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何もしていない状態を悪から善へ

やるべきことが分からず何もしていない状態と
やるべきことが分かっていて何もしていない状態。
両方とも同じ「何もしていない状態」だけど、心の穏やかさが全く違う。

きっと自分は何かをしていないといけない筈だ。
何かやるべきこと、しないといけないことがある筈だ。
だけど、何をしないといけないのかが分からない。
そんな状況は自分の心を追い詰める。
「何もしていないこの状態は悪だ」
そう思ってしまう。
自分はいけないことをしている。ダメだ。
「何もしていない状態」が心に焦りをもたらし、自分を責めてしまうこともある。

一方で、やるべきことが明確に分かっている上で、何もしていない状態。
これは自分の中では善だ。
やらないといけないことが分かっていて、自分で選択して何もしていない。
やらないといけないことが終わっているのかもしれないし、
自分で時間配分して、今はやらなくても期日までに間に合う想定なのかもしれない。
どちらにせよ、心に焦りはなく、「何もしていない状態」が一種のリラクゼーションとなり、快楽、幸福さえもたらす。

側からみたらこの人はただ「何もしていない状態」なのに、その人の心は一体どちらの状態なのだろう。

やるべきことが分かっているか分かっていないか。
これは自分ではコントロールできない様で、できるのかもしれない。

仕事の作業。
上司から作業指示がないと何もすることがない。そんな会社員は沢山いるだろう。でも上司が忙しすぎて、自分に作業指示をふる暇もない。そんな時、「やるべきことが分からず何もしていない状態」に陥ってしまう。
作業指示がなくてもやることをみつけられれば一番良いが、それでも今やっていることは本当にやらないといけないことなのか?分からないまま時間を潰すことになる。
この「何もしていない状態=悪」をどうやったら「何もしていない状態=善」に変えられるのだろう。

私は、人のせいにしちゃえば良いと思う。
上司が何も指示してくれなかったから、今やることない。
「何もしていない状態」は上司の選択によって与えられた。自分は悪くない。何もしなくて良い状態を楽しんじゃおう。
そう思ってしまえば良いと思う。
最悪な答えかな?人のせいにするなんて、無責任だ!自己中心的だ!そう思われるかもしれない。
けど、そうすることで自分の心を守れるのなら・・・
無責任だって良いと思う。自己中心的でも良いと思う。

自分の心は自分で守らないと。

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