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夏を知る夏 (2011年作) 2−3

野営と自転車旅行。平成元年の高校生の夏。

2−3
 火とテント = 焚き火をしてテントで寝る。
 高校生時代、ひたすらこれを繰り返していた。焚き火とテントで造成地の夜を明かす、ぼくらの野営黎明期。
 高校卒業すると、車やバイクの免許を取り地元を飛び出した。海山川方々へ、ときには連泊の旅も、焚き火を起こしテントを建てた。もう造成地に出向くことはなかった。野営地でテント泊の人々に出会う機会もあった。けれども野営自体が目的の人は案外いないことに気づいた。たいがいのキャンパーたちは、安くて気楽な宿泊手段としてキャンプ泊を選んでいるのに過ぎず、「焚き火が絶対必要」と掲げる人にもお目にかからなかった。
 野営自体が目的の人々は、きっとキャンプ場で楽しむものなのだろう。造成地キャンプ出身のぼくたちは、キャンプ場にはあまり関心が持てなかった。人が多そうだし、金もかかる。用意された間違いのない宿泊地にわざわざ出向くなんて……、そもそも大焚き火がやれそうにないし。アウトドアライフ雑誌に載っている、広々としたキャンプサイトやバンガローの写真は完全にスルーだった。

 ぼくらが執拗に火とテントにこだわる理由は活動開始のいきさつにある。それを語るには中学3年の2学期にまで話を遡らなければならない。

 夏休み明けの始業式が終わったざわつきの中で、シンタが訊いてきた。
「読書感想文、何読んだ?」
2学期最初の授業、まずは宿題提出だ。
「椎名誠って人の本」
「え! おれもだよ! 何て本?」
「 『日本細末端真実紀行』ってやつ」
 書店の文庫新刊コーナーに積んであるのを手にしたのだ。
「あ、おれも読んだ読んだ! おもろかったよなぁ! うち、オヤジが椎名好きでさ、薦められて何冊か読んだんだよ。あれすげぇよ」
実際ぼくも初めて読んだ椎名誠の本に衝撃を受けていた。親しい友達もそれに出会っていたことを知ってぼくは嬉しくなった。
「で、シンタは何読んだの?」
「いちばんおもろかったのは 『怪しい探険隊』てシリーズだな。今度貸してやるよ。読んでみ読んでみ!」

 『怪しい探険隊』シリーズは作者椎名誠氏を中心に集まった男達による、野営ノンフィクションだった。登場する男達は「東日本なんでもケトばす会」と名乗る野営隊を組み、離島などに出かけては大酒絡みの天幕生活を展開していく。ぼくも瞬時にその世界にどっぷり浸かり憧れた。いつの日かオレたちも必ずやキャンプを! という思いがシンタとぼく二人の間におのずと湧きあがっていた。

 中学生男子を揺さぶったその魅力は何だったのだろうか? 硬派を感じさせる男子のロマンだろうか? 酒絡みの大人の世界だろうか? クセのあるはちゃめちゃなキャラクターたちの熱気だろうか? 今となっては中学生のインスピレーションを正確に思い出すことはできないのが残念だ。
 『怪しい探険隊』シリーズを中心に、椎名作品フィクションも紀行物もエッセイも、一冊また一冊、ザバンザバンとび込んではまた飛び込むように読み重ねるシンタとぼく。キャンプしたい!と思いは募るも、目の前にあったのは高校受験である。夢は高校生活に預け、残りの中学生活半年間を進路決定のために右往左往してゆくのであった。

 シンタとぼくの学力程度は似たりよったりだった。「万が一運がよければ……」と欲を出したハイレベルの受験校もそれぞれにあったけれど、手堅くメインの志望校にしたのは二人とも近所の県立高校だった。
 進路希望も定まってきた頃、名古屋に住んでいた一雄から連絡が来る。久しぶりに話す彼は電話口でこう言った。
「父ちゃんの都合でまた千葉へ帰ることになったから、高校はそっちの学校を受けることになってさ。そんで千葉の受験情報を知りたいんだよ」
おお! また一雄と近所になれる! ぼくは喜んですぐさま資料を送ってやった。

 そして翌年四月、シンタと一雄とぼくは、揃って同じ高校の門をくぐっていたのであった。
 知らない町から来る級友との出会い。学区が電車通学圏へとぐっと広がるように、自分の世界も広がる。種目の増えた部活動に精を出すやつがいる、バンドを始めるやつがいる、初めてのアルバイトに応募するやつがいる、入学早々進路を見据えて学業に励むやつも。そしてぼくらにとっては、つ い に 、キャンプを始めるそのときが来た!

 ……のはずだったが、当時はまだ土曜も授業があり、部活の日曜練習も多かった。キャンプデビューができないままに、高1の夏が近づいてきていた。

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