されていますよ。

世界でいちばん、安全なタオル

IKEUCHI ORGANICが手がけた初のオーガニックタオル「オーガニック120」が誕生したのは1999年のこと。

まだ「SDGs」はもちろん、「エシカル」や「サステイナブル」といった言葉すら聞こえてこない25年前、大量生産・大量消費の社会システムのなか、池内さんは安価な海外製品との差別化を図ることを目的に自社ブランドの開発に乗り出しました。コンセプトは、世界でいちばん、安全なタオル。効率や生産性を度外視した、環境にやさしい安全なオーガニックタオルです。


池内計司(以下、池内):先代も私も“初物食い”なんですよね。他社がやってることにほとんど興味なくて。自分たちが最初にやることに情熱を燃やす体質とでもいうのかな。ウチでオーガニックを始めたとき、すでに遅いという感覚をもっていました。でも、他社と同じオーガニックはやりたくない。そこで、当時まだ誰も挑んでいなかった「色付きオーガニック」にチャレンジしました。まだ、日本では色がついているオーガニックなんてあり得ない時代だったんです。

©IKEUCHI ORGANIC

オーガニックコットンを使った製品と聞いて真っ先に想像するのは、天然無垢な生成りやアイボリーといった色味ではないでしょうか。人間の感性において重要な色彩をオーガニックなタオルで実現する。それも安全性と環境への配慮を同時に適えながら──。この高いハードルをクリアしたのが「オーガニック120」だったのです。

生産効率からもOEMからも脱却し、環境に配慮したものづくりへの転換。いったい、池内さんの中にはどんな信念があったのでしょう。


池内:社内でも「オーガニックなんて社長の道楽だ」という声もありました。だけど、「道楽して何が悪い」と。僕は社長だけどゴルフもしなきゃベンツも乗らない、なんてその頃言ってましたから(笑)とにかく覚悟はあったので、社員もついてきてくれたんだと思います。


製造業は大なり小なり、どうしても環境に負荷をかけてしまうもの。だからこそ、少しでもその負荷を減らす努力が必要だと池内さんは訴えます。


池内:オーガニックを扱っているからオーガニックな会社です、環境に優しい会社ですって声高におっしゃる企業がありますが、どうなんだろうって本心では思います。「環境」を商売にする限りは、ものづくりの現場における環境からもできる限り負荷を取り除いていかねばならない。僕らはそれをやり続けてきました。でも、まだできる。


農薬や枯葉剤を一切使用しない有機栽培の綿を原料とし、消費電力を100%風力発電へと切り替え、染色時の廃水はバクテリアに食べさせて真水に戻す工法を採用する。一貫して環境保全と向き合い、「最大限の安全と最小限の環境負荷」という企業理念を貫いてきた池内さん。

食品工場の安全基準をタオル業界で初めて取得し、繊維製品の安全基準としてもっとも信頼性の高い「エコテックス スタンダード100」のクラス1をクリア。赤ちゃんが口に含んでも問題なしという基準値にすでにありながらも、“安全に終わりなし”の姿勢を崩さないのがIKEUCHI ORGANICという企業。創業120年を迎える2073年までに、「赤ちゃんが食べられる」レベルに至るには、あとどんな努力が必要なのでしょう。


池内:今の段階では化学染料をコントロールして使えば十分安全ですが、さらに安全性を求めるなら天然染料の抜本的改善という方法があると思います。現時点では色落ちを防ぐには重金属系の定着剤が必要となりますが、サプリメントレベルの軽金属で可能になれば一段と安全度は上がります。

オーガニックなタオルを支える
熱狂的な“ファン”の存在

ところで、IKEUCHI ORGANICを語るうえで欠かせないのが、熱心なファンの存在です。飲食店でもテーマパークのキャラクターでも、ましてやミュージシャンやYouTuberでもない、オーガニックタオルにファンがつく。にわかに信じがたい話かもしれません。けれど、製品やその世界観に心奪われ、そして池内計司という人間に魅了され、ファンの立場から同社を支えるコミュニティがIKEUCHI ORGANICには存在します。それも、熱狂的なまでのファン。

イベントには手弁当で駆けつけ、タオルを初めて手にする新しいお客たちにファンが自ら商品の説明を買って出る、なんてことは当たり前。この夏も京都祇園祭において出店したポップアップでは、ファンの間で自発的にシフトを組んで店番にあたったそうです。こうした熱烈なファン層の形成は、どのように成し遂げられていったのか。


池内:タオルの話をさせてくれるのなら、日本全国どこへでも出向いていた時期があります。タオルを抱えて演歌歌手のように日本中を回って。触れて頂かないことにはその良さがわからない。最初の1枚を買っていただくには、とにかく「自分が動く」ということを続けてきました。10年前に東京と京都にフラッグシップショップがオープンし、そこでお客様とより接点をもつようになり、3ヵ月に2度のペースで説明会を続けています。今ではお客様同士が仲間意識をもってウチを支えてくれていますよ。


タオルを手に取り使った人たちが納得して家族や友人へと紹介していく。IKEUCHI ORGANICを外側から支えるファンたちが、まるで社員のように動いてくれる。企業と顧客のこんな関係性って、他に聞いたことがありません。


池内:わかりやすい商品を作らないから、というのもありますね。タオルはデザインすることが一番簡単。でも、僕らはデザインを“捨てる”ことがコンセプトです。「風合い」という一番わかりにくいところで勝負している。だから時間をかけて理解してもらう他ありません。


ときには厳しい目線で物申すのもファンの役目。まだ工場のスタッフも目にしていないプロト品を池内さんは、真っ先にファンへとお披露目するそうです。「お客様の目が輝いていなければドロップすることもしばしば」なんだそう。そうしたファンの姿勢を“媚薬”と喩える池内さん。顧客のニーズを正確に把握する。IKEUCHI ORGANICのものづくりの原点が窺えます。

このように醸成していくファンとの絆。その最たるものが、年に一度開催されるイベント「オープンハウス」。今治の工場でお客と職人が直接対峙し、そのすべてを“オープンにする”ことを目的とした特別なイベントです。

最大の魅力は圧倒的なライヴ感。工場見学やタオルメンテナンス講習、さらには池内さんとの意見交流やスタッフを交えた懇親会を通してIKEUCHI ORGANICを体感する。愛用のタオルが生まれる現場を知ることで、これまで以上に愛着が湧く。ファンからしても得難い機会に違いありません(詳細はのちほど)。

ファンの想いも よく吸うタオル。

©2024 NEW STANDARD

さて、IKEUCHI ORGANICとファンの深いつながりを象徴する、こんなエピソードがあります。

創業70周年を迎えた2023年2月、京都市営地下鉄烏丸線の車両内にある広告が掲載されました。真っ白いバスタオルに添えられていたのは「ファンの想いも よく吸うタオル。」のコピー。70周年を祝うファン有志からのサプライズだったそうですが、これを見た池内さん「呼吸困難を起こした」というのですから、その驚きと喜びようが伝わってきます。


池内:びっくりしましたねー。嬉しかった。本気でIKEUCHIを愛してくださり応援してくれるファンの人たちがいる。これがウチの強みなんです。だから彼らが「いい」と認めてくれるものづくりを続けていかなければいけません。


1ヵ月の掲載期間を経て応援広告はいま、工場に併設された「今治ファクトリーストア」内と、もう一枚はいつでも従業員の目に入るよう工場の壁に飾られているそうです。

大切なのは「気持ちいい」かどうか

©2024 NEW STANDARD

オーガニックコットンを使用した自社ブランドへとスイッチし、四半世紀が過ぎようとしているIKEUCHI ORGANIC。安全性を追求し環境負荷と向き合ってきた池内さんが捉えるオーガニックとは、いったいどんなものなのでしょうか。


池内:生産者からエンドユーザーまで、どこを切ってもオーガニックな関係でありたい。気持ちのいい関係であることが望ましいと思っています。だから、僕らもできる限り情報公開はする。決算書以外は全部オープンにしていますから(笑)


触って気持ちのいいタオルをつくる工程で誰かが涙を流したり、誰かにしわ寄せがいったり、あるいは誰かが環境を汚す状態をつくってしまっていては、本当の「気持ちよさ」には辿り着けない。池内さんの目指すオーガニックは今も昔もただひとつ、誰もが気持ちいい関係であること。そのためのオーガニックコットンであり、風力発電であり、安全基準であり、トレーサビリティを確認するQRコードであり、そして環境への気遣いなのだということにあらためて気付かされました。

小難しくオーガニックに“意味”を見出そうとするのではなく、むしろ自分たちの内にある「気持ちよさ」「心地よさ」の原点を紐解いてみる。自分たちがどんなモノを選び、どんな未来を望むのか。そういった考えかたの先にオーガニックは直結しているのではないか──。池内さんの言葉を借りてこんな仮説を立ててみました。

オーガニックの未来

オーガニックやエシカルという言葉が一人歩きする現代。自分のなかで良し悪しをきちんと見出し、それを選択していく。それが恒常的になっていくには、あと何が必要なのか。この先もオーガニックは選択肢のままなのか。池内さんに尋ねてみました。


池内:Z世代と呼ばれるいまの若い子たちは、オーガニックに興味持っている子が多いと思います。昔だったら変わってる子だねと思われていただろうけど、オーガニックに前向きで理解を深めようという姿勢の子がポツポツではなく、今は“層”でいるんじゃないでしょうか。


高校生や大学生に向けた講演も精力的に続けてきた池内さんは、次世代のオーガニックに対する姿勢に希望を感じていると言います。指針や意味するところを的確に捉え、オーガニックがきちんと自分たちの中に芽生えている。そう期待を寄せているようです。


池内:目の前のタオルが綿畑から始まっているとは、なかなか繋がりません。でも、目の前のペットボトルのお茶や、ポテトチップのポテトがどの産地からきたものか。まずは、そこに疑問をもって欲しいのです。同じように自分たちが口にし日常の中で使うもの、それが気持ちいいもので囲まれているかどうか。ストイックでしんどくなり過ぎては意味がないので、毎日がハッピーで笑顔でいられることが大事だと思います。


はじめに疑問を抱いてみる。そして、その疑問の答えが自分の中にある「気持ちいい」「心地いい」感覚と絡み合うことで、モノを選ぶ自分なりの“基準”へと変わっていく。そうして導きだす選択肢。そこにオーガニックの答えがあるのかもしれません。

みなさんの目の前には、いま何がありますか?

✏️【取材後記】✏️

今治の本社へ取材に訪れた7月下旬。玄関前の花壇に植わったコットンの葉のあいだに青々したつぼみが顔を覗かせていました。「もうあと何日もすると花が咲くよ」と、愛おしそうにつぼみを見せてくれた池内さん。翌日、東京に戻った私はIKEUCHI ORGANIC公式Xで、はじめて象牙色をしたコットンの花を目にしました。

難しい課題であればこそシンプルに捉えてみるというのは世の常ですが、オーガニックというものの本質を池内さんは「気持ちよさ」という簡素なワードで表現してくれました。本気で環境と向き合い、安全なタオルづくりに心血を注ぎ、今なお現役で走り続けるトップランナー。やさしくも芯の通ったメッセージの端々には、「赤ちゃんが食べられるタオル」がいつの日か本当に今治から世界へリリースされる、そう予感させるに十分すぎる力強さが宿っていたことを忘れません。

最後に「オープンハウス」の話題を。今年は10月26日(土)に開催が決定しています。昔からのユーザーはもちろん、今回IKEUCHI ORGANICに興味をもってくださった方は、ぜひ参加されてみてはいかがでしょうか。